第202話 誘われ
レイが銃声の鳴った場所まで来ていた。付近は荒れ果てた住宅街であり、ハウンドドックを始めとしたモンスターが徘徊している。だが幸いそれらには気が付かれることなく無事に銃声の鳴った場所までたどり着くことができた。
辿り着くことができた、とは言いつつも正確に銃声の鳴った場所など分かるはずもないので、銃声の鳴った付近一帯に入ったという方が正しい。果たして、味方の銃声だったのか、それとも敵の銃声だったのか、現時点では分からないが、すでにレイは動きを決めている。
簡単だ。敵ならば殺す、味方ならば合流する。
レイは辺りを警戒しながら進む。銃声がレイ達をおびき寄せる作戦だという可能性もあるため、むやみな行動はできない。罠なのか、罠ではないのか、敵なのか味方なのか。すべてを明らかにしてから突き進む必要がある。
廃工場の二階部分を歩きながら周囲に目を向ける。すると廃工場と隣に走る一本の荒れ果てた道に生物型モンスターの死体が一体だけあるのが確認できた。
(死体か……弾痕……罠、の可能性は低いか……?)
待ち伏せをするだけならばモンスターを殺す必要が無い。そしてもしモンスターが何かと争って死んだのだとして、弾痕が残っていることから銃を持った何かである可能性が高い。
またメタ的な視点から、ホログラムで出来たモンスター達が勝手に争って死体を残すというのは考えにくい。当然、NAK社が子の銃声が鳴ること、モンスター同士が争うことなどまでを構想に入れてモンスターの動きを組み立てていたのならば意味のない仮定になる。
いずれにしても、モンスターの死体一つで待ち伏せの可能性は減った。
(……いや、罠か?)
だが、とレイは幾つかの可能性を思いつく。
道に倒れているモンスターを敵か味方の部隊員が殺したとして、その際に銃声が鳴ってしまった場合、それを利用しない手はない。少なくともレイは利用する。あくまでもモンスターと戦闘をしたことは予想外の出来事であり、銃声が鳴ってしまったことは仕方ないこととして、逆に考えてこの状況を待ち伏せに使っている可能性がある。
単純な予測だが、可能性が高い。
罠である可能性が減るどころか高まった。やはり警戒しながら少しずつ進んでいくしかないだろう。
「………」
レイがそう思い歩き出そうとしたところで、廃工場内に足音が響いた。僅かであり、隠している風であったが何かの拍子に少しだけだが出してしまった。静まり返っていた廃工場内でその足音というのは案外響き。当然にレイの耳にも届く。
足音は僅か数歩ほどしか聞こえてこず、すぐに相手も音を消したが、レイには大体の居場所が特定できていた。足音の方へと視線を向けゆっくりと姿を隠す。突撃銃をゆっくりと構え、だが、相手も足音を鳴らしてすぐに、自らの失態に気がつくとすぐに音を消した。
足音から判断するに相手は一人。レイが知っている限りでアンテラやマルコなど仲間の足音では無かった。ただ、足音だけで確実に仲間と味方とを見分けられるほどレイの耳は良いためあくまでも予測として、足音の正体が敵である可能性が高いというだけだ。
足音が無くなった今、相手が近づいて来ているのか離れているかは分からない。感覚や『勘』といったものは相手がすぐ近くにいるのだと訴えている。危機を警戒するのならば今はこの予測に身を委ねても良いだろう。
この廃工場はあまり広いというわけでもなく、一階の中心部分は二階から確認することができる。
だが、足音の正体がいるのはレイがいる二階だ。
幾つもの柱が立ち並ぶ二階。レイは身を隠しながらゆっくりと周りの様子を伺う。すると、視界の隅に人影が映った。
(……キクチ)
視界の隅に映っていた人影を見る。それはキクチであり、レイと同様に警戒しながら歩いていた。だがレイの方が先に気が付くことができ、そして引き金を引く権利を得た。
レイはキクチの姿を確認した瞬間に突撃銃を向け、引き金を引く。だがレイが引き金を引き切るよりも早く、レイの背後から発砲音が響いた。
「――――ックソ」
しかしレイはキクチに向かって引き金を引く前、背後から発砲音が響く前にすでに回避行動を取っていた。
キクチを撃つことなど忘れて勢いよく横に飛び、すぐ隣の柱に隠れる。そしてレイが先ほどまで自分のいた場所を見るとそこには何十発という弾丸が撃ち込まれていた。
