第216話 有利な条件

 巨体の敵が迂回経路を進んでいた。そう長くはない道、この一本道を通り抜けたら部屋に繋がっている。その部屋から隣の部屋へは扉で繋がっており、移動できればアンテラ達の背後を取れる。

 そして仲間が一人残っているため運が良ければ挟み撃ちも狙える。つまり、扉で繋がって部屋へと移動さえできればこちらの勝利であり、敵を二人減らすことができる。

 それは部隊が勝利するためには何よりも重要なことであり、大きな功績だ。

 しかし、敵に裏を取られるほどアンテラも馬鹿ではない。当然、この迂回経路には気が付いているだろう。その上で行く手を阻むことぐらい分かる。もう一本の道は障害物が無く、撃てれば当てられる。

 一本道の監視には仲間を一人置いておけばそれで良いだろう。

 つまり、残った一人がこの迂回経路へと来る。


(あの女とまたやるのか)


 そしてその一人は恐らくアンテラだ。会って数十分ほどだが濃密な戦闘を繰り広げた。その中で相手の実力ぐらい把握できている。智謀に長け、堅実。敵のミスを誘い、罠に嵌めて仕留める。それでいて真正面から戦っても手強い。

 単純な基本的戦闘能力に加えて回転の速い優れた脳を持っている。今、自分を止められるとしたらあの女しかいないと、巨体の者はそう考える。

 もし、アンテラに豊富な装備や潤沢な手段が用意されていれば、巨体の者は負けていた。同様の条件であったとしても同じ。しかし今、与えられた装備は少なく、必然にアンテラが張れる罠は少なくなる。

 そのため自分が有利な状況にあると、巨体の者は考える。

 驕りでも慢心でもない。客観的思考に基づいた現実的な結論だ。しかしアンテラには一度殺されかけている。事実、仲間が合流しなければ頭部を撃ち抜かれて脱落していた。

 気を抜いてはならない。自分が有利な状況にあるからと言って、相手が何もできないわけじゃない。残された少ない選択肢の中からあらゆるすべてを捨て去り、、たった一つ残った最も確率の高い作戦で仕留めに来る。


 巨体の者は確かな緊張と警戒を持ち、部屋の中に入った。この部屋を抜けて隣の部屋まで移動すればすべてが終わる。恐らく、この部屋であの女と戦闘になるだろう。巨体の者がそう考え、慎重に部屋の中へと入る。

 その瞬間、目前に積まれた箱の山が崩れ去り、視界が茶色い箱で埋め尽くされる。そして続いて発砲音が響きわたった。だが同時に、巨体の者は腕を一振りして箱の山を弾き飛ばす。

 そして視界が開け―――たと思った矢先、視界を黒い何かが塗り潰した。


(―――こいつは)


 あの女じゃないと、そう叫ぶ。

 視界を埋め尽くす黒い影、それはマルコだった。

 巨体の者が吹き飛ばした箱の隙間から這い出るように現れ、頭部に向けて思いきり蹴りを放つ。

 巨体の者は寸前でそれを受け止めたものの、蹴りを受けた時の衝撃を使ってマルコが空中で体勢を変え、逆足で蹴り上げる。咄嗟の事が積み重ねり、巨体の者が僅かに反応が遅れるとマルコの放った蹴りが顎に命中する。

 

 しかし大きな負傷は無い。

 巨体の者はすぐにマルコに照準を定め、散弾銃の引き金を引く。だがその頃にはすでにマルコは雑貨な物が積み重ねられた部屋のどこかに姿を消した。


「……舐めるなよ」


 アンテラでは無く、少し前まで訓練生であった子供が来た。その事実、軽んじられているという現実。巨体の者は確かに憤りを感じながらそう呟き、巨体の者は散弾銃を強く握り締めた。


 ◆


 マルコが迂回経路に入ってすぐ敵との戦闘が始まった。場所は迂回経路に存在する一室。雑多な物が積み重ねられた空間だ。敵はアンテラを苦戦させていた巨体の者だ。

 迂回経路と言っても一本道で繋がっているわけではない。マルコがいる部屋がそうだ。部屋と部屋が繋がり、結果的に迂回経路として機能しているだけ。待ち伏せをするだけならば一本道であった方が嬉しかったのだが、そういうわけにもいかない。

 このあまり広くない部屋でアンテラですら苦戦し、殺されかけた敵と戦うのだ。あれが良かった、これが良かったとうわ言ばかり吐いていたら負ける。現状の不利、不備は仕方ないことだと思って敵の相手をしなければならない。

 アンテラの話では勘が鋭く、知識や経験も豊富。それでいて基本的な技術の練度が高い。少しでも気を抜けば一気に不利な状況に追い込まれ、そこからひっくり返すのは難しい。

 真正面から戦うと勝率が低い、しかし奇をてらった作戦は容易に見破られ、逆に隙となる。正直に言って現状の装備、環境では勝てる可能性が低い。潤沢な装備、豊富な手段、多数の選択肢、それらがあってこそ技術は輝く。

 もう少しだけ装備の選択肢が多かったのならば敵に勝てる可能性はたかかっただろう、たとえ、敵も同様に装備の選択肢が多くても、だ。同様の条件であっても多くの選択肢があるか無いか、それだけで勝者は変わる。

