第208話 狙撃手としての勘
あるビルの上層階。そこからリアムは地上を見下ろしていた。
「……仕留めそこないましたか」
照準器から僅かに目を離し、落胆を口にする。すでに照準器の中に敵は映っていない。二人いた敵の内、当てられたのは一人だけ。それも頭部では無く腕。リアムの持っている狙撃銃の性能ならば頭部に一発浴びせれば防護服を貫通し、一発で脱落させることができる。
そのためリアムは頭部を狙ったのだが、上手くはいかなかった。
(獣ですね、あれ)
上手くいかなかったのはリアムが照準を誤ったからでは決してない。照準は確かに敵を捕らえていたし、ドーム状のこのフィールドには風も無く弾道の落下などを予測するだけだった。
しかし外した。貨物列車に乗りながら動き回るモンスターを倒して来たリアムが頭部を撃ち抜けなかったのだ。リアムの射撃に不手際があったわけではない、相手が悪かった。
リアムが引き金を絞る直前、あの大柄の敵は何故か知らないが身を僅かに引いた。それどころか突撃銃を守るためかわからないが、肘をずらして弾丸を防いだ。代わりに腕をほぼ破壊できたから良いものの、相手が
リアムにもプライドというものはある。一発で仕留められなかったのは今までに片手で数えられるほどしかない。今回のせいで片手から両手で数えなければいけなくなった。
(場所はバレてません。それにここに来ることもできないでしょう……引き続き援護しますか)
リアムは照準器から視線を外し、アンテラのいる方向とはまた別の場所を見る。そこは立体駐車場のような場所で、少し遠くにある。リアムがいる場所からだとその前方に少し背の高い建物があるためその全貌は確認できない。
しかしそれでもあそこで戦闘が起こっていることぐらい把握できる。
戦っているのはレイと二人の戦闘員だ。今のところはほぼ拮抗状態と言っていい。いや、少しレイが優勢か。しかしもうすぐで真正面からのぶつかり合いになる。人数で劣るレイがどのように対応するかは分からないが、勝つことを祈るしかないだろう。
リアムのいる位置からは正確な援護ができない。それにアンテラのこともある。状況的にレイよりもアンテラの援護に回った方が良いだろう。一旦、レイのことを頭から消して、リアムはアンテラの援護に回る。
依然として二人の敵に動きは無い。大柄の敵はリアムの狙撃を警戒してアンテラには近づかない。一方で突撃銃を持っている方はリアムがいる大体の場所を割り出し、見つからない経路を探しているようだ。
(……場所を移しましょうか)
経済連所属の企業傭兵時代、リアムは対人戦闘を何回か行ってきた。普段つく貨物輸送の任務から要人護衛の依頼。リアムは直接、要人の周りについて護衛することは無かったが、対狙撃手として事前に要人が移動する範囲内から狙撃できそうな場所を割り出し、警戒するのが仕事だった。
それまでリアムは対人での戦闘というのをあまり行ってきておらず、狙撃手として事前に脅威を排除する経験などあまりなかった。依頼自体は何事も起こらず、リアムが敵を一人殺して終わったのだが、その際に色々と気が付くことがあった。
まず、狙撃手のいる場所は案外バレやすいということ。相手がモンスターだったのならば別に良いはずだが、相手が人となると弾道から正確な位置を割り出し、あるいは探査レーダーなどを用いて一瞬で場所を特定する。
そのため撃ったらすぐに場所を移すか逃げるかしなければならず、いつもとは勝手が違いすぎて大変だったのを覚えている。
今回も同じだ。相手は人。恐らく、すでにリアムのいる大体の場所を割り出しているだろう。アンテラがいる中で、持っている武器を考慮してリアムを先に攻撃する可能性は低いが、万が一にもあるのならばその危険は排除しなければならない。
それに、アンテラを援護するにも場所を移した方がやりやすい。
そしてリアムが場所を移そうとした瞬間、一発の弾丸がリアムの肩を掠った。
