第213話 薄氷の戦い

 甲冑を着た人型の機械型モンスターが佇んでいる。キクチとレイは機械型モンスターを挟むようにして立っており、互いにいつでも攻撃できる状況ながら一歩も動くことはしない。

 理由は単純。ここで無理に動いて機械型モンスターに敵だと認定されることを避けるためだ。機械型モンスターが敵になれば状況は一気に変わる。狙われた方は機械型モンスターと残った一人を相手しなければならず、機械型モンスターから逃げながら残った一人からの奇襲を警戒しなければならない。

 故に標的だと定められた瞬間に勝敗が決定すると言っても過言ではない。だからこそ互いに相手を狙える状況でりながら動かない。体を止めて、髪の一本ですら浮かさず完全に停止している。

 通路の崩落によって巻き起こっていた煙はすでに収まり、視界は良好。初めて視認した時は慌てていたこともあって良く見えなかったが、すべてが制止した今、機械型モンスターの様相が良く見える。

 硬い甲冑で身を包んでいる。しかし完全ではない。関節部分には甲冑が無く、無防備。代わりに一枚の薄い金属片が付着しているだけ。刀は長い。重心や扱いやすさといったものを捨て去ったような見た目だ。

 機械型モンスターが持つ合理的な造形とはかけ離れた、しかしこのホログラムは人の手で作られたのだからある意味で納得ができる。ただバランスが悪いとは言っても本当に少しだ。

 レイとキクチが持つ装備では殺しきるのが難しいだろう。

 決定打は足りず、それでいて狙われてしまったら残った敵に奇襲をかけられる。酷い話だ。どちらが狙われるかはほぼ運任せ。しかし持っている装備や状況、先に狙っていたことなどもありレイが標的になる可能性は高い。

 、機械型モンスターはレイの方をゆっくりと見て刀を動かした。キクチの様子もうかがっているようだが、あくまでもレイが標的。機械型モンスターの態度からその意思が読み取れた。

 

 機械型モンスターは瞬時にレイとの距離を詰める。レイは拳銃しか持たず、そして弾倉も限られているため近づかれていることが分かっていながらも発砲はせず、接近戦での対処とキクチの動向を伺うことに神経を割く。

 鉄塊の如き質量を持つ巨大な刀が振り下ろされる。恐怖は無い。刀に接触したところで死ぬわけではないのだ。防護服が切られたとそう判断するだけ。機械型モンスターは確かに質量を持っている、しかし人体と触れた瞬間にその機能を失う。さすがのNAK社でも最終測定で死者を出したら問題になる。故にこの機械型モンスターも何らかの対策が施してある可能性が高い。

 安堵はできない。慢心は無い。薄っぺらな保険があるだけ。やることはいつもと変わらない。振り下ろされる刀、脅威を最低限の動きで避け反撃の手を繰り出す。レイは一歩身を退いて、半身になる。すると刀はレイの目前を寸前で通り過ぎていき、地面に刺さる。

 その瞬間にレイは甲冑の無い機械型モンスターの関節部分に至近距離から拳銃を発砲する。赤い火花が散ると共に甲高い音が響く。流石に殺しきることはできない。関節への攻撃も生物型モンスター、あるいは人間ならば効果的であっただろうが機械型モンスターへの効果は薄い。

 撃ち出された弾丸は少しめり込むものの相手の動きを僅かに削ぐことすら叶わない。レイが二発目の弾丸を撃ち出すのと同時に機械型モンスターは振り下ろした刀を今度は上へと振り上げ、返す。レイは身を反らし寸前で避けると今度は甲冑の無い首元に銃口をめり込ませ、発砲する。

 機械型モンスターが僅かに揺らぐ。

 ここが効果的だと、そう判断すると共にレイは背後に見えるキクチへの警戒も怠らない。常にキクチの居場所を頭に入れながら、機械型モンスターが盾になるように動く。

 視認し判断を行い、体を動かす。肉体の感覚が人間の限界を越えているレイならばそれらをコンマ数秒という短い時間、いやそれすらもかからずほぼ同じに行うことができる。

 故に機械型モンスターの動きを脳内で処理し、最善の動きを計算しながらキクチの居場所を判断した上で計算に修正を入れられる。それどころか、この状況に置かれていながらレイは攻撃の一手すら頭の中に入れている。