 多くの装備、手段を上手く扱うことできる者がいれば、扱うことができない者もいるからだ。故に、もう少しだけ装備が、手段が潤沢にあれば結果もまた変わっていただろう。

 しかし現状、装備は乏しい。防護服とナイフ、拳銃と選んだ一挺の銃。主な装備はそれだけ。これだけシンプルだと取れる作戦も限られ、相手が有利になる。向き不向きや慣れといったものが今回は相手に傾いてしまった。

 このままでは敵に勝てないだろう。だがそれはあくまでもアンテラの話。マルコは違う。


(―――っうっわ。これやばい)


 肌を刺す緊張とは裏腹に、マルコはどこか呑気に、あるいは冷静に状況を分析しながら心の内で吐露する。

 敵は壁や積み重ねられた箱などの障害をすべて蹴とばし、体で押しのけながらマルコの元まで一直線に向かってくる。その迫力は凄まじく、確かな緊張感を覚える。しかし肉体が覚える緊張とは裏腹に、マルコは至って冷静。

 壁を破壊しながら向かってくる敵に対して、マルコも一瞬で距離を詰める。その瞬間、散弾銃を向けられるが、すでに銃口の先にマルコはいなかった。マルコは股の下を通り、そのまま背後から拳銃を発砲する。

 敵はすぐに振り向いたものの、すでにそこにマルコの姿は無かった。

 そして場に残った痕跡と僅かな物音からマルコの居場所を特定した敵が振り向く。するとすでにマルコはおらず、視界の隅に人影が動くのが見えたのみ。そして次の瞬間、敵が散弾銃を発砲する。

 正確にマルコを狙って引き金を絞ったわけではない。マルコがいるあたりを散弾銃で撃ちぬいただけ。しかしそれでもこの狭い室内では驚異的に働く。相手がマルコでなければ。


(ちょこまかと――っ!)


 狭い空間、視界を遮る数多の障害物。マルコにとって有利な条件が整っていた。すばしっこく逃げ回り、隠れ続け、奇襲を仕掛け続ける。

 戦いの初め、巨体の者が抱いていた『子供を寄越しアンテラは勝負から逃げた』―――という思考はすでに無くなっていた。適者適所、巨体の者の相手はアンテラでは無くマルコがした方が良い。

 どこか野性的、それでいて技術的な練度も高い。真正面からの戦いだけでなく、すばしっこく動き回り相手を翻弄することができる。策を練って罠を張るもののそれが本題ではない、あくまでも敵の動きを制限するためのもの。

 マルコは自分が動きやすいよう、相手を誘導し、場を整え、有利な環境の中で自由自在に動き回る。どうにかしてこの状況から脱しようとしても、マルコがそれを許さない。

 相性が悪いわけではない。しかし環境が整い過ぎている。


(―――っこいつ)


 少しでも立ち止まろうものならば突撃銃によって撃ち抜かれる。だがマルコを狙って動いてもすぐに逃げられる。角に追い詰めることもできない。それどころか近距離での戦闘も上手くいかない。

 厄介。最悪の状態だ。

 どうすればこの場を切り抜けられる。愚直に追い続け、相手に綻びが出て来る一瞬を狙うか。それとも作戦を変え、こちらも罠を張るか。あるいはいったん退くか。

 いや、しかしそれはでは。

 しかし。

 だが――。


「何考え事してるの、死ぬよ?」


 直後。マルコが視界の隅から現れ巨体の者を下から覗き込みながら煽るように呟く。


「こいッ―――」

 

 怒りか焦りか、少なくとも精神的同様によって腕を振りかぶった時に大振りになった。

 その僅かな隙を突き、マルコが拳銃を敵の顔面に突きつける。引き金に掛けた指が引かれる。弾丸が撃ち出され、一直線に駆けた弾丸は惜しくも敵の顔面に当たる直前に振りかぶった方とは逆の手によって阻まれる。

 しかしマルコはそれすらも作戦の内。

 弾丸を防いだ腕にマルコが両手を絡ませて掴まると、そのまま体を持ち上げて敵の顔面に向けて蹴りを放つ。強化服で顔全体も覆っていたため蹴りが直接、敵に当たることは無かったが、衝撃吸収材や布といった防護服の生地を貫通して、マルコの足先には確かに人を蹴った時に感じる、肉の柔らかさ、骨の固さと言ったものを感じた。

 敵はマルコの足が顔面にめり込んだ瞬間に大きく後ろに飛んで衝撃を吸収したものの、意識は朦朧とし視界は揺らいでいる。その瞬間をマルコが逃すわけも無く、拳銃を向けた。

 そして引き金を引こうとした瞬間、マルコに向けて正面から数十発という弾丸が放たれた。

 数発の弾丸を胴体に浴びながらもすぐに姿を隠したマルコ。障害物の隙間から弾丸が放たれた方向を見る。するとそこには半身しか見えないものの、突撃銃を持ったもう一人の敵が立っていた。


 敵が合流した。そして気が付かなかったマルコが狙われた。そして敵が合流したということは。


「あははー……やっぱりこうなったね」


 マルコの肩を叩いて、アンテラが苦笑しながらしゃがみ込む。


「助かった。次もお願いできるか」

「はい」


 マルコは満足気に笑いながら返事をした。

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