真横で風を切る音が聞こえ、その後、肩に衝撃が走る。何が起きたのか、理解するまでそう時間はかからなかった。
(……へぇ。いるんですね敵にも)
突撃銃でも散弾銃でもない。ましてや拳銃などでもなく、あれは狙撃銃の弾丸。つまりは今、リアムは狙撃されたということ。運が良いのか、それとも相手が下手なのかは分からないが間一髪で生き延びることができた。
リアムはすぐに弾道から大体の位置を予測し、相手のいる場所を割り出す。
(……あそこですか、面倒ですね)
弾道から予測できる大体の位置、そこには何十棟も立ち並ぶビル群があった。狙撃するにはして安直でバレやすい。それでいてあの付近はモンスターが多く配置されている。だからこそリアムはあのビル群に身を隠すことは無かったが、どうやら敵は違ったようだ。
良い決断なのか、それとも逆か。少なくともここはリアムが相手するしかないだろう。何しろ、相手は狙撃手。敵の中でもより敵らしい相手だ。
(ふふ……いいですよ。やりましょうか、どちらかが死ぬまで)
リアムは口の端を釣り上げ、笑った。
◆
少し前と変わらず、アンテラを取り巻く周りの状況は停滞していた。相手はリアムの存在もあり大胆に動くことができず、一方のアンテラも人数不利のなか攻めに出ることもできない。
リアムが場所を変えて一人でも殺してくれたのならばありがたいが、それは願いすぎだ。狙撃手が狙っているという情報だけで釣りがくる。依然として停滞した状況が続くものの目に見えないところで確実に変化は起きている。
遠くから響く銃声。機械型モンスターのものでないとしたら恐らくレイやマルコ、クルスのものだろう。つまりはアンテラと同様に仲間も戦っているということ。もし仲間が勝てば増援を見込めるし、逆に相手が勝てばアンテラが不利になる。
目に見える情報だけが停滞しているだけで、その実、状況は迅速に移り変わっている。
(あとは私がここからどうするか)
仲間からの増援があるのならばありがたいが、それは無い物ねだり。狙撃手が援護しているというこの状況を鑑みて有効的な作戦を再度組み立てれば良い。だが、そこまで考えたところでアンテラのすぐ近くを一発の弾丸が通りすぎ、真横の壁面にめり込んだ。
一瞬敵かとも思ったが、恐らく違うだろう。
今のは狙撃銃によるもの。つまりはリアムか、それとも敵の狙撃手によるものか。ただ一発でアンテラを仕留めなかったのを見るに恐らく撃ちこんできたのはリアムだろう。
何のために撃ち込んできたのか。何かしらの理由があるはずだ。
(……そうだな)
アンテラのすぐ近くを弾丸が通った。意味も無くこんなことをするわけが無く、思いつく限りで幾つか思い浮かべられるが、最も可能性が高いのは何かしらの危機的状況に晒されているということだろう。
あるいはもうこれ以上援護できないという旨を伝えるためか。
いずれにしてもリアムはいないものと思って行動した方が良いかもしれない。だが、相手は恐らく狙撃手が援護できないということが分かっていない。そのため狙撃手の抑止力はまだ健在だ。
何らかの拍子でその抑止力は消えてしまうだろうが、それまで有効活用するしかない。
(どうするかな)
苦笑気味に考える。
ひとまず場所を移し、有利な地形に誘いこむしかないだろう。だがそうするとどうしても人数不利の問題が思い浮かぶ。散弾銃を持つあの敵を前に室内戦は避けたく、かといって開けた場所では人数不利のため負ける可能性が高い。
そこで、アンテラのすぐ近くから足音が聞こえた。
一瞬敵かとも思ったが、どうやら違うようだ。というのも足音の主はすでに肉眼で見える距離にいた。
「マルコか……」
「はい。やっと合流できました」
恐らく数十体というモンスターと戦闘した来たであろうマルコがそこには立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます