第209話 予定通り
レイがキクチ達と戦闘を行っていた。今までの作戦では壁を伝って上り、あるいは階段を上がり、キクチとフィリアを混乱させ一人ずつ仕留めていく予定だった。しかし今はそれも出来なくなっている。
レイのいる四階層には現在、キクチとフィリアも足を踏み入れている。用意していた罠はすべて回避され、少し入り組んだこの第四階層でレイは真正面からの勝負を余儀なくされていた。安全を追い求めるのならば三階層に降りた方が良いのだろう。三階には隣のショッピングモールと繋がる通路があるし、地上から近いため最悪飛び降りることができる。
ただ、逃げたところでキクチ達は追ってくるだろう。レイが逃げながら罠を張り、誘ってもよいがあまり現実的ではない。今のレイは罠を張れるほど装備が充実しておらず、走りながら物質を見つけ、それらを組み合わせて罠を作るにしても問題がありすぎる。
キクチは恐らく、すぐにその罠には気が付くだろうし、わざわざ作った時間がもったいない。
現状から脱することを優先するのならば逃げの一択だが、逃げた先でも問題がある。故に、レイはここでキクチ達を真正面から相手してねじ伏せるしか手段が残されていない。
「……ふう」
僅かに呼吸音を響かせる。外から聞こえる銃声と騒音によってそれはすぐにかき消されるが、キクチ達には聞こえた。すぐにレイのいた場所に向けて銃口が向けられ、壁の有無に関わらず弾丸が撃ち出される。
ホログラムによって作られた壁を弾丸が貫通し、レイのもとまで届く。しかしすでに銃口の先にレイはおらず、キクチの背後にまで移動していた。動きながら銃口を向け正確無比な射撃を行う。
撃ち出された弾丸はキクチの頭部へと命中し、防護服の耐久値が下がる。もう一発、頭部に弾丸を食らえばキクチはその時点で脱落。瞬時に身を伏せ、キクチとフィリアも迎撃体勢を取る。
依然として姿を消して動き回るレイだが、先ほどの射撃によって完全に姿を捕らえられた。キクチとフィリアは互いにレイの逃げ道を塞ぐように乱射する。逃げ道を作らず、一定の範囲内にレイを留める。
一人ならばレイの逃げ道を塞ぐことはできなかった。二人だからこそ制圧できる。しかしこれでやっと同条件という具合。猛獣を罠に嵌めるのとは違うのだ。追い詰められた猛獣が一番に恐ろしいとかいう話でもない。
相手はレイ。何をしてくるのは全くもって分からず、今はただ行動範囲を狭めただけで追い詰めたわけではないのだ。レイがどう動くか、キクチ達がどう対処するか、それらによって状況は百八十度変わる。猛獣など比にならない敵を相手にしているのだ。
少しでも気を抜け――――。
「っく――そ」
キクチ自身でも気が付くことができなかった僅かな安堵、その瞬間にレイがテーブルをキクチの方へと向かって投げ飛ばしながら、距離を詰めて来た。突撃銃を乱射し、弾が切れると突撃銃から手を離し肉弾戦へと移る。
フィリアはレイの動きに対処しようとしたものの同じように飛んできたテーブルによって視界が遮られ、また肩に腕や肩に数発の弾丸を食らい照準がブレた。それによりレイを殺しきることができず、キクチがテーブルを叩き落として視界を再度確保した時にはすでに目前にまで迫っていた。
レイはキクチが持っていた突撃銃を叩き飛ばすと刃の部分がホログラムで投影されているナイフを取り出し、キクチの喉元へと向ける。だがすぐに背後にいたフィリアの対処へと意識を移す。
フィリアはすでに突撃銃の銃口を向けていた。だが引き金を絞るよりも早く、レイが突撃銃に触れていた。左手で向けられた突撃銃を下から軽く叩いて銃口をずらす。上へと向けられた突撃銃からは弾丸が撃ち出されるがそのどれもがレイには当たらず、また、まだ対応が追い付かないフィリアに右手で持ったナイフを向ける。
しかしこれもまた途中で中断せざるを得ない。すでにキクチが拳銃を引き抜いている。このままフィリアに構っていてはキクチに撃たれる。レイはナイフをキクチへと向けるが、一発の弾丸がナイフへと命中した。ナイフははじけ飛び、拳銃から薬莢が飛び出す。
キクチは続けてレイの頭部に向かって銃口を向ける。ナイフを失ったレイは仕方なくキクチの手首に向けて手刀を叩きつける―――が狙っている場所がバレしていたため避けられる。
だが僅かに銃口がずれたおかげで次の射撃までコンマ数秒の間ができた。この間でできることは限られている。そしてすでに、同じように拳銃に手をかけたフィリアの存在もあり、さらに絞られる。
一秒にも満たない僅かな時間でレイは思考を巡らせ、そして幾つかの案を作り出す。取捨選択をしている暇は無い。フィリアへと一歩距離を詰め、銃口を近づける。すでに引き金にかけれた指には力が入っている。
キクチも同様だ。
レイは瞬時にフィリアが持っていた拳銃を掴みとり、握り締める。弾丸が撃ち出されるよりも早く、銃口部分が圧迫され変形したため、拳銃は内部で暴発すると共に爆発した。
フィリアの視界は一時的に遮られ、レイはキクチの対処へと移る。すでに弾丸が撃ち出される直前。頭部に食らったのならばその時点で脱落が決定する。レイは瞬時に、頭部にだけは当たられないよう回避行動を取る。
極限の集中。撃ち出される弾丸すらも遅く見えてしまうほどに、ゆっくりと時間が進む。
レイはその中で至近距離から放たれた弾丸を避けた。
「――――避け」
至近距離から放たれた弾丸を避けることなど常人には、いや人間ならば不可能だ。しかしレイは現に避けた。さすがのキクチでも驚愕を隠しきれず、僅かに硬直する。
一方でレイは止まらず、避けたままの勢いで拳銃を引き抜くとキクチに向け―――ようとしたところで背後から強い衝撃がレイのことを襲う。
(こい―――つ)
拳銃が爆発し黒煙が立ち上る中、フィリアがレイを蹴り飛ばした。
レイはその勢いのまま吹き飛ばされ、二人との距離が離れる。そしてすぐに立ち上がるものの、叩き飛ばした突撃銃をすでに拾い上げていたキクチがレイに銃口を向けていた。
レイは頭部だけを守りながら引き下がり、数発の弾丸をその身に受けながら窓枠から外へと飛び出す。前とは違い、計画的に身を投げたのではない。今回は全くのノープラン。
壁にある僅かな突起や窪みに掴まることはできず、そのまま落下する。衝撃が背中に走り、埃が舞い散った。レイはすぐに立ち上がろうとするものの、ビルの三階部分からキクチが突撃銃を向けていた。
「くっ――――そが」
立ち上がろうとするレイに無慈悲にも弾丸が放たれる――――瞬間に銃声がなった。それと同時に別の場所からキクチ達に向けて数十発という弾丸が撃ち出される。それによりキクチはビルの中に体を引っ込めなければいけなくなり、レイはその僅かな時間を使って身を隠す。
「……はぁ……はぁ」
久しぶりの息切れ。レイが壁に背を預けながらキクチ達の様子を伺っていると、横から銃声の主が姿を現す。
「レイさん。大丈夫ですか」
「ああ。助かった」
レイの横には急いで駆けつけてきたのだろう、埃だらけで汗をかいたクルスがいた。
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