 キクチはレイに突撃銃を向けながらも引き金を引けずにいる。それは機械型モンスターが盾のようになってレイに命中させることができないからだ。間を縫って小さな穴に弾丸を通すような神がかり的な射撃を行えばレイに弾丸を当てることができる。しかしもし外して機械型モンスターに当ててしまった時のリスクが大きすぎる。場合によっては機械型モンスターが標的を変えてレイからキクチへと攻撃の対象が移ってしまう可能性があるからだ。

 だからこそ、レイは打って出る。

 突如として機械型モンスターとの位置を入れ替え、レイはキクチに背中を向ける。しかし僅かだ、完全な隙というわけではない。今ならばレイに向けて弾丸を当てることができる。だが確実というわけではない。もし外してしまえば機械型モンスターに当たる。

 レイがキクチに背中を見せていたのは、時間としては2秒にも満たない。その僅かな時間の中でキクチはすべてのリスクを考慮し、決断を示さなければならない。キクチにこの判断をさせるためにレイは危険を取ってでも背中を見せている。レイが仕掛けた罠へと誘われていることに気が付いている。

 それらすべてを理解し、考慮した上でキクチは結論を下す。

 

(いや……)

 

 撃たない。これは無駄なリスクだ。レイがもっと弱ってから、確実な隙が出来てから、そんなチャンスはこれからまだ起こりえる。その時、確実に殺せるよう備えておけばよい。

 今はただ待つ。

 そしてこの時、キクチはレイの罠にかかった。

 キクチが引き金から僅かに指を引く、そして息を吐いた。その瞬間にレイは背後へと飛びこんで背中を向けたままキクチとの距離を詰める。付随して機械型モンスターも距離を詰め、キクチの視界は狭まる。

 撃たない、という決断が僅かな硬直を生んだ。そう決断し、安堵し、緊張を緩めてしまった。そして撃たないと決断した判断が撃て、という判断を邪魔をする。故に、距離としてはキクチとレイは離れていたものの、僅かな硬直のためにレイを撃つことができず距離を詰められた。

 そして距離を詰めたレイは機械型モンスターなんて気にしていないようにキクチの方へと体を向ける。その際、振り向きざまにキクチの持っていた突撃銃を蹴り上げ、破壊する。

 突撃銃だった機械部品たちがキクチの目前を舞い散って、そして突撃銃を蹴り上げたままレイはキクチの顎を蹴った。

 

(―――こっ。いつ)


 蹴り上げられ、頭が上を向く。体が宙を舞う。消え入りそうな意識の中、キクチは自身の驕りに勘づく。レイは機械型モンスターと戦闘し、キクチはそれをただ眺める立場にいた。

 油断はないはず。驕りも慢心も無い。しかし、圧倒的に有利な状況という前提を前にキクチ自身ですら気が付くことがきなかった安心が内に潜んでいた。それゆえにレイが残した僅かな隙を狙わず、次の機会に期待するという甘い考えが生まれた。

 レイを仕留めきるにはリスクを取る必要がある。

 それを認識していながら機械型モンスターに狙われるという危険性に怖気づいてレイを攻撃することができなかった。それどころかその隙をレイに狙われ、突撃銃を破壊された上に顎が割れるほどの攻撃を食らった。

 口から血を出しながら消え入りそうな意識を繋いで、キクチは心の中で声を上げる。


(まだだ!まだ終われねえ!)


 空中で体を捻り、レイに向かって振り下ろされた刀をキクチを避けた。そして地面に着地すると共に拳銃を引き抜く。レイは背後にいる機械型モンスターのことなど一度も視線を向けることなく、着地したばかりのキクチに向かって拳銃を構えていた。そしてほぼ同時に引き金を引く。

 もはや人外。レイは至近距離から放たれた弾丸を避ける。銃口から弾道を予測し、引き金に掛けたキクチの指を見て弾丸が撃ち出されるタイミングを伺う。それらすべてを一瞬で行い、レイは優位に立つ。

 レイは弾丸を避け、逆にキクチは胸に一発の弾丸を食らった。レイとしたは頭部に当てたかったところだが、そう上手くもいかない。すでに背後から振り下ろした刀を振り上げ、返そうとする機械型モンスターがいるため避けながらの射撃になった。それ故に頭部を狙えず、またキクチに追撃を仕掛けることができなくなった。

 そしてまた、キクチとレイは機械型モンスターを挟んで立つ。


(しぶといな……)

(ったく。人間じゃねぇ)


 互いが苦い顔をしながら鬱憤を吐き出す。そして次の瞬間、戦闘は同じように始まった。

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