第198話 もう一人

 レイ達がホテルへと帰り、そして日も跨ぎそうな頃にNAK社の訓練施設にある建物であるA-4から二人の人影が出て来た。


「すみません。遅くなってしまって」


 スーツを着た黒髪の女性が共に出て来た者に頭を下げる。


「いいよ。別に」


 露出の多い恰好と褐色の肌。灰色がかった白色の髪。レイが今日の昼に会い、バスに乗ってA-4へと案内した彼女が、軽く手を振って職員に頭を上げるように促す。

 彼女の言葉に従うままに職員は頭を上げて、尋ねる。


「この後はどうなされますか。すぐにでも出発しますか、それともここに泊りますか?」


 職員の言葉に彼女は空を見上げながら呟く。


「うーん。どうしよ、かな」


 空を見上げ、少しばかり目を回して考える。そして10秒ほどで結論を出す。


「たしか……今はこんぺてぃしょん?ってのがやってるんでしょ?」

「はい」

「それってあしたもやるの?」

「はい。今日を含めて二日間行われます。コンペティションのことで何かありましたか?」


 彼女からