第205話 上澄み
アンテラが敵部隊と戦闘を行っていた。数は一人。銃声を鳴らしてしてしまった後、アンテラが待ち伏せの準備を進めていたところ、廃工場から発砲音が鳴った。何かしらの戦闘が起きたのは明らかであり、恐らくアンテラの銃声に釣られてきたのだろう。
ただ、銃声はすぐに収まってその後、窓ガラスが割れるような音が響き戦闘は一時的に終わった。アンテラは加勢しに行こうと動き出したが、間に合わない。廃工場に着いた時にはすでに誰もおらず、戦闘は完全に終わった後だった。
しかし死体やモンスターの死骸が見つからないのを見るにどちらかに生死が着いての決着というわけでは無く、一方が退避でもして戦闘の場を移したのだろう。痕跡が残っているため追いかけても良い。
状況から判断するに一対二だ。もし数的に劣る方がアンテラの仲間なのだとしたら、危機的状況に晒されている可能性が高い。アンテラが参加し二対二の状況を作った方が良い。
だが、アンテラが行ったところですでに戦闘が終わっている可能性があり、無駄足になるどころか今度は自分が危機的状況に晒される可能性がある。逆に、数的に優る方がアンテラの仲間だったのだとしたら、ここに合流することができればアンテラを含めて三人が合流できる。と、すればかなり強力。
刻々と時間は過ぎ、状況は移り変わる。こうしている間に戦闘が終わってしまうかもしれない。アンテラは高速で脳内を回転させ、幾つかの案とそれらの損得を割り出す。
そしてすぐに結論を出し、行動に移した。
(行くか)
仲間か敵かは分からないが、ここは行った方が良い。行かないで得られるメリットより行った際に得られるメリットの方が大きい。それらをアンテラなりに常識的な価値観に当てはめて考えて出た結論だ。
痕跡を辿ってアンテラが歩き出す。音を立てず慎重に、周りに注意を配りながら廃工場内から抜け出し、幾つかの通路を歩く。足場の悪い崩れかけた床や機械部品が転がったタイル。
少しでも気を抜けたお物音が立ってしまうだろう。
だがそれでもアンテラは完全に気配を消して進む。ビルのオフィス内のような、幾つかの個室で区切られた場所が均等に立ち並ぶ階層を歩き、突き当りを右に曲がる。そして右に曲がった時、アンテラの視界には見知らぬ人物が立っていた。
防護服を身に纏い、散弾銃を握り締めている。互いに完全に気配を消していたため、この距離にまで、肉眼で直接見える場所に来るまで気が付くことができなかった。両者が高い隠密能力を有し、最大限の警戒を行っていたために起きた出来事。
互いに全くの面識が無く。意図しない遭遇であった。だが、二人は互いに相手が敵だということを理解していたし、何を行えば良いか分かっている。両者が互いの姿を認識した瞬間、銃声が鳴る。
発砲音と共にホログラムで出来た壁や物体が飛び散り、穴が空く。両者とも防護服を着ているだけで強化服など着用していない。だが人間離れした速さ、力を見せながら一進一退の攻防を繰り返す。
現在、アンテラのいる場所は幾つかの個室が立ち並び、複雑な造形。壁や物体で視界が遮られ少し先は見えない。敵の姿を足音や気配で感じ取る必要があり、この雑多な場所の造形を正しく把握し、上手く立ち回った方が勝つ―――わけではない。
アンテラが地の利を活かそうと隠れ、素早く動きながら相手の動きを伺う。しかし敵はフロアを仕切る壁や物体など気にせずにすべてをその己の巨体でぶち破ってアンテラに一直線で近づいてくる。
壁にぶつかって破壊し、足を踏み出して穴を開ける。前がほぼ見えておらず隙が多い――はずなのだが、アンテラが奇襲を仕掛けようと突撃銃を向けたと同時に、アンテラの居場所に向かって物体を投げ込み、また散弾銃をぶっ放す。
物体を破壊する音、踏みつける音、それでいて周りの光景は見えていないはず。そうであるのに敵はアンテラの居場所を把握し、奇襲を仕掛けようとするアンテラを逆に攻撃してくる。
(……こういうのは面倒ね)
アンテラが推測する限りで、相手はあまり考えて動いているようには見えない。複雑にものを考え、作戦を組み立て、罠を張って相手を殺す。そういったタイプでは無い。
直感や本能といったわけの分からないものに従って動く馬鹿だ。
これまでにアンテラは罠や視線を誘導するための策を講じてきたがすべてが意味を為さなかった。敵はアンテラの用意した罠、策に気が付くことなくただアンテラだけを狙って行動している。
それでいて何故か罠を避け、アンテラの用意した居場所を誤認させる策などをすべて無視して一直線に来る。とても考えているようには見えず、本能に従って生きているかのような行動。
