第203話 慎重に慎重を
(うっそ!今の避けられる?!)
背後からレイのことを撃ったフィリアが内心で驚きながらレイのことを見ていた。
キクチと合流したフィリアは廃工場内を探索、敵の索敵をすると共に排除を行っていた。突如としてフィールドに響き渡った銃声。レイもそれにつられてここまでやってきたわけだが、銃声を鳴らしたのはキクチやフィリアでは無い。そしてフィリアとキクチとが会ったのは全くの偶然で、幸運だった。
合流した二人は軽く作戦を立て、銃声の鳴った場所付近を探索する。仲間がいればそれでも良いし、敵がいるのならばそれでも良い。一人ならばできなかったことが二人ならばできる。戦術の幅と安心感という面でも、キクチとフィリアは優位に立っていた。
だからこそ、レイに奇襲を仕掛けたわけだが、逃げられてしまった。
事前にキクチの部隊は仲間と敵とを見分ける方法を幾つか用意してあり、その内の一つが足音によるものだ。足音を二回鳴らせばキクチの部隊の者だと、それ以外ならば敵だと、そういった判断基準。当然、敵がたまたま二回だけ足音を鳴らすという事もあり得るし、こちらの敵味方の判別方法に気が付いていた逆に利用するかもしれない。
ただ少なくとも最終測定が始まったばかりで判別方法に気が付く者などおらず、実際にレイは気が付くことができなかった。廃工場内に敵がいるにしろ味方がいるにしろ、キクチは建物の中に入る際に二回だけ足音を鳴らした。
まずは廃工場内の味方に敵か仲間かを伝えるため。そしてもし敵がいたのならばキクチだけが一人分の足音を鳴らすことで、建物に入ってきた人が一人だけだと錯覚させることができる。
もし侵入者が一人だけだと油断してくれれば、フィリアが奇襲を仕掛けられる。またその逆だ。見つからなかった方が奇襲を仕掛ければ良いだけ。レイは相手の人数や敵か味方かの判別もついておらずキクチ達は圧倒的に優勢のはずだった。
しかしフィリアが撃った弾丸をレイは寸前は避けた。
建物に侵入してきたのはキクチだけで、二人目のフィリアの存在には気が付いてないというのに、背後から完璧に奇襲を仕掛けたはずだというのに、レイは避けた。それどころか一発目だけでは無く続けて放たれた弾丸を避け、柱の後ろに隠れるとキクチからの射撃をも寸前で躱した。
最後に柱から飛び出してきたレイにフィリアが発砲しようとすると人間離れした力で角材を、鉄骨を蹴り飛ばして来た。それによりフィリアは飛んで来る角材から身を守らなければならず、一時的にレイから目を離すことになってしまった。
時間としては一秒にも満たない僅かな間だった。
しかしその少ない時間でレイは扉を割って姿を消し、無事に逃げ延びた。
強化服を着ていないというのにあれほどの力と速さ。あり得ないと、フィリアの頭の中で疑念が渦を巻く。だがそんなフィリアの頭をキクチが軽く叩いた。
「逃げられたか、すぐに追うぞ」
頭を叩かれたことに少しだけムッとしながらも堂々巡りを始めていた意識を覚まさせてくれたことに感謝して、フィリアは答える。
「そうですね。追いましょうか」
答え、すぐにレイを追いかけようとしたフィリアをキクチが制止する。
「歩数での判別はもう無理だからな」
注意事項を述べる。もうさ気ほどまで使っていた作戦は使えないと。だがフィリアは軽く首を横に振った。、
「たった一回ですよ。それで気が付かれるって警戒しすぎですよ」
「いや、あいつならこの程度の情報を一回与えただけで正解に辿り着く。腐っても懸賞首討伐者。少しあいつと話したことがある俺なら分かる。少ない情報から仮定を組み立て、推測でそいつに肉付けしていく。本来ならおかしな方向にずれて外れてもおかしくはないんだが、どうにかあいつの予測は正確だ。それに今度はこっちが奇襲を仕掛けるわけでもない。待ち伏せされてる可能性もある。今回のように甘くいくとは限らない。慎重に慎重を重ねて、尚且つ疑い深い方がちょうど良い」
キクチの話し方、表情を見る限り本心から言っている。レイを警戒しているのと同時に、その実力を信頼しているからこと出てきている言葉だ。懸賞首討伐、確かにそれだけで実績としては十分だ。それもそれをほぼ単騎で成し遂げた。
いくら弱い懸賞首だからと、それは偉業。警戒しすぎるぐらいがちょうど良いのかもしれない。
先ほどの奇襲を失敗したせいですぐに取り戻そうと焦っていたのかもしれない。フィリアは不本意ながらもキクチに感謝する。
