第204話 生き抜いてきた者

 レイが廃工場から逃げてすぐ、後を追うようにキクチとフィリアの二人が追いかけて来た。二人はレイが残した痕跡を追いかけながら、レイとの距離を確実に詰める。その際にレイも二人も、モンスターとの戦闘になり互いに銃声を響かせた。

 すでに互いの状況がある程度分かっている状態。

 戦闘までは秒読み。いつでも戦えるように準備しながら二人がレイのことを追いかける。だが突然、今まで追いかけていた痕跡が無くなると共に完全にレイのことを見失った。足音すら鳴らさず、痕跡すら残さず、あらゆる手がかりが無い。完全にレイのことを見失った。

 だが、二人は焦らない。レイならばキクチとフィリアが追いかけるのを少しでも遅れた、あの時点で完全に二人を撒くことができた。だが敢えて痕跡を残し、足音を立て、銃声を鳴らした。まるで二人に追いかけやすいようにしているかのように。事実、レイは二人を呼んでいるのだろう。

 どこへかは分からない。ただ少なくとも自分が有利になるような場所、環境へと二人を誘導するために足音を鳴らし、そしてそれが今消えた。つまりはここが二人を連れて来たかった場所ということになる。


(場所はバレてない。だが……面倒だな)


 キクチ達は今、立体駐車場のような何層にも階が積み立てられた場所にいる。一階一階が完全に覆われているということは無く、一部分だけが外に繋がっている。細かい部屋が立ち並ぶ階層もあれば開けた空間が一つある階層もある。

 多面的且つ階層ごとに違う特色を持っている。

 それでいて隣にある複合型ショッピングモールの跡地に建物から端のような、あるいは通路のようなものが飛び出して繋がっている。すべての階層に通路が設置されているわけではないが、構造はさらに複雑。

 レイが隣のショッピングモールにまで隠れ、移動することを考えれば気の遠くなるほどに難解。

 幸い、現時点でキクチのいる場所は露呈しておらず、レイと全くの同条件であろう。しかしレイに圧倒的な有利がある。


(……ここじゃキツイか)


 キクチはレイの戦いを見たわけでもなく、その一端すらも良く知らない。しかしそれでもこういった複雑な場所での戦闘を得意としていることぐらい分かる。同じ環境には置かれているもののキクチは上手く活かせず、それどころか窮屈。対してレイは得意なフィールドに持ち込めた。

 レイがキクチ達をここまで誘い込み、キクチがそれに乗ったのだからこの状況は致し方ないとは思うが、ため息の一つでもつきたくなるような感想を覚える。


(分かってたが……あいつとやるのは厳しいな)


 レイとキクチとの間に実力差があるのはキクチ自身も認めている。それでいてレイに有利な環境。状況は絶望的と言っても良い。

 しかし、とキクチは気合を入れる。

 今はフィリアもいる、キクチも全盛期とまでは行かないものの昔とほぼ同じ動きができるだけに調子を戻した。そして何よりも、啖呵を切って過去の自分に清算を行うと決めたのだ、今更負けるわけにはいかない。


「……」

「……」


 キクチとフィリアは互いに顔を見合わすと動き出す。キクチ達がいるのは三階部分。レイが現在どこにいるかは不明だが、恐らく上層階にいるだろう。さらに厳密に予測するのならば隣のショッピングモールに橋が架かっている階層。いつでも逃げられるようにするのは当然のことだ。

 通路が繋がっているのは五階部分。つまりはキクチがいる三階層から二階上がったところ。そこにレイがいる可能性が高い―――と推測することができるが、恐らく違う。

 

(気おつけろ)

(分かってるわよ)


 キクチとフィリアは互いに視線だけで会話をする。もし、レイがいるとしたら五階層では無く四階層だ。普通ならば五階層で待ち構えている、その程度の発想ならばレイが予測している。だからこそ裏を掻いてレイが四階層で待ち構えているはずだ。

 また、さらに裏を読んで五階層、さらに裏を読んで四階層、と考えることもできるが結局のところ堂々巡り。こういう問題はシンプルに、単純に考えて結論を出した方が良い。

 レイが四階層にいる。それだけ十分だ。

 キクチとフィリアは四階へと繋がる幾つかの階段の内、その一つを上がろうとした――ところで背後から僅かだが足音がした。その瞬間にキクチとフィリアは階段を飛び上がるように駆け上る。そして足音から僅かに遅れて銃声が背後から響く。キクチとフィリアは物音がしたと同時に上層階へと移動していたため、フィリアの着ていた防護服の足元が僅かに損傷する程度しか負傷しなかった。

 幸い生き残れた。だが今の出来事が二人に与えた影響は計り知れない。


(……来てないか。あいつどこから来やがった)


 キクチが困惑しながら心の中で零す。フィリアも全く同じ思いだ。背後から鳴った銃声、あれはきっとレイのもの。いつから背後にいたのかすらも分からない。不気味。恐怖すら感じる。


(上るぞ。ここじゃちとマズイ)

(そうね)


 キクチとフィリアは互いに目で会話しあうと、五階層へと移動した。


 ◆

 

 一方で、三階層でキクチ達を殺し損ねたレイは僅かに歯を噛みしめながら己の不手際を悔いていた。


(……チッ。バレたか)


 キクチ達が捕らえた僅かな物音。あれはレイが四階から三階へと飛び降りた際に発生したものだ。四階の窓枠からぶら下がり、壁にある僅かな突起や窪みを使って三階へと移動する。途中までは完璧に行えていたが最後の最後、着地するところで音を立ててしまった。

 それさえなければ今ごろ、キクチとまではいかなくともフィリアぐらいならば脱落させられていた。最後の最後、詰めが甘かったとレイが悔やむ。この失態が後の自分を苦しめることなど分かり切っていて、だからこそここで数を減らしておきたかった。

 いくらレイにとって有利なフィールドであったとしても相手が二人になれば厳しい戦いが強いられる。それもキクチとフィリアだ。訓練を積み、あらゆる任務をこなし、懸賞首討伐すらも成し遂げた者達。たとえ有利な環境であったとしても厳しい戦いが強いられるのが分かり切っている。

 だからこそ奇襲を成功させ一対一の状況を作り出したかった、が仕方ないだろう。失敗してしまったものは失敗したとして割り切って切り捨て、次の作戦を組み立てるしか無い。

 恐らく、キクチとフィリアは五階層へと移動しているはずだ。四階層に留まってレイを待ち伏せしているという線は考えにくく、また三階層にまで降りてきてレイに攻撃を仕掛けるということもないだろう。

 五階は隣のショッピングモールと繋がっているため逃げ道も多い。それでいてある程度開けている空間だ。レイにとっては不利な空間。わざわざ行かなくともここで逃げて仲間と合流するのも手段の一つとしてある。


 だが。それでは面白くない。合理的に考えれば逃げた方が良いと気が付いている。明らかに危険性が無く、それでいて確実性が高い方法。だが、敢えて仕掛ける。勝算が低かろうと高かろうと、いつまでもキクチの相手をして仲間に合流できない方が問題。

 それでいてキクチとフィリアをここで見逃したのならば後々に面倒になることが目に見えている。すでに合流していて、連携を組めて一人一人の練度も高い。ここで退けば厄介な障害となって二人は再び現れると、レイには確信があった。

 だからこそここで仕留めきる。

 そしてそちらの方が面白い。

 レイは少しだけ口角を上げると四階層へと移動した。

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