第214話 生身の状態
機械型モンスターは前と変わらずレイの方へと向かって刀を横一線に振りぬく。超高速で迫って来る鉄の塊に対してレイは少しも怯むことなく寸前で躱し、出来るだけ隙が出ないよう努める。そして身を低くしたレイは飛び上がるように機械型モンスターに近づくと首元の甲冑と甲冑の無い間に拳銃をねじ込んで弾倉が空になるまで打ち切る。
そして機械型モンスターの動きが鈍くなるとキクチの方に向かって胴を蹴って吹き飛ばす。
(あまり重くはない……のか)
蹴った時の感触から機械型モンスターが見た目に反して軽いことに気が付く。恐らく、刀だけが多くの質量を持っていて、本体はそれを動かすための装置ということなのかもしれない。
あくまでも推測。断定できない情報として頭の片隅に入れておきながら、レイは吹き飛んでいく機械型モンスターに会わせて動く。一方のキクチは吹き飛ばされてきた機械型モンスターが目の前を塞ぎ、レイのことを攻撃することはおろか視認することすらままならない。
目の前から飛んでくる機械型モンスターの対処をするか、それとも避けて背後にいるレイの対処に集中するか。
(どっちもだ――!)
どちらか一方などと甘い考えで先ほどは遅れを取った。機械型モンスターに対して十全の対応をしながらレイを仕留めきる。
キクチは一歩踏み出して飛んでくる機械型モンスターを受け止めるとそのまま、甲冑の隙間に拳銃をねじ込んでレイと同じように首元を撃ち抜く。数発の弾丸を撃ちこんだ後、キクチは機械型モンスターを蹴とばし遠くに追いやる。
機械型モンスターが目前から消え、キクチの視界は広くなる。そしてレイは飛ばした機械型モンスターの脇から滑るようにキクチの目前へと侵入し、弾倉を入れ替えた拳銃を向ける。
一方でキクチは拳銃を向けず、レイが持っていた拳銃を一歩近づいて蹴り上げる。この行動にはレイでも予想外であったようで、拳銃の先を足が掠り、銃口が上を向いたため撃ち出された弾丸はすべて天井にめり込む。
そして蹴られたことによって拳銃が破損しているかもしれない。レイはすぐに意識を切り替え、拳銃から手放すと足を振り上げたままのキクチの懐へと入り込む。瞬時にナイフを引き抜き、喉元へと迫る。しかしキクチは右手に持った拳銃をレイに向けていた。
レイはすぐに照準を変更し、拳銃を持ったキクチの右の手首に向けてナイフを投げつける。
キクチは瞬時の判断でナイフを避けたものの銃口は僅かに逸れて弾丸がレイに命中することは無かった。一方でレイはナイフを失ったものの拳が残っている。今からキクチの顎を狙うことはできない。狙うとしたら
レイは瞬時に行動を変えて蛙のように地面にしがみつく。そして次の瞬間、レイの頭上を刀が横一線に通り過ぎる。キクチは背後へと飛んで避け、体勢を整えながら拳銃を向ける。
一方のレイは地面に手をつき、そこを支点として背後にいる機械型モンスターへと蹴りを放つ。機械型モンスターは胸元に強い衝撃が加わったことにより、僅かに後ろへとたじろぐ。
そしてレイは蹴った勢いのまま飛んで立ち上がる。そして目の前を見た時、キクチが拳銃を向けていた。レイは横一線に放たれた機械型モンスターの鉄塊のような刀を盾として頭部への着弾だけは避ける。
足、腕、一発ずつの弾丸を貰いながらすぐに機械型モンスターの股下を通って背後に回り込み、キクチからの射線を切る。そして機械型モンスターが背後に回ったレイを殺そうと振り向こうとした瞬間、先ほどキクチの右手に向かって投げたナイフが自由落下によってレイの手元に収まる。
そして勢いのまま機械型モンスターの首元に向けてナイフを突き刺し、ガキッ、という音共に機械型モンスターの機能が終わりに近づいていることを悟る。レイは首にナイフを突き刺したまま、腕二本で柄を掴み、機械型モンスターを持ち上げるとキクチに向かってそのまま走り出す。
機械型モンスターはどうにか反撃しようとしているものの度重なるダメージによって刀が振るえず、レイになされるまま盾として扱われる。そしてキクチとの距離が近づいて来るとレイは前と同じようにキクチに向かって機械型モンスターを蹴って飛ばす。
そしてそのすぐ後ろを着いて行き、機械型モンスターをキクチが受け止めたと同時に首元に手を回し、巻き付くように体を持ち上げると機械型モンスターの頭上からキクチに向かって横一線に蹴りを放つ。
キクチは機械型モンスターに対処しながらもレイを警戒していたため、腕を犠牲にレイの蹴りを耐える。そしてお返しと言わんばかりに拳銃を向ける。しかし、キクチの方を向いていた機械型モンスターが刀を斜めに振ったため回避を取るしかなくなる。
