第201話 特殊な条件下
最終測定が始まった。レイ達は目隠しをされた状態で車両に積まれフィールドの各地へと運ばれる。
そして車両から降ろされると目隠しをしたまま待機。少しするとフィールドにアナウンスが響きわたり開始の合図が為される。それと共にレイ達は目隠しを外すことが許可される。
アナウンスが終了すると共にレイは目隠しを外し、周りの光景を確認する。
天井はドーム状。地面は灰色の荒野。
無理もない。この建物はNAK社の訓練施設の中に入っておらず、ミミズカ都市の外周部の空いている広大な土地を使って作った場所だ。地面は舗装されておらず、見慣れた荒野。その上にこれらの建造物を作り上げた。
ドーム状の空間に広がるのは荒れ果てた街並み、つまりは遺跡と似た光景だ。レイはすぐ近くにあるホログラムに触り、防護服が機能しているのを確認する。それと同時にすぐ近くの階段の上に乗る。
(……足場は全部か)
足場にも乗れる。つまりはホログラムでは無く本当に存在している物体だ。いくら防護服がホログラムを認知し、その存在を『あるもの』として扱おうが、ホログラムに乗ることは出来ない。技術を集約させ作られた最高品質の強化服ならばまだしも、レイ達にそこまでの服を支給することはできない。
故に、足場や壁面、あそこに立っているビルもそうだ。それらはすべて実体。現実にあるもの。つまりはこのドーム状の空間には実物とホログラムによって表示された物が混じっている。それによって不具合や危険が生じる可能性はほぼ無いが、撃破され防護服がホログラムを『ないもの』として認識すれば、実体とホログラムとの見分けがつかず足を引っかける、ぶつかるなどのことはしてもおかしくはない。
だがそれだけだ。ビルは本物だしその他ホログラムによって弊害が出そうな場所はすべて実物の素材で構築されている。前回、耐久戦をした部屋とは違い今回は現実の物体でできた舞台をホログラムでサポートしているという具合。
あくまでもホログラムがサポートとして存在することで、モンスターの存在や一定の間隔で移り変わる環境などといったギミックを可能としている。
(まずは合流……か)
相手を各個撃破するのではなく、まずは仲間と合流することは第一優先に、それが基本的な作戦だ。
だが合流するのはそう簡単に行かない。
声で呼びかける、音を立てる、これらはキクチの部隊に気が付かれる可能性もあるため当然アウト。だがそれら以外に有効な手立てがないというのも事実。何らかの連絡装置を持っているわけでもなく、それどころか現在位置すらもまともに把握できていない。
敵の位置、味方の位置、地図、それらが分かっていれば簡単に行っただろうが、それはそれで問題だ。
取り合えず、どう動くか、それとも動かないか。仲間と合流するためには動いた方が良いが、この広さだ。無駄に動くと面倒な事態に巻き込まれるか引き起こすかしてしまうだろう。
ただ、アンテラの部隊の中ではレイが活発的に動いた方が良い。レイは遺跡の環境に慣れており、似た場所であるこのフィールドも初見だがある程度は勝手が分かる。それに加えてソロのテイカーとしてそれなりの経験も積んでいる。
マルコやクルスは訓練を積み、基本的なことはすべてできるだろうがそれでもまだ心もとない。リアムは物資輸送列車の護衛であり遺跡での戦闘はまだ不慣れだと自分で言っていた。
動けるのはレイかアンテラか、どちらともが積極的に動く必要があるだろう。
どこに行くかは決めていないが、まずはこのフィールドの外周部を回ってある程度の地形を把握するか、高台に登って周りを確認するのが得策だ。ただ高い場所から地形を確認するというのは誰もが考える。高台から周りが見渡せるというのは同時に、地上からも高台が見えるということ。高台に昇るのが有効な作戦だと分かっているのならば、敢えて昇らずに待ち伏せをしている可能性がある。
近場にはビルなどの高台が存在していはいるものの、不用意に近づくことはできない。
(……関係ないか)
だが待ち伏せしていたところで意味がない。レイがすべて回避して、踏みつぶして、障害を取り除けば良い。慢心ではない、絶対的な自信から来る考え。驕らず、油断せず、
レイはまず近場にある高台を目指す。モンスターの存在に留意し、いつもの遺跡探索と同じく十分な警戒心を持って。だが、進むレイの目の前にモンスターが現れた。廃工場のような何本かの支柱と高い天井、レイが歩いていると支柱から3体のハウンドドックが姿を現す。
(…………)
いつもならばモンスターにバレることは無かった。だが何故か今回はハウンドドックに存在が露呈していた。単純にレイが隠密行動をできていなかったのか、それともハウンドドックが通常の個体よりも鋭い嗅覚、感覚をしていたのか。
(勝手が違うか)
実物だと見間違えるほど高画質に投影されたハウンドドック。毛並み、息遣い、それらすべてが実物とほぼ変わりない。しかし目の前にいる三体のハウンドドックは実物では無い。
どれだけ高性能な自立プログラムを組もうが、どれだけ綺麗にホログラムを映し出そうが、結局のところ現実のハウンドドックではない。どれだけ近づけたところでやはり現実と仮想では齟齬が出る。
仕方ないことだが、レイはこの僅かな齟齬によってミスを犯した。目の前にいるハウンドドックは本能で動いているわけではない、高度に計算された自立プログラムによって動かされているに過ぎない。
本来ならば絶対に気が付かないような場所、気が付かれないような行動、しかし自立プログラムによって動かされるハウンドドックなら気が付く。その齟齬、レイはそれに嵌った。
(面倒だな)
レイはハウンドドックが姿を現したと同時に突撃銃を構えた。だがすぐに銃口を降ろす。
