第215話 根本原因

 ビルの四階部分でクルスとフィリアが戦っていた。とはいっても互いに膠着状態で特に動きはない。理由は幾つかある。まずはレイとキクチのことについてだ。下での戦いに決着がつけば、どちらかが人数有利になり、通常よりも楽に敵を仕留めることができる。

 ただ、下での戦いがどのように転ぶか分からない今、レイが、あるいはキクチが負けるかもしれない。この選択は賭けだ。いかにレイを信頼するか、如何にキクチを信用するか。

 しかし、現実問題レイとキクチが真正面から戦えばレイに分がある。機械型モンスターの乱入がその予測を難しいものにしているが、確率で考えるのならばレイが勝つ可能性が高く、引いてクルスの勝利へと繋がる。

 そのためフィリアはこのまま無駄に時間を浪費することはできなかった。ここで待つのはあくまでも最後の選択。自分だけでこの状況を打開できるような手段を探さなければならない。

 では、フィリアがキクチの援護へと向かうか。それはクルスからの妨害などを考慮して無理に近い。では、クルスと真正面から戦うか。この場合。一発も弾丸を受けていていないクルスに対し、すでに頭部に一発の弾丸を貰い、胴体や腕にも食らっているフィリアが不利だ。

 それに相手も馬鹿ではない。レイからすでに情報共有はされているのだろう、あと一発でも頭部に弾丸を食らえば脱落だと知らされているはずだ。頭部にはもう一発足りとも弾丸を受けれないというおとりにもできないような弱み。

 本来の戦闘ならば頭部に一発も貰うことはできない。しかしこの最終測定という特殊な条件下において、頭部への着弾は一発まで認められている。他にも胴体や腕、足など細かく細分化され、受けられる弾数が指定されている。

 この場合、今までに一発と弾丸を食らわず、またモンスターからの攻撃を受けなかったクルスが圧倒的に有利。真正面から戦うにしても、多少強引な戦い方をされる可能性があるため、力押しでは負ける。

 この場において選択は通常よりも重要だ。

 もし間違えばフィリアだけでなくキクチまでも被害を被る。

 逆も又然り。クルスが選択を誤ればレイが死ぬ。 

 互いが互いを伺い、障害物に隠れながら対策を練る。間違えば死ぬ状況で慎重にならざるを得ない。しかし大胆な作戦を取らなければ何も変えることはできにない。常に疑念と疑問が頭の片隅で浮かび上がりながら、それらすべてを噛み潰し、二人が動こうとした瞬間―――地響きの如き足音が響きわたり、次の瞬間には下の階層から壁が破壊される音が響いた。

 クルスとフィリアがいる場所からではあまり一階の様子は見えない。しかしそれでも壁を破壊し、なだれ込むモンスターの群れは確認できた。


(うわわ……なんですかあれ)


 突如として流れ込んできた膨大な情報に、少し思考停止しながらクルスが考える。


(あれは。実体……ホログラム、さっきのと同じ?)


 すぐに状況を飲み込み、クルスが思案する。

 

(レイさんだいじょ……)


 一階層へと向けていた視線を自らがいる三階層へと向ける。


(あれ……あの人は)


 障害物の後ろに隠れているため見えないが、あの後ろに敵であるフィリアがいる―――はず。はずなのだが気配がない。今自分が下の光景に目を奪われている間、彼女は何をしていた、とクルスが思考を煮詰まらせ、目を凝らして思案する。

 そしてすぐに辿りつく。


「――――まずっ」


 ◆


 敵二人が隠れた地下空間をアンテラ達が慎重に進んでいた。ここら一帯の地下通路は複雑だ。加えてNAK社の改修工事によってスラム自体のもとを大きく異なっている可能性がある。

 ただ少なくとも、アンテラの知る限りで地上へと出れる出口は少ない。そしてアンテラと敵とが完璧にすり違わない限り、敵二人は地上に出ることができない。つまり、この地下空間に入った時点から真正面からの衝突が分かり切っている。無論、敵二人もそれが分かっていてこの選択をしたのだろうが、アンテラからしれみれば嬉しくない選択だ。

