第210話 地雷の誘い
アンテラとマルコが敵二人の動向を伺いながら作戦を組み立てていた。
現在、アンテラ達と敵はマルコが合流したことによって同数になった。よって人数有利は無くなり、限りなく平等な条件下での勝負となる。しかし、敵は狙撃手から未だに狙われていると思っており、またマルコの存在を知らない。それらの情報的優位を上手く活用すればアンテラに分がある。
(……動いたか)
敵が動いた。未だ狙撃手に狙われていると思い込んでいるため敵が動ける通路、場所、範囲はある程度特定可能だ。それに合わせてアンテラ達は行動すれば良い。しかし、アンテラはすぐにその考えが間違いで会ったことに気が付く。
(逃げ……)
敵が地下通路へと繋がる道へと入って行った。このフィールドには地上の他に地下階層がある。そこまで深く、広いというわけではないが道が入り組んでいてモンスターも存在している。
隠し通路として使用するにもモンスターの存在が邪魔であるし、入り組んでいるため地上を通って一直線に向かって行った方が案外早く、それでいて安全に目的地にまで辿りつける。
そのため地下空間に関して、アンテラの脳内にはその選択肢が全くと言ってよいほど入っていなかった。意味が無く、使わないものについて考える必要が無い。その考えが今回の事態を招いた。
当然、このフィールドが作られる前、ここにあったスラムの地図から地下通路に関しての地図は頭の中に入っている。地下、ということもあり地上とは違って舗装や補強だけで大まかな道や部屋は変わっていないだろう。ホログラムなどによって道が阻まれている可能性もあるが、その辺のことは考えても仕方が無い。
(わざとか)
敵が地下空間へと入って行った。これに関して、アンテラには幾つの選択肢がある。一時撤退するか、後を追うか、この場に留まるか、細かく分ければもう何個か選択肢があるのだが、大まかに分けるとするのならばこの三つ。
敵が地下に入って行ったということはそれなりに用意や準備があるのだろう。狙撃手がいたことが最もな要因だろうが、それでも躊躇なく地下空間への侵入を選べるのには何かがあると考えて良い。
敵に何かの用意があると仮定して、地下空間へと無理に入る必要は無い、もし敵が準備、用意をしているのならばむざむざと罠の中に入って行くようなもの、慎重に考えるのあらばここで立ち止まるか、一時撤退するかの二択。
それに、ここで待っていれば地下にいるモンスターとの戦闘によって敵が飛び出してくるかもしれない。そうなればアンテラ達が追い打ちをかけるだけ。比較的楽な仕事になる。
しかし現実はそう上手くも行かないだろう。
敵はアンテラ達が見えるようわざと姿を現して地下空間へと繋がる道へと姿を消した。
本来ならば追うことは危険。しかし地下空間の地図を頭の中に思い浮かべてみれば、立ち止まる余地が出て来る。地下通路は浅く、広くはないが、それでも蟻の巣のように地上と多く繋がっている。
敵が地下空間へと入った時、すでにアンテラは敵の姿を見失っている。それでいて地上と繋がっている場所が幾つかあるため出て来る地点の予測も難しい。もしこのまま逃がしてしまえば敵を見逃すことになる。加えて、遠くから銃声が鳴っているがあの方向にも地下通路が一本伸びていたはず。
聞こえて来る銃声から人間同士が戦っていることが確定しており、もう少し言うのならば二体二の状況だ。リアムが狙撃手としてどこかのビルにおり、ここにマルコがいる。
つまり、聞こえてくる銃声の二人組というのはレイとクルスだろう。そして恐らく、拮抗状態か、どちらかが少し優性という状況だ。ここに地下通路を通ってやって来た二人の敵が参加すれば、いくらレイとクルスといえど勝負を優性に勧めることは不可能になる。
ではアンテラがレイのいる場所へと向かいさきに出口で待っておくか。
恐らく、そう簡単には行かないだろう。レイのいる場所まで最短の出口だけを塞いでいけば良いという話ではないのだ、他にも幾つか出れる場所があり、場所によっては後ろから来る可能性がある。
よって、敵が出て来るであろう出口での待ち伏せはほぼ不可能だ。
そしてここに留まるのもレイのことを考えれば良い結果を生まないだろう。アンテラにも遠くの銃声が聞こえているということは敵にも聞こえているということ。アンテラが見逃した敵がレイやクルスに迷惑をかける。それだけは避けなければならない。
隊長としての面目が立たず、何よりもアンテラ自身に悔いが残ってしまう。
今ならば敵が入った入口付近の情報と地下空間の様子を鑑みて、敵が面倒なことをする前に直接会って決着をつけることができる。アンテラの頭の中にある地図が正しければ、敵が入った場所付近には出口に繋がっている次の場所まで距離がある。
面倒なことになる前に仕留めきる。
それが最善の選択肢だ。
「アンテラさん。行きましょう」
どうやら、マルコも同じ考えのようだ。
「ここで仕留めきるぞ」
「はい」
二人は隠れていた建物から飛び降りると、地下空間へと繋がる通路へと姿を消した。
◆
レイとクルスの二人がキクチとフィリアの二人組と戦闘を繰り広げていた。それまで作戦を考え、相手を嵌めながら時には奇策を用い、あるいは強引に肉弾戦をしてきたレイだが、クルスが来たことで人数不利も無くなり、ある程度は自由に動けるようになっていた。