背後から奇襲されるなどとは全く思っていなかった。それどころかキクチを攻撃することだけしか考えておらず、脳が別のことを考える余地すらなかったはず。しかし漠然と確信めいた予感が背後にいる敵の存在を警告した。
警告に身を委ねるのことはキクチを撃つことができないということになる。背後から撃たれるという突然に湧き上がってきた疑念、警戒。確信が無く信じるに値せず、キクチを撃った方に利が傾くはずだ。
しかしレイはそれらの損得を考えず、自らの危機に、勘に従った。
結果としては助かったわけだが、こうした実際の状況を考えるとアンテラの言っていた『勘』の存在もあながち間違いではないように思える。レイは一瞬だけアンテラの言葉を思い出し、そしてすぐに意識を切り替える。
一度避けたからと言って脅威が去った訳では無く。
逆に大きくなっている。レイに向かって弾丸が放たれたということは背後にいる者は敵ということになり、キクチの味方ということになる。そして鳴り響いた銃声、恐らくすでにキクチはレイの存在に気が付いた。
キクチがレイに向けて銃口を向ける。しかし同時にレイも銃口を向け、弾丸を撃ち出した。互いにほぼ同時。レイは体勢が大きく崩れていたということもあり弾丸は僅かにキクチの頭部をずれて後ろの壁へと着弾する。
そしてキクチの撃ち出した弾丸はレイの背後にある柱へとめり込む。だがレイとキクチが使っているのは突撃銃だ。連続して射撃が行われる。レイは柱から柱へと一瞬で身を移し、姿を隠す。だが続けて背後から、先ほど背後から攻撃した者が、柱から出て来たレイに向けて弾丸を撃ち出す。
レイはすぐに近場にあった角材を足でけり上げて盾にすると共に、背後にいた者に向けて蹴り飛ばす。その際にレイは自身の背後にいる者の姿を見た。
(フィリア……か)
キクチとフィリアがこの廃工場内にいる。単なる偶然か。それもありえる。レイと同じように銃声の鳴った場所に来ていて、
だが、その道筋では気分的に整理がついていないような気もする。
(連携……すでに合流していた?……足音は一人だと油断させるためか)
二人がモンスターの死体や銃声に関わっている無いに関係なく、キクチとフィリアはすでに合流していた可能性が高い。こうしてキクチとフィリアがレイを見つけ、一瞬で完璧なまでの連携を行う。訓練を積めばできるだろうが、あまりにも円滑すぎる。
ある程度は、少なくともレイの存在は知らないとしても二人はすでに合流し、作戦を組み立てていたはずだ。
だからこそ廃工場内で足音が鳴った。たった数歩。
ちょうど一人分の足音。
よくよく考えてみればおかしな話だ。どれだけ不注意があろうとも、キクチやフィリア、それにマルコやクルスであろうとよほどの状況に晒されたりしなければ、不用意に足音を鳴らすことなどありえない。
つまり、キクチが足音を鳴らすことはありえなく、廃工場内で鳴ったあれはわざと。
廃工場内にいるレイ、あるいはアンテラやクルス、マルコ。または仲間にその存在を伝えるため。そして歩数で恐らく仲間か味方かを判別できるのだろう。事前に話し合って二歩鳴らせば仲間、それ以外ならば敵のように。
してやられた。
完全に嵌められた形になる。
だが幸い、キクチたちは廃工場内にレイがいるとは思っていなかったようだ。もしレイがいると分かっていたのならばもっと対策を講じていた。確実に殺しきれるだけの場所、状況、装備、キクチはそれらを完璧に用意していたはずだ。
詰めが甘い。
廃工場内にレイがいる可能性を考えて対策を講じておく必要があった。ただ、今のキクチ達に対策を講じれるほどに人的にも物的にも手段が集まっていなかったため、徒労に終わっていただろうが。
レイがフィリアに向かって角材を蹴り飛ばす。強化服ならば避けるまでもないが、今着ているのは防護服であるため避けるか防御しなければならずフィリアは一瞬だけレイから視線を外した。
その瞬間にレイは視界から消え、一方でキクチは柱から出て来たレイに向かって突撃銃を発砲するものの、柱で視界を遮りながら高速で移動するレイを前に当てることができない。
そしてレイは一瞬で窓を突き破り、外へと逃げ出した。
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