 そう広く無い通路をアンテラ達は歩き続け、敵の移動速度、地下通路の経路などを考慮してそろそろ出会うという場所まで来た。恐らく、敵もここで出会うと分かっている。

 僅かに物音がする。それがモンスターのものであるのか、それとも別のものであるのかは分からない。しかし付近に何かしらがいることが分かる。そしてすぐに互いは接触する。

 ある程度長い通路。そこに差し掛かった時、通路の向こう側に敵二人の姿を発見した。それは相手も同様でアンテラの姿を発見すると共に数発の弾丸が放たれる。しかしアンテラ達が通路に入る前の広い空間に身を隠したため、それらすべては当たらず、僅かばかりの膠着状態に陥る。 

 敵はこの一本道を強引に進むことができない。どれだけの能力を持っていよう何百発という弾丸の雨を、逃げ場のないこの通路で避けるのには無理がある。故に互いが互いに手を出せずにいる。

 ただ、この一本道の他に迂回する経路が一つあり、そこを通ればアンテラのいる空間まで辿りつくことができる。敵も隠れてしまっているためその姿を確認できないが、すでに移動しているはずだ。

 二人が同時に移動しているというのは考えにくく、一人が別の経路を通り、一人がこの通路を見ているというのが普通。迂回経路はアンテラが現在いる部屋の一つ後ろの部屋へと繋がっている。

 つまり、敵が迂回経路を通ってきている場合アンテラかマルコのどちらかが後ろに移動して迂回経路で待っておかなければならない。二人とも後ろの部屋に移動しても良いが、それではこの一本道を監視することができなくなる。

 最悪の場合は一本道を通られて二人の敵に侵入される場合。

 見す見す自分達の有利をあげるわけにはいかない。

 つまり、アンテラかマルコのどちらかが迂回経路に行かなければならない。

 恐らく敵はあの巨体の戦闘員を迂回経路に寄越してくるだろう。この一本道にいたっていい的だ。少しでも有効に使いたいのならば迂回経路を使ってあの巨体が来る。

 獣のような鋭い本能と勘、それに基本的な基礎戦闘能力が高い水準で備わっている。直接相手したアンテラだからこそその厄介さが分かる。しかしこの状況ではアンテラが相手するしかないだろう。

 しかし、マルコがその考えに否を突きつける。


(僕が行きますよ)


 アンテラはマルコの言っている意味こそ分かったものの、その内容に目を疑う。

 決して嘘を言っているだとか、活躍したいだとか威勢を張っているようには見えない。マルコが本心からそう言っている。アンテラはマルコにあの巨体の戦闘員がどれだけ危険かをすでに伝えている。そしてマルコ自身、少しだけだがその戦闘を見ている。

 マルコとて馬鹿ではない。相手の実力ぐらいは分かる。分かっているというのに、自分から行くと申し出た。


(自分が言ってること分かってるのか)

(はい。僕、こういうところはアンテラさんより得意ですから)


 少しだけ威勢を張るように笑い、そしてマルコが答える。


(必ず倒してきます。任せてください)


 僅かな下心と顕示欲、それらに突き動かされているのは分かっているものの、マルコは冷静に勝てると踏んでアンテラに言った。これで負けでもしたら終わりだ。色々な意味で。

 本来ならばこの場面でアンテラはマルコの提案を却下し、自分が行くべきだ。

 しかしマルコが嘘をついていないことやこれまでの訓練を思い出し、僅かに揺らぐ。敵が差し迫っているためそう多くない時間の中、アンテラは思い悩み、結論を下す。


(分かった。行ってこい)


 マルコは表情を変え、目を輝かせる。意気揚々と突撃銃を握り締めている。


(勝てよ)

(はい……!)


 マルコが音も立てず背後の部屋へと移動する。そしてもうマルコは訓練生なのではないのだから心配は無用だと、仲間ならば信頼するだけだとマルコのことを視界の隅から捨て去って、アンテラは己の仕事の集中した。

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