第199話 最終測定
次の日。準備を終えたレイ達はNAK社の訓練施設の中でも最も大きな建物へと向かっていた。すでにアンテラとクルスが手続きのために先に行っており、少し遅れてレイとマルコ、リアムが向かっていた。
「……ふぅ……っう。っぷ」
レイの隣を歩くマルコが口に手を当てて
普段の行動を見ていれば緊張するのも理解できるが、マルコの経歴を考えれば納得することはできない。ただどれだけの場数を踏んだとしても緊張してしまう者はいるし、数さえこなせば緊張しなくなる者もいる。それか最初から緊張なんてしない者か。
いずれにしてもマルコが緊張しやすいというのは現状を見れば分かる。これでコンペティションに挑むのだから少しばかりの不安こそあるものの、マルコは求められている水準以上の力があるから大丈夫だろうと、同時に思う。緊張していても他を圧倒する力があれば、結局は結果がすべて。緊張していようと、してなからろうと、調子が悪かろうと、悪く無かろうと、過程は意味を為さず結果のみが重視される。
マルコが緊張していようと結果さえ良ければそれで十分なのだ。無理に気を遣う必要も無い。ただ、さすがに一言二言、話しても良かったのだが、今はレイの代わりにリアムがマルコに話しかけている。
「水、飲みますか」
「……は、はい」
リアムから水の入ったボトルを受け取ったマルコが喉が渇いていないというのに、勢いよく水を口に含んだ。そして飲み干すと僅かに俯きながら呟く。
「いやぁ……緊張しますね」
マルコの言葉に対して、全く緊張など感じていないリアムは笑って答える。
「ええ。緊張しますね。ただ、これから行われることも考えれば、その反応は当然のものです。無理に緊張を抑えようとせず、本番にまで整えれば良いですよ」
レイと話す時とは随分、対応が違うようだが、敢えてそれについては問わない。レイは静観したまま、二人の会話に聞き耳を立てる。
「それにアンテラさんやレイさん、私だっていますから。誰かがミスをすれば誰かがカバーすればよい。それが組織の強さです」
同時に弱さでもありますが、と付け加えてリアムが続ける。
「ただ、いつまでもおんぶにだっこじゃ……」
リアムはそれ以上、言わない。ただ言わんとすることはレイやマルコに伝わった。決して成長しませんよ、だとかのことを言おうとしていたのではない。もっと、マルコの個人的なことについてだ。
リアムの言葉を受け取ったマルコは少し悔しさを滲ませながら、レイにそうしたように反骨心を見せる。
「分かってますよ。僕が誰よりも結果を残せばいいんでしょ」
その通りです、とリアムが笑って流す。
そしてレイ達は軽く雑談を交わしながら目的の建物へと向かって行った。
◆
目的地の建物に着いたレイ達はアンテラ達と合流し、軽い情報共有を行ってから準備を済ませた。
支給された防護服で身を包み、案内された通路を通って向かう。今から、最終測定が始まるのだ。支給された防護服で身を包むのはその準備であり、さほど多くの時間を要さなかった。
今日はこれ以外に予定が無い、というよりこれを行った以上、他に測定するべき項目が残されていない。他に必要な数値は昨日のうちに取り終えて、今日は数値を元に計算した上二つの企業、つまりはタイタンと丸山組合が戦う。
準備を終えたレイが待機室へと早足で入る。すると待機室にはアンテラの姿があった。
「早いな」
「そっちも」
「私は先に来て準備してたからな」
アンテラの言葉に耳を傾けながらレイは待機室の中心にある横に長いテーブルの傍に立つ。テーブルの上には突撃銃、散弾銃、狙撃銃の三つが並べられており、これらは次に行われる最終測定に使う武器だ。
最終測定ではこれらから一つの銃と拳銃を自由に選び、戦うことになる。テーブルの上に置かれた幾つかの銃。レイは突撃銃を持ち上げた。
そんなレイにアンテラが同じく突撃銃を手に持ちながら訊く。
「散弾銃じゃないのか?」
アンテラはレイが最近MAD4C、つまりは散弾銃を使っているため突撃銃を持ったことに疑問を持ったのだろう。レイは突撃銃を触りながら答える。
「
MAD4Cは最近使い始めたばかりで、加えてレイはまだ散弾銃の使用経験が浅い。経験や知識、慣れ、熟練度を考慮するのならば突撃銃を使うのが妥当だ。とはいっても、テーブルの上に置かれている突撃銃や散弾銃などは昨日のホログラムを用いた耐久戦の時に使われた物と同じ、実物では無いものだ。
「これで丸山組合とやるのか」
「そうだな。測定の内容はもう隅々まで目を通したか」
「ああ。当然」
レイがこの建物に来ると同時に最終測定のさらに詳しい内容について伝えられた。ほとんど知っているものばかりで、これと言って所見の情報は無く、あくまでも注意点や反則行為など。
「昨日と同じようなホログラムを用いた仮想空間での戦闘だろ」
「大まかにはそれで十分。だが知ってるよな?今日、測定を行う部屋は昨日の部屋よりも二回り、三回りほど広い。昨日の感覚で行くなよ」
「それは昨日の話し合いでも注意点として挙がっただろ、さすがに用意はしてきてる」
「……まあ当然か」
今更、注意事項についてレイに伝える必要は無いとアンテラが苦笑する。
レイは誰にも頼らず、誰からも教えられず、ただ一人で生き抜いてきたソロのテイカーだ。そのぐらいの危機管理ぐらい行えて当然というもの。
アンテラはそれが分かっていて、しかしレイに再度確認するように言った。だがそれにも幾つかの理由がある。まず今回の最終測定というのは色々と気難しいルールに縛られている。それでいて特殊な条件下だ。
まず、戦闘が行われるフィールドは昨日、耐久戦をした部屋よりも大幅に広い。それでいて表示されるホログラムもより多彩に、より複雑になっている。何しろ地上部分だけでなく地下部分もあるのだ。
ホログラムの表示が一定の間隔で移り変わるため居場所の特定が困難であり、それに加えて部屋自体の構造も移り変わる。ホログラムの表示変更と部屋そのものの構造変化。迷ってしまったら終わりだ。
加えて、部隊で行動するというわけでもなくレイ達は各地に分かれて最初、配置されることになる。それは丸山組合も同じであり、計10人のテイカーが部屋の各地に散らばることになる。またフィールドにはホログラムで表示されたモンスターも徘徊しており、時間経過と共にその数は増える。
勝利条件は相手部隊の全滅。
つまりは各地に散らばった仲間と合流、または連絡を取り合い。モンスターの相手をしながら相手部隊を仕留めきるというのが簡単な最終測定の内容だ。相手部隊が合流する前に仲間と合流し、相手を一人ずつ複数人で殴った方が良い。だがそう上手くもいかないだろう。
昨日、この測定内容が話された時に具体的な解決方法が作戦会議の時には出なかった。無理もない。装備は防護服と選んだ銃を一艇、そして拳銃だ。仲間と連絡を取り合う装置は無く、フィールドの地図も無い。
ぶっつけ本番でその場に適応しなければならず、不安が多い。マルコがあのようになってしまうのも無理はないことだった。だがそれでも必ず、成功しなくてはならない。それがテイカーであり、組織に勤める者としての責務だ。
「どこに行くんだ」
レイが突撃銃を置いて部屋から出ようとするとアンテラが呼び止めた。レイは僅かに苦笑しながら答える。
「少し、気分転換だ」
レイのような男が緊張しているわけもなく、気分転換も必要ない。だがその疑問については敢えて触れず、アンテラは「早く帰ってこい」とだけ伝えてレイを見送った。
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