「分かりました。では行きましょうか」
「ああ。そうだな」
◆
最終測定が始まると同時にアンテラは行動を開始した。時々モンスターの相手をしながら仲間との合流を目指す。最初に合流すべきなのはマルコやクルスだろう。レイやリアムならば一人でどうにかできる。マルコやクルスがそうでないと結論づけることもできないが、その可能性が高いというだけで優先順位は上がる。
ただ、仲間の位置が分からないためいくら合流したいと動いたところでクルスやマルコと合流することは難しい。それどころか敵やモンスターに遭遇してしまう可能性もある。
面倒だが、焦らず一つずつ課題を解決していくしかないだろう。
何一つとして手がかりが無いのが現状だが、ひとまずは見通しの良い場所に行き現在位置を確認するのが先決。アンテラはそう考えて歩き出す。荒れ果てた建物内を歩き、幾つかの通路を通る。
その際にアンテラは壁の壁面に地図らしき物を発見した。
劣化のために所々が欠けている。だがそれでも十分な情報が内包されている。地図に記載されている情報と周りの情報を照らし合わせ、この地図が確かに本物であると確認した。
それと同時に、アンテラはこの地図が本物ではないことにも気が付く。近づかなけらば分からないが、この地図はホログラムで出来ている。つまり、ホログラムの製作者が意図してこの地図を設置したということ。わざわざ地図を制作し、所々が欠けた状態で映し出した。何かしらあると踏んで、勘ぐってみても罰は当たらないだろう。
確か、このドーム状に覆われた空間は昔にあったスラムを改修して作った場所だ。
アンテラは事前にそれが分かっていたため、この付近一帯の古い地図を入手し、ある程度頭に入れておいた。それはレイやその他の仲間も同じであり、恐らくキクチも同じだろう。
ただそれはほぼ意味が無かった。巨大なビルや住宅街を除き、ほぼすべてが新しく建てられていたり、道が変更されていたりと目の前に映し出されたホログラムの地図と大きく異なっている。
事前の頑張りは少ししか報われてくれなそうだ。
ただ、この地図があっただけでもありがたい。ホログラムの製作者に感謝しながらアンテラが地図を頭の中に入れる。そう時間はかからない。少し見て、暗記するだけだ。
事実、アンテラは一分と経たずに地図の大部分を頭の中に入れ終えた。ただその際に、というより地図を見た時から覚えていた疑念が確信に変わる。
(右端に何かあるのか)
地図は所々が欠けてはいるが、右端の一部分が大きく欠けている。この地図はホログラムの製作者が意図して作った物、何かしらの思惑がある可能性があるし、何もない可能性もある。
ただ現在位置からは離れているためわざわざ確認する必要も無い。
地図を頭に入れたアンテラがそう思い立ち去ろうとしたところで、突如として背後から生物型モンスターが襲いかかる。
「――――ッ」
突如として現れたモンスター。たとえ突然の出来事であろうとアンテラならば問題なく対処できる。だがあくまでも突撃銃を使って問題なく対処できるということであり、もしここで引き金を引いてしまったら発砲音を鳴らすことになる。
しかし背に腹は代えられない。これで負傷してしまうのは馬鹿だ。アンテラは仕方なく引き金を引いてモンスターを殺す。
(……気がつけなかった)
アンテラがホログラムで出来たモンスターを見て思う。背後から奇襲されることなどいつものアンテラならばありえない。それ故に困惑を疑問を感じる。
倒れ伏すモンスターはまるで本物のような質感、現実のものを見分けがつかない。だが現実に存在するホログラムではないモンスターとは大きく異なっている部分がある。
果たして本当かは分からない。アンテラがただ実力不足だった可能性もある。だがホログラムだからか。危険だとか気配とかだとかのものが感じ取れなかった。先日に行われた耐久戦でも同じようなことを経験した。
アンテラの失態だ。
だがひとまずは意識を切り替えていかなければならない。
銃声が鳴ってしまったのだから、敵や味方に居場所が露呈した。これは不運な出来事だが、逆に考えて待ち伏せに使える。
アンテラはポジティブにそう考えて、準備を始めた。
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