刀を避けるために体を斜めに、一歩退いたキクチはまたすぐに機械型モンスターの懐に入り混む。
偶然か必然か、この時、レイとキクチは同じ結論にたどりついていた。
そして両者の行動はほぼ同時に行われた。
キクチが機械型モンスターの首元に拳銃をねじ込み、レイはナイフを突き刺した。次の瞬間、発砲音と機械が千切れる音が響き、機械型モンスターの首元が破壊され、頭部が地面に落ちた。
と、同時にレイは機械型モンスターの脇を抜け、キクチの持っていた拳銃を握り潰す。そしてキクチは瞬時にナイフを抜き取り、レイへと横一線に振りぬくが避けられる。
「…………」
「…………」
膠着。互いにナイフしか装備を持たない。ほぼ生身の状態だ。突撃銃や強化服などで身を包み、十全たる装備で戦いに挑む。それらが普段の状態、しかし今は装備を持たず駆け出しのテイカーであった頃を思い出す風体をしている。
遠距離攻撃手段を持たず、相手を仕留めるには近接戦をしなければならない。レイとキクチは歩み寄ることを強制される。
「……ほら、来いよ」
キクチがわざとナイフから手を離す素振りを見せて挑発する。一方のレイは一歩足りとも足を踏み出すことは無く、ただキクチの状況を伺っている。
「なんだ。怖気づいてんのか?」
キクチの挑発が聞こえていないのか、レイは違うことを考えている様子だ。キクチが一歩歩み寄れば、レイは一歩下がる。
「おい、何逃げてん――」
キクチがそう言って僅かに体勢を崩す、その瞬間にレイがキクチとの距離を離した。
「――――?!」
レイが振り返って別の方向に走り出す。
逃げた、臆病、舐められている、予想外の状況を見てキクチの脳内にあらゆる除法が溢れ出す。
(なん―――こいつ、逃げ――――いや!違う)
レイとキクチは殺し合いの勝負をしている。そこに仁義や倫理、プライドといったものは含まれず、ただ勝ちのために動く。加えて今回は、個人での勝利より最終的なチームの勝利が優先される。
レイとキクチとは個人的な戦いがある。しかしそれはそれ、チームでの勝利が優先目標だ。個人での勝負など二の次。部隊に所属している以上、つまらぬ勝負に拘る必要が無い。
(上の奴らと―――!!)
上層階から稀に聞こえる銃声。それはフィリアとクルスが戦っているために出ている音だ。レイはそこに合流しようとしている。いくらナイフだけとは言え、レイが加われば勢力図は大きく変わる。
フィリアは一気に厳しくなる。加えて、クルスから拳銃を貰うなど装備を得ることができる。
それでいて、キクチはレイに追いつけない。
「ずりぃぞ!」
ずる賢い。キクチにはそれが分かっているものの、負け犬のように叫ぶことしかできない。
レイの脚力に今のキクチでは追いつくことができない。レイは地面を蹴って二階部分の通路にできた窪みに手を引っかけ、そのまま一階部分へと上がる。キクチにはそんなことできない。遠くにある階段を上らなければならない。
キクチのような銃を持たない者よりもフィリアのような装備を持った者、殺すべき優先対象としてフィリアの方が高い。そしてクルスを助けることもできる。レイが少し悩んでいたのはこの選択のため、キクチと今ここで勝負するかクルスと合流するか、その二択で天秤にかけた結果が今なのだろう。
「……あの野郎」
自分が後回しにされたこと、拘束力のない個人的な約束事を反故されたと勝手に思ったことなどが積み重なり、キクチは情けない気持ちになりながら吐き捨てる。そして全力で、なりふり構わず腕を振りながらキクチがレイを追う。
そんな時、キクチとレイはある物音を聞いた。
それは足音、建物が崩壊する音、あるいは獣の声。遺跡で良く聞いたものだ。
次の瞬間、建物の壁を突き破り多数のモンスターが現れる。視界一面を埋め尽くし、それに機械型モンスターと生物型モンスターの区別が無い。夥しいほどの数だ。加えて、ホログラムで出来たモンスターが壁を破壊したということは―――それが示すことは一つのみ。
(これは――――実体を持ったホログラム?!)
建物へと侵入したきたモンスターすべてがあの甲冑を着た人型の機械型モンスターと同じ性質を持っているということ。
(さっきのはテストだと思ってたが、こういうことかよ……)
あくまでもこれが本番、そう言いたげなほどの量。
フィリアのこともレイのことも気にしてはいられない。このままではキクチもこのモンスターの波に巻き込まれる。
「………おかしなことになってきたな」
キクチはそう口ずさみ、全力で駆け出した。
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