第207話 救援
ビル内をアンテラが走り回っていた。
(―――クソッ。二発食らった)
突如として現れた二人目の敵にアンテラは銃口を突きつけられた。間一髪のところで瓦礫を縦として活用したから生き残れたものの、胴体に二発の弾丸を食らった。あと数発貰えば死んだものと判定されて脱落。
本当に間一髪という具合で切り抜けることができた。しかしまだ危機が去ったわけではない。依然としてアンテラに不利な状況が続いている。散弾銃を持った大柄の敵や新しく入って来た突撃銃を持った者など、一体二の状況だ。
室内ではどうしてもうまく立ち回ることができない。すでに先ほどの戦闘でフロア全体が荒れ果て、尚且つ手札もほぼほぼ出し切っている。それでいて大柄の敵を殺しきれなかったのだから状況は最悪だ。今はそれに加えてもう一人、追加で突撃銃を持った奴がいる。
室内でどれだけ駆け回ろうがいずれ追い詰められて終わるのが目に見えている。だからと言って、外に逃げ出すのも上手い作戦ではない。アンテラが一人で外に飛び出したところで追いかけっこが始まるだけ、罠を設置している暇は無くモンスターもいる。それに土地勘のないアンテラが走り回ったところで有効な手立てが見つけられるとも限らない。外に飛び出すのは冒険的すぎる。しかし今、室内で戦い続けるのはさらに危険だ。。
もしかしたら仲間に合流するなどして有効的に働いてくれるかもしれないが、可能性は低い。しかし今は外に飛び出すしかないだろう。
アンテラは一瞬の隙を見計らって三階程度はあるであろう建物の窓から飛び降りる。向かいの建物の壁を蹴って、突起に掴まって速度を緩めたりしながら一瞬で地面に降りると、すぐに移動を開始する。
開けた場所は出来るだけ避けて、アンテラ好みの雑多で障害物が多く存在し、複雑な形状をした場所。しかしそんな場所がすぐに見つかるわけもないので、アンテラは敵との距離を一定に保ちながら攻撃を仕掛ける。
(……早いわね、まったく)
建物の三階部分から二階部分へと飛び乗って移動したアンテラの後ろを大柄の敵が追いかける。あれだけの図体をしていながらその動きは機敏。アンテラよりも動きは遅いが、それでも圧迫感と焦燥感を感じさせる。
(それと……もう一人はどこ行った)
加えて、突撃銃を持っていたもう一人の敵の姿が見えない。さすがのアンテラでも頭を回して逃げていると隠密に徹した敵の動きは追えない。残ったもう一人が今どこにいるのか、いつ爆発するか分からない爆弾が付近をうろついているようで気分が悪い。
しかし居場所が分からないのならばしょうがないと、そう割り切るしか無くアンテラは建物の二階から飛び降りて裏路地へと入る。そして同時に、拳銃の発砲音を響かせながら横道に見えた数体のハウンドドックに弾丸を撃ちこむ。
拳銃程度の威力、それも胴体に命中した程度では負傷を与えることなど到底敵わないが、目的は別にあるのでそれで十分に役割は果たせたと言える。
攻撃をされたハウンドドックたちは一斉にアンテラに目掛けて路地をかける。だが突き当りを右に曲がり、アンテラを追おうしたところでハウンドドックたちの目前には巨体が現れる。
当然だ、アンテラを追うのはハウンドドックたちだけではない、丸山組合の戦闘員も追いかけている。ほぼ狙い通り。ハウンドドックが敵と鉢合わせてくれた。本来ならば敵の後ろをハウンドドックが追いかけるような形になれば、さらに効果的だったのだが、これは仕方がないだろう。ハウンドドックが思ったよりも遅く、敵が思いのほか早かっただけ。
それで十分に目的は達成された。これで少しでも敵が減速してくれ――――ることなど無く、大柄の敵に向かって襲い掛かった数体のハウンドドックはたった一回。敵が腕を振っただけで吹き飛ばされ壁に鈍い音を響かせながら叩きつけられた。
残った数体に関しても走りながらに蹴り飛ばされ、殴り殺され、あるいは散弾銃を至近距離から食らって粉々になった。
