第217話 実体を持ったホログラム

 マルコが返事をする。そして次の瞬間には走り出していた。破壊された物が瓦礫のように積み重なり、凹凸が酷くなった地面の上を素早く駆ける。一方でアンテラはマルコの動きを頭の中に入れながら、敵の動向を伺う。

 やってくることは変わらない。散弾銃をぶっ放し敵を追い詰める。大胆だが、それによって出た綻び隙は背後にいるもう一人の仲間が対処する。狭い室内で襲い掛かるマルコの毒牙。それに対し、二人の敵は協力しながら確実に仕留める算段を立てていく。

 だがすぐにアンテラが介入することで作戦はすべて無に帰す。やはり作戦勝負では分が悪い。敵二人が無駄に頭を回したところでアンテラに気が付かれ、事前に対策を打たれる。それどころか罠を張り、致命的な一手を与えようとさえしてくる。

 考えるだけ時間の無駄。敵二人はすぐに意識を切り替え、己が持つ知識と経験、それらが導き出す『勘』という最適解に従って動くことにする。二人はすぐに行動を始める。まずはアンテラから仕留める。厄介なマルコは二の次だ。しかしそう上手くも行かない。マルコは常に脅威になりえ、アンテラを仕留めようにも簡単には行かない。

 だが無駄に考えても良い考えは浮かび上がらない。

 敵二人はアンテラのいる場所に向かって走り出す。柱を破壊し、瓦礫を踏みつけ、柱の奥に隠れるアンテラへと意識を向ける。その瞬間、横から銃声が鳴り響く。それまで拳銃で戦っていたマルコが、少しの機動性を捨て突撃銃を発砲したためだ。

 撃ち出された弾丸は敵の一人が直前に蹴りあげた障害物によって阻まれ負傷を与えることはできないものの、足を止める、という目的を達成することができた。その隙にアンテラは場所を変え、一瞬で姿を消すとすぐに敵の背後から現れる。敵は障害物に身を隠し瞬時に対処すると共に、瓦礫を盾にアンテラの元まで突進する。 

 しかしすでにマルコが敵の側面へと移動し、引き金に指をかけていた。ただ、敵も馬鹿ではない。盾を持たぬ方の敵がマルコへの対処へと移る。それにより二人は引き離されてしまうが仕方が無い。

 マルコとアンテラも同様だ。

 そしてこれが敵二人の狙い。作戦ではない単純な考え。狭い室内だが一対一の状況を作れば大きく戦況は変わる。具体的にはアンテラと巨体の者、マルコともう一人の敵だ。

 この一対一が作れればたとえ狭い室内であろうと状況は変わる。

 しかし。

 それが失敗だと気が付くのにそう時間は要さなかった。

 一瞬の攻防。盾を持って接近しながら片手で拳銃を発砲する巨体の敵。アンテラは冷静に、極限にまで集中を高めると急激な速度で距離を詰める敵に向かってゆっくりと引き金を絞った。

 たった一発の弾丸。しかしそれだけで敵が持っていた拳銃を弾き飛ばした。そして次の瞬間、盾の質量でアンテラを押しつぶそうと突進を続ける敵に対して、敢えて一歩前に踏み出すと、盾が当たる直前で


「―――――?!」


 否、アンテラは魔法を使ったわけではない。盾で目の前が良く見えていなかった敵の死角から抜け出しただけだ。しかしその死角は本当に僅か、それでいて敵も警戒していた。

 しかし悟られず、いや幾つにも重ねたフェイントに釣られまんまと逃がしてしまった。


にぶったか―――!)


 巨体の者が心の中で叫ぶ。度重なる戦闘、死にかける場面は多くありそれでも切り抜けてきた。しかしアンテラ、マルコと続いてまたアンテラとの戦闘。この連戦によって心身ともに疲弊し、判断能力と共に『勘』が僅かにだが鈍った。

 心の中で舌を鳴らしながら、敵はすぐに散弾銃を持つ。しかし目前にまで移動し、懐に入り込んでいたアンテラによって散弾銃は蹴り壊され、そのまま顔面を蹴とばされる。

 敵は後ろに飛んで衝撃を吸収しようとしたものの、上手くはできず後ろの壁に向かってその巨体をめり込ませる。一方で、アンテラはマルコに少し視線を向けた。翻弄している。僅かに戦いにくそうだが、加勢は必要ない。しかし苦労しているようだし、すぐに目の前の敵を仕留め、応援に向かわなければならない。