前に戦っていた場所から舞台は移り、現在は隣にあったショッピングモールで戦闘を行っている。中心に天井まで突き抜けた楕円形の空間があり、その周りをまわるように通路が設置されている。複雑で無くある程度開けた複数階層の空間であり、レイは先の戦闘で突撃銃を無くしてしまったということもあり拳銃だけでキクチと戦っていた。
状況はレイ達が少し有利だ。武器で劣るものの、フィリアをクルスが完璧に抑え、レイがキクチの相手をする。武器で劣ろうともレイはそれまでキクチとフィリアの二人を一人で相手にしてきた。二体二の勝負になれば力関係も変わってくる。加えて、最初は二体二で戦闘を行っていたものの、時間が経つにつれて状況は変わっていきクルスとフィリア、レイとキクチとが主に戦っていた。時に仲間同士で協力しながらも目の前の敵を相手する。
レイとクルスが上層階からキクチ達を狙い、一方でキクチ達も上層階にいるレイを狙う。中心の天井まで吹き抜けた空間を中心に、両者がその周りを囲むようにして作られた通路で戦う。
上層階ということもありレイ達が着実に追い込んでいく。
(俺が行く)
(お願いします)
レイとクルスとが目を合わせて会話をすると、通路に設置された柵を飛び越え、下層にいるキクチの元まで行く。中央の吹き抜けた空間を落下死、通路につけられた柵に掴まって止まる。
現在地はキクチのいる階層の一階下。そしてクルスのいる場所はキクチ達のいる階層の一階上。つまり今、レイとクルスの二人でキクチ達を挟んでいることになる。階層間を移動する階段はたったの一つしか無く、上に逃げようにも下に逃げようにも逃げ場がない。
キクチとフィリアは目を見合わせ作戦を共有する。
このままでは挟み撃ちになる。ならば下層か上層か、どちらかへと向かって移動した方がいい。そうすれば、もし下層に向かったのならばレイが、上層に向かったのならばクルスがいる。この際に一対二の構図が出来上がり、逆にキクチ達が有利になる。
しかしそう上手くもいかない。
下層に行けばレイに当たる。装備は拳銃とナイフだけと弱い。しかしそれでも危険な相手に代わり無く、すぐに仕留めるのは不可能。時間を稼がれでもすれば後ろからクルスがやって来てしまう。
だからといって上層に向かっても面倒ごとはある。クルスはレイよりかはマシではあるものの、階段の上で待ち伏せができる状況であるためキクチ達は強引に突き進むことができない。
たとえ警戒して相手が一人であったとしてもクルスがレイの来るまでの時間を稼がれれば終わりだ。
当然、上層階にフィリアを、下層にキクチを、と二手に分かれることはできない。レイを相手に一対一の状況を作ることはキクチにとってかなり危険な状況であり、数的有利を捨ててまで相手するメリットが無い。
故に上層か下層かのどちらかにキクチ達が向かわなければならない。
(上だ)
(上ね)
一秒と悩まず、二人して共に結論を出すとクルスのいる上層階へと向かって走り出す。階段はまではそこまで遠く無く、すぐにたどり着く。一方でレイが降りた場所は階段まで半周しなければならない、いくら速くとも15秒はかかる。
階段を駆け上りながらクルスを仕留め、残ったレイを仕留めきる。
この状況を上手く使えば良い。二手に分かれたことで相手は今一人なのだ。各個撃破することができる。
(後ろを)
(そうね)
階段へと足を踏み入れる。フィリアが先頭を行き、その後ろをキクチが歩き。階段を上がりながらフィリアが前方と右、キクチが背後と左側を確認する。そうして、キクチが背後を警戒するため、僅かに後ろを見た時、通路の柵にかかる人の手が見えた。
「――――マズい」
まるで恐怖映像。レイは階段を使って上がることなどせず、一階を飛び越え柵に掴まってこの階層までやってきた。レイは現在、柵に手をかけ体を持ち上げている途中。撃てば当たる。しかし撃てない。
今、階段を上っている際中でありレイの対応をすればクルスからの攻撃を受ける。それでいて銃口は上を向いていて、どれだけ頑張ろうとレイのいる場所まで銃口を向けるには1秒がかかってしまう。
レイならばその時間で柵を乗り越える。そして射撃体勢も同時に整えて来る。
そしてフィリアは当然、レイの対応をすることなどできず、それどころかまだ気が付いていない。
キクチが必死に声を上げたが、それでは間に合わないだろう。
「――――ッっく。ッ今度は!」
しかし、幸か不幸か。キクチは一時的に命を取り止める。
突如として壁が割れ、次の瞬間には吹き飛んだ。煙が舞い散り、視界が塞がれ、また衝撃によってレイは射撃体勢を整えることができずキクチを攻撃することができない。
それどころか、射撃体勢を整えた今であろうと引き金を引くことができなかった。
「…………そうだったな」
時間経過と共にモンスターの数、そして質ともに上がる。三階もある高さの壁を突き破って来たのは人型の機械型モンスター。甲冑で身を包み、刀を持つ。現実では見たことの無いような機械型モンスターだ。
ホログラムだからこそできたこと、そしてこのモンスターを設計した技術者がいるはずだ。
(面倒な奴だな)
もう少しでこの勝負が終わっていたかもしれない。この戦いに横やりを入れられたことに確かな怒りを覚えながら、レイは戦闘態勢を取った。
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