こういったタイプは苦手だとアンテラは苦笑いをする。
相手がアンテラと同じように考え、罠を張り、策に嵌めて戦うタイプだったのならば良い勝負が出来ていただろう。しかし相手はそれらすべてを無視し、本能に従って向かってくる。
駆け引きや騙し合いなんてものは無く、単純な力だけの勝負。
当然、アンテラには単純な力があるものの、これだけの策をすべて無視して向かってくるような相手には自信が無い。
(……『勘』ね。言った私が言うのもあれだけど、これは例外)
マルコやレイに言った『これまでの経験や知識が積み重なった末に導き出される無意識の最適解』である『勘』。だが目の前にいる敵が持っているものはアンテラが言う『勘』ではない。明らかに別物。いや、少しは重なっているかもしれないが、これは生まれついて持っていた才能のようなものだ。
いくら優れた『勘』を有していたとしてもアンテラの用意した策をすべてて無視して、罠を掻い潜ることなど不可能。レイでさえ時間をかけなけらば不可能だ。だが敵は神がかり的な動きでそれらをすべてを通過している。
(いるんだよな……こういうの)
テイカーには稀に本能に従って生きる奴らがいる。こっちの道が良い、こっちは危ない。今日は遺跡探索をした方が良い、今日はダメな日だ。などアンテラも少しはそういった雰囲気を感じられるものの、真に本能に従って生きる奴らとはその精度が違う。
(ちゃんと訓練も積んでるし……)
敵は『本能』という抜群の生まれ持った才能を持っている。それでいて基本的な動きの精度が高い。射撃技術や身の躱し方など訓練を受けている者の『それ』だ。ただでさえ自身の長所である策や罠が通じない相手だというのに、基本的な動きの精度すらも高い。
思わず叫びたくなるような相性の悪さ。
(……っほんっと――――面倒ね)
今回のコンペティションに派遣されているのは丸山組合の中でも指折りの実力者。たとえ第三部隊に派遣されていようとその実力は確か。相性は最悪。勘弁して欲しいとアンテラがため息を吐く。
だがタイタン所属の戦闘員として負けることは許されない。退くことも、今ここで逃げたら被害が広がりそうだ。面倒だがこの相手にも効くような策を考えるか、単純な力でねじ伏せるしかないだろう。
アンテラが逃げ回り、相手がそれを追いかける。すでに壁で複雑に区切られていたフロアは破壊され、地面には壁の破片や壁そのもの、機械部品が散らばっている。このままいけばアンテラと敵との間を遮る障害物は無くなりそうだ。
すべてが手遅れになる前に終わらせなければならない。
アンテラは突撃銃を壁越しに乱射しながら動き回る。撃ち出されたホログラムの弾丸は正確な演算の元、壁をぶち抜き敵の敵の体を掠める。相手もすぐに散弾銃を壁越しにぶっぱなし応戦する―――が、すでにアンテラは敵の背後へと移動していた。
横に飛びながら空中で照準器を覗き込み引き金を引く。撃ち出された一発の弾丸は敵の頭部へと命中し砕け散る。
(まずは一発)
防護服の耐久性は明確に決められている。頭部ならば二発当てればその時点で脱落が決定する。胴体ならば致命傷となる箇所、部位に数発の弾丸を浴びればアウト。腕や足ならばその基準は甘くなるものの防護服が重くなり、動きづらくなるなどの処置が為される。
アンテラは今、頭部に一発浴びせた。
もう一発、どうにかして当てればアンテラの勝ち。そう上手くもいかないだろうが、どうにかしてやり切るしかない。
相手の動きは直線的、だが単純ではない。少しでもミスれば散弾銃によって穴だらけになるはアンテラだ。動き回りながら壁を障害物に、少しでも相手が居場所を誤認してくれたのならばそれで終わりだ。
一瞬の隙、コンマ数秒だけでいい。ぶっ放される散弾銃の恐怖、
敵は一瞬、完全に気配の消えたアンテラを見失い立ち止まる。だがアンテラは敵の横、その瓦礫の下で拳銃を構えていた。男が一歩踏み出し、後頭部を見せる。その瞬間アンテラが引き金を引く―――瞬間にアンテラの視界の中に異物が入り込んだ。
(―――――もう一人)
敵の背後、通路と繋がっている部分から見知らぬ人物が見えた。防護服を着て突撃銃を持って、つまりは敵。
もう一人、今の戦いによって呼び寄せてしまったのだろう。そしてアンテラの視界に映ったその敵は、突撃銃をアンテラに向けて構えていた。
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