 アンテラが突撃銃を向ける。そして照準器に映った敵を見て僅かに違和感を覚えた。

 厳密には敵がおかしなわけではない。その周辺に違和感を覚えるだけだ。

 巨体がめり込んでいるのは壁に設置された機械だ。かなりアナログな機械で、古臭い。しかしそんなことはどうでも良く、部屋の隅で稼働していないその機械だけが

 この部屋にあるものすべてが現実に存在するもの。しかしその機械だけが違う。

 分からない。なぜこの機械だけがホログラムなのか。偶然ではないだろう。ホログラムとして設置されているということは、何かしらの意図をもって配置されたことになる。

 そして、だからこそ分からない。

 何を意図してあの機械を置いた。役割があるはず。もしかしたら無いのかもしれない。だが不気味。部屋の隅でひっそりと音も立てず稼働を停止していた機械。それが意味を為さない製作者の遊びである可能性は低い。

 わざわざこの地下空間に、それもたった一つのホログラム。

 嫌な予感がする。

 だがその正体が掴めない。

 分かる、分かるはずだ。情報はあるはずだ。未知ではない。引っかかりを覚えるということはつまり、アンテラの脳内に何かしらの関連性を持った情報があるはず。事前に調べていた地下空間の地図にあるのか。

 地図。

 地図?。

 

「……いや、偶然か」


 最終測定が始まった時、アンテラが付近を探索している時に見かけた。何らおかしなところは無い普通の地図。ただ一点、地図の右端が欠けているということを除いては。

 なぜ欠けているのか、アンテラには分からない。ただホログラムの地図という事は何かしらの意図をもって配置されたと考えて良い。そしてこの部屋にあるホログラムの機械。

 関連性があるか無いかと問われれば無いと答えるだろう。しかし奇妙。偶然で片付けて良いものなのか。


 アンテラがそう考えている内に敵が起き上がる。めり込んだ機械に手をついて、体を起こしながら。アンテラはすぐに仕留めようと引き金を引く。だがそれとほぼ同時に、起き上がる際に機械についた敵の手が、何かしらの装置を押し込んだ。

 ボタン、レバー、分からない。しかし何かしらの装置を起動させたのは分かった。


 次の瞬間、施設が揺れる。大きく、地面が割れるほど。そして揺れが収まる前に装置を起動した代償がやってくる。

 壁を突き破り、雄たけびを上げ、隠されていた奥の部屋から何百という数はくだらないほどに多くのモンスターが姿を現した。


(もんす……いやこれは)


 壁を突き破り現れたのは実体を持ったホログラム。なぜ今現れたのか、なぜ実体を持っているのか、アンテラは少ない情報から的確に予測を立てていく。巨体の者が押し込んだ何かしらの装置。あれがきっかけ。

 そして実体を持ったホログラムに関してはバルドラ社とNAK社がすでに発表している技術だ。まだ運用段階までいっていなかったはず。つまりこのモンスター達はテストとして送り込まれた。

 この装置を起動する確率は低い。故に製作者がテストも兼ねて遊びで用意したのだろう。地図の右端の、それも地下空間でたった一つのホログラムで出来た機械を破壊する。確率としては天文学的なほどに小さいだろう。

 だが現に、アンテラ達は起動させてしまった。誰の落ち度でもない。単なる偶然が積み重なった結果だ。ただ、アンテラ達には不利な要素になり得た。作り上げた有利な状況も条件もすべてが無に帰した。

 そして場に長く留まることはできず、アンテラはすぐに退避する。しかし出口に向かって走り出したアンテラに銃口を向ける者がいた。マルコが相手をして突撃銃を持った敵だ。

 モンスターの登場によって場は乱れ、偶然に壁に近い所にいたマルコはモンスターに飲み込まれ、対処を余技なくされた。そして手の空いた敵の一人はアンテラに銃口を向けることができた。

 モンスターが飛び出して来た位置と出口の場所、すでに敵は生き残ることなど諦めている。どうせ逃げたところでこの位置では飲み込まれる、ならば、一人でも道連れに。

 執念で敵は突撃銃を向けた。

 逃げるアンテラは横目でその光景を捕らえた。しかし今更どうしようもない。もし敵に対処しようとして少しでも遅れようものならばモンスターに飲み込まれる。今はただ逃げるしかない。全力で、精一杯。あふれ出たモンスターから地上を目指して。

 

 敵が引き金を引く。その瞬間、声が響く。


「アンテラさん―――――!!」


 モンスターの群れを食い破るようにしてマルコが現れ、叫んだ。そして勢いのまま敵が持っていた突撃銃を破壊し、モンスターの中へと引きづり込む。マルコがアンテラに向けて残した言葉はそれだけだ。しかし何が言いたいのか、アンテラには十全に伝わった。

 走り去っていくアンテラ、マルコはモンスターに飲み込まれる寸前、狭くなっていく視界の中で見て、思った。


(これじゃ……ご飯には誘えないかな…)

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