もしここで引き金を引いてしまえば銃声が鳴る。つまりは敵味方問わずレイの居場所が露呈することになる。無駄な発砲はできるだけ避けなければならない。
(……いや、そうか)
レイはすぐに支柱に刺さっていたパイプを抜き取る。ホログラムでは無く現実のパイプだ。
銃が使えないのならばこれを使えば良い。
そう考えたが、レイはその考えをすぐに捨て去る。これは『現実に存在するパイプ』だ。つまりホログラムで構成されたハウンドドックに攻撃しようとすり抜けてしまって意味がない。攻撃するのならば『ホログラムで作られたパイプ』で無ければ負傷を与えることができない。
いつもと勝手が違う。違い過ぎる。だが仕方が無い。これも訓練だ。
「……面倒だな」
小さく呟いたレイが突撃銃を地面に落とし、左手でパイプを右で拳を作る。パイプが使えなくとも、レイの肉体が使える。防護服は耐久戦で使った強化服同様にホログラムに触れることができ、殴ればハウンドドックを討伐することが可能だ。
ハウンドドックは少しの間、レイの動きを伺っていたが、レイが突撃銃を落とすと同時に動き出した。だがそれはレイも同じ。ハウンドドックの動きに合わせ走り出す。
今は強化服を着ておらず、簡易型強化服さえ装着していない。防護服だけを着た状態だ。つまりハウンドドックに噛みつかれれば一発で脱落する程度の防御力しか持たない。加えて、防護服には身体能力を強化する機能を持たないため突撃銃を使わずにハウンドドックを相手にするというのは案外難しい。
しかしレイからしてみれば慣れたこと。立山建設に勤めていた時も一本のパイプで二体のハウンドドックを仕留めている。全く同じというわけではないが、同じ要領で行けば良い。
レイはハウンドドックに近づくと、さらに地面を蹴って一瞬だけだが速度を上げてハウンドドックとの距離を詰める。噛み付こうと体勢を整えていたハウンドドックは一瞬で距離を詰めたレイに慌てた対応をすることしかできない。
一方でレイは勢いのままにハウンドドックの眼球を蹴り潰す。と同時に、残った二体のハウンドドックがレイに噛みつこうとするがパイプを地面に突き刺してレイは体を持ち上げる。
パイプで直接的に攻撃はできなくともこうして補助に使える。レイはパイプから手を離し落下すると共に、ハウンドドックを上から踏みつける。そして突撃銃、拳銃の他に唯一持つことを許された武装であるナイフを引き抜くと、続けてハウンドドックの眉間辺りに突きさした。
然したる負傷を与えることは出来なかったが一時的に混乱を招くことができる。残ったもう一体のハウンドドックがレイに噛みつこうとするものの、レイは身を屈めモンスターの腹部に潜りこむと、そのまま力任せに持ち上げてホログラムで出来た壁にぶち当てる。
壁からはパイプが突き出ており、現実のパイプならば刺さらないがこうしてホログラムで出来たパイプならば突き刺すことができる。
壁にぶつけられたハウンドドックは杭に貫かれたようにパイプが腹から突き出ている。そして地面に足が着くことも無くただもだえ苦しむ。レイはその間に残った二体を処理する。
まずは片目を潰され、大幅に機動力を落とされた個体だ。レイは潰した左目の方向から近づく。視界の左半分を奪われたハウンドドックはそれに気がつくことができず、レイの姿を確認できた頃には残った右の眼球すらも奪われていた。
そして続けて喉にナイフが突き立てられ、そのまま抉られる。
まだ生きているが回復は不可能、動くことも出来ない。
レイは残った最後に一体に目を向ける。頭から血を流し、すでにレイの背後からその命を狙うべく襲い掛かっていた。だが、レイがそれに気が付いていないわけが無く、大きく上へと振り上げられた足がハウンドドックの頭部に向かって振り下ろされる。
常人の肉体ならばかかとを落としたところでハウンドドックに負傷を与えることができない。しかしレイは例外だ。もはや常人の身体能力から大きくかけ離れている。もはや、生身であったとしても安物の簡易型強化服を着ているのと同等の力だ。
故に、振り下ろされた脚はハウンドドックの頭部を砕きながら地面に叩き落とす。続けて、レイは倒れ伏したモンスターの横腹を蹴り上げ、先ほど仲間を突き刺さったパイプへと飛ばす。
仲間の腹から飛び出たパイプの先端に最後の一体も突き刺さり、身動きが取れなくなる。
いずれ死ぬだろう。レイが手を下す必要も無い。
(……何回もは無理だな)
ハウンドドック程度ならばこうして勝てる。だが何回も、何十回もこんなことをしてはいられない。時間は有限、無駄なことに時間を使っている必要は無く、いつかは突撃銃や拳銃を使いハウンドドックなどのモンスターを始末しなくてはならない。
今がその時ではないだろうが、いつ使い始めるかは案外難しい。やはり必要に迫られた時であろうか。
レイがそう考えながら高台を目指していると数十発の銃声が一気に響いた。
(突撃銃か)
もしも鳴った銃声が散弾銃であったのならば、レイの部隊に散弾銃を使っている者がいないため銃声が敵のものだと分かる。一方で狙撃銃はリアムが使っており、使いにくいためキクチの部隊も好んで持たないだろう。銃声一つで多くの情報が読み取れる。
だが、突撃銃の銃声だけは居場所しか分からない。
味方も敵も突撃銃を使用しており、それが敵なのか味方なのか判別がつきにくい。また、これほど早くに鳴った銃声ということもあり、よほど緊急性の高い問題に立ち会ったのだと分かる。
これが味方か敵か分からないが、ひとまず行くしかないだろう。
レイは銃声のなった方向を確認すると音も立てず、移動し始めた。
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