(バケモンが、あれで身体拡張者じゃないのか)
最終測定には身体拡張者が参加していない。もし参加していたとしたら事前に通達があり、参加することができないはず。NAK社の検査を潜り抜けてきたのだから恐らく、あの大柄の奴は身体拡張者では無く生身の人間。
生身の人間であるというのに馬鹿げた体躯と力。勘弁して欲しいとアンテラが心の内で吐露する。しかし幸いなことにハウンドドックのおかげで少し距離を離すことができた。
この僅かな隙。この一本道で敵が散弾銃を構える前にアンテラが弾丸を撃ちこむ。最悪、ここで脱落しても良い。だが代わりに目の前の障害だけは取り除く。この敵が生きて残れば部隊全員の障害となり得る。仕留めるならば今、アンテラが突撃銃を構えた―――と同時にアンテラの頭上、裏路地を取り囲む建物の屋上から突撃銃の発布音が鳴り響く。
一発目を寸前で避ける。だが二発目がアンテラの肩部分に命中する。その際にアンテラが頭上の辺りを見てみれば、見失っていたもう一人の敵が突撃銃を向けていた。三発目の弾丸が放たれる中、アンテラは身を翻し、片手で突撃銃を乱射する。まさか反撃されると思ってもいなかった敵はアンテラから数発の弾丸を貰い、左腕が機能を失う。
だがその代償としてアンテラは大柄の敵に距離を詰められ、散弾銃を向けられた。逃げ場はない。散弾銃が引かれるその瞬間、アンテラは近くにあったホログラムで出来た木の板を手に持って、全力で後ろに飛んだ。
そして次の瞬間、散弾の衝撃が体全体を襲い、アンテラは遥か後方へと吹き飛ばされる。幸い、木の板のように見えたそれは、木の模様が印刷された旧時代製の厚い鉄板であり散弾の貫通をほぼ防ぐ。
しかし後ろへと吹き飛ばされた衝撃だけは避けられず、アンテラは地面を滑りながら花壇のような場所にぶつかるまで止まることは無かった。
(……キツイな)
撃ち出された弾丸は当然、ホログラム出来た仮想の物だが防護服と連動しているため吹き飛ばされるし、衝撃もある。痛みは実弾を比べればほぼ無いに等しいが、地面に叩きつけられた時の衝撃で体が痛む。
「……くそ」
アンテラはすぐに体を起こしたものの、すでに大柄の敵が散弾銃を向けて立っていた。
まだやれることはある。しかしそれらすべてに意味がないかもしれない。やった方がいいが、やる価値はほぼ無いに等しい。ここから突撃銃を構えるよりも相手が引き金を引く方が早い。
相手は話が通じるようには見えないし、すぐに弾丸が撃ち込まれるだろう。
事実、敵はアンテラが完全に状況を理解するよりも早く、反撃や策を講じる暇すらなく散弾銃の引き金を引く。だが、その直前に突然、散弾銃を持っていた敵の右腕が弾けとんだ。
両者共に何が起きたの分からず静寂が流れる。
そしてほぼ同時に何が起きたのか把握する。
(……リアムか!)
弾道からどこから撃ったか範囲は絞れるものの、正確には特定が不可能。しかしアンテラが撃たれず、相手が撃たれた。レイではないだろう。レイであったのならばすぐに自身も参加している。クルスやマルコも同様。だが狙撃手であるリアムだけが遠方から弾丸だけで支援をする。
それにアンテラでさえ全く気が付くことができないほど索敵が困難な場所にいるということ。リアムしかいないだろう、この現状を作り出したのは。
大柄の敵はすぐに物陰に姿を隠し、アンテラも一時的に壁の裏へと隠れる。
(助かったか……)
一瞬、安堵する。そしてすぐに気を引き締める。リアムがいることで状況は大きくアンテラ側へと傾いた。しかし安全というわけでは決してない。作戦を組み立て、罠を張り、誘導する。
少しでも勝率を高めるために作戦を練るのはアンテラの仕事だ。
「…………ふぅ」
一度だけ息を吐くと、アンテラは相手を確実に仕留めるため動き出した。
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