第211話 技術共有

 レイ達が行っている最終測定のフィールドには多くのカメラが設置されている。単なる民家の壁やビルの側面、地面にも埋め込まれ、ドーム状の天井にも何百というカメラが設置されている。

 それらのカメラはホログラムの出力、動作に異常が無いかを調べるためや中で動く者達の映像を記録するために使われている。カメラが受け取った映像はAIによって選別され、まずは異常が無いかを調べられ、フィールド内で活動するレイ達や強めに設定したモンスターのなど、特に重要となる映像だけが抽出され、フィールド脇にある総合管理センターへと送られる。

 それらの映像は管理センターの休憩室や管理ルーム、招待客用の部屋などに送られ、ほぼラグが無い状態で観戦することができるようになっている。決して娯楽のためではなく、正確な情報を取るためだ。

 現に、抽出され集め出された映像が集められた管理ルームでは多くの職員が機械に故障、不具合が無いかを確かめ、常に警戒している。総合管理センターの地下にこのフィールドに映し出されているホログラムすべてを管理し、動作の演算処理を行うコンピューターが存在しているが、少しでも不具合が起きたのならばすぐに停止させなかればならない。

 もし壊れでもしたらNAK社が傾いてしまうほどの損害が生じる。故に職員は画面に映し出される映像やモニターに表示される数値などを一つも見逃すこと無く見ている。


 最終測定で大変なのはレイ達だけではないのだ。ミスれば首が飛ぶ、職員の方が命がかかっている。本来ならばわざわざ確認する必要などない、だがもしかしたら故障しているかもしれない。そうなれば損害は計り知れず、良くて解雇だ。

 だからこそ失敗ができるはずが無く、また、レイ達の後にタイタンと丸山組合の第二部隊が最終測定を行い、次の日に第一部隊の最終測定が行われる。この後のことを考えればまだ始まったばかりであり、心労は絶えない。

 それに今行われている最終測定はかなり長引いているためモンスターの出現が増え、演算処理が大幅に増えている。それでもまだ余裕はあるのだが、確認しなければならない職員に余裕は無い。

 加えて、タイタンと丸山組合の戦闘員、計9名が活発に動いているため防護服から送られて来る情報や弾丸の起動予測などでも容量を食っている。この最終測定を考えたのはNAK社の上層部なのだが、現場の配慮など一ミリもしていない。

 計算上は演算処理が間に合う。そして職員はしなくてもいい確認を勝手にしているだけ。であり配慮しなくても良いなのだろうが、そういう話じゃないと、職員の一人が愚痴を吐く。

 

 それに今回は測定を行っている戦闘員に一人おかしな数値を出す奴もいる。

 

(番号……2番)


 モニターに映し出された者を見る。番号2『レイ』。タイタンに一時的に所属しているテイカーだ。

 今回の最終測定では身体拡張者がいないというのが前提。そしてレイも事前の話では身体拡張者ではないという話だったのだが、いや検査結果でも身体拡張者ではないのだから生身の人間なのだろうが、防護服が記録している数値が生身の人間が出せる限界をすでに超えている。強化薬を使用しているとまでは行かなくとも、レイの筋肉量や骨格などから出せる理論上の限界が間違っているかのように想定が意味を為していない。


「…………」


 だがそんなことは些細なこと。演算処理にそこまでの影響がない。それより、今は別の緊急事態が起きている。


「おいおいおいおいおいおい……ったく。ルースカーターあの野郎仕込みやがったな、今日はテスト日じゃないぞ」


 の製作者に恨みをぶつけながら、画面に映し出されている一体の甲冑を来た人型のモンスターを睨みつけた。


 ◆


「あれは?」


 褐色の肌と灰がかかったような特徴的な髪をした女性が、隣にいる職員に問いかけた。彼女たちは現在フィールド全体を見渡すことができる場所におり、そこはドーム状の天井付近に位置している。

 目の前の壁、全面が透明で中の様子が見えるようになっているが、逆からは中の様子が確認できない。そして壁にホログラムを表示し、カメラが記録した映像を見ることができる。

 現在、二人は壁の近くに立ち、時よりホログラムに目を向けながらフィールドの一部分を見ていた。そこはレイのいる場所であり、カメラも同様の場所をより見やすく表示している。

 褐色の肌をした彼女がここに来たのは数分前のことであり、見始めてそこまで時間が経っているわけではない。その中で言葉を発することは無く、ただ見ていた。だが今、こうして初めて声を出した。

 職員は理路整然と、しかし内心で困惑しながら返答する。


「あれは実体を持つホログラムです」


 甲冑を来た人型のモンスターが拡大されて映し出される。


「厳密には、もはやホログラムなどではないのでしょうが、一応そういう名前のプロジェクトで作られたので『実体を持つホログラム』と表記されています」

「そうなん、だ。むかし……カナックヤード軍事施設跡で同じようなの……みたよ」

「カナックヤード軍事施設跡ですか……」


 職員は彼女の言う遺跡の名前を知ってはいるものの、詳細の情報は知らないため言葉を伏せる。そして話を戻して説明を続けた。


「あのモンスターはホログラム……のようなものですが、ホログラムで出来たモンスターとは違い現実に干渉します。例えばあのモンスターが持っている刀ですが、壁に叩きつければ壁が破壊されますし、それはどの物体においてもそうです。ホログラムのように投影された存在でありながら、現実の物体と同じように動く。それがあのモンスターです」

「へぇ」


 少しだが彼女の声色が上がった。喜んでいるように見える。


「それ、じゃあホログラムとは……言えない、ね」

「はい。ホログラムと言われてはいるものの、その実態は大きく違います。こちらの世界に干渉することができますし、何よりも質量を持っている。単なる映像媒体がです」

「そう、だね。これ……作った、のは?」

「製作者はルースカーター氏です」

「へぇ……」


 声色が下がった。そして不機嫌そうだ。


「何か……ありましたか」


 己の不手際で彼女を不機嫌にしてしまったのならば何が起こるか分からない。職員は慎重に彼女の反応を伺いながら問う。

 しかしそんな緊張は意味がないかのように、彼女は気の抜けた返事をする。


「……かは」

「……え……あ、え?」


 何を言ったのか分からず職員が困惑しながら声を漏らす。そんなこと気にせず彼女は続ける。


「不完全……だね、あれ」

「ふ、不完全……ですか?」

「|ルースカーター、調整……間違ってる」

「間違う……?」

「う、ん」

「ぐ、具体的にはどの部分が間違っているのでしょうか」

「…………なんか、ちょっと言葉では……まあ、聞いてみれば分かる、よ」

「そう、ですか」


 西部で名を馳せる科学者でもあり技術者でもあり研究者でもある傑物『ルースカーター』。彼が開発した技術、商品、理論は優に1000を越え、それらすべてが現代科学の礎となっているか、飛躍させるカギとなっている。

 ホログラムで映し出されたあの甲冑を来たモンスターもその一つ。最近は姿が見えず音信不通であったが、ホログラムに実体を持たせる、という技術と理論を証明するためにバルドラ社とNAK社の手伝いを借りて、このフィールドを実験場として作り出した。

 稼働したのを見るとすぐに消えてしまったそうだが、彼女の発言が正しければルースカーターでも気が付くことのできなかった不具合が彼女には見えているということになる。

 彼女はテイカーでルースカーターは技術者。畑が違うからこそ見えてくる異常があるのかもしれない。特に戦闘面での不具合ならば彼女だけが気がつける部分も出てくる。

 職員がそう考察していると、彼女は少しだけ目を細めてホログラムに目を向ける。


「……ん。もう、いいや。だけど……楽しみ、かな……うん」


 独り言のようだが、相変わらず要領がつかない。

 職員が聞き耳を立てていると突然、彼女は振り向いた。


「帰る、ね」

「え、あ、はい!」


 突然のことに驚いたものの職員はすぐに返す。そして彼女は歩き出してこの部屋から出ようとする。その際、職員はモニターに映し出された最終測定を行う10人のテイカーに目を向けた。

 昨日、彼女が言っていた『彼』。特定は限りなく難しいものだが、今日この時に最終測定を彼女が身に来たということはこの10人の中に『彼』がいることになる。加えて、『彼』というのだから男なのだろう。すると10人から半数まで絞ることができる。

 となればある程度割り出すのは簡単だ。

 モニターに映し出された者達に一瞬だけ目を向けてそう考えた職員が彼女の後についていく。だが彼女は部屋を出る直前で立ち止まって職員の方に半身を傾けた。

 

「昨日……わたしが言った『彼』のことだけど、この中にはいない、から」

「え、しかしこの最終測定に来たのは『彼』を見るため、では?」

「なんか最終測定、って。日にち分けて、やるらしい、から。すぐ帰りたい、から。もう昨日の内に会いにいった、よ」


 この最終測定は第一部隊、第二部隊、第三部隊と別れてやる。予定では今日の午前に第三部隊、午後に第二部隊、明日に第三部隊となる。彼女の話から考えるに『彼』は今日の午後か明日にある第二、第三部隊におり、さすがにそこまで待つのは面倒だから昨日の内に会いに行ってきた。そのためわざわざ確認する必要もない。そういう意味なのだろう。


「で、ではなぜ、ここに来たのですか……?」


 『彼』ともう話したのだとしたらわざわざここに来る必要が無い。しかし彼女は来た。 それが理解できず、職員は単純な質問を投げかける。

 

「きぶん」


 そして単純な返答が返って来た。「気分」だと返されてしまえば、そうなのだろうと納得するしかない。彼女の性格や行動から「気分」という理由がありえる。ありえてしまうためこれ以上問うことができない。

 彼女はそう答えると部屋から出る。その後を慌てて職員が付いてきた。後は帰るだけ、その際、彼女は通路の壁に設置されたモニターに映し出されるレイの姿を見て思う。


(まあ……これで何か言われても、可哀そう……だしね。私のせいで、迷惑かけるのは……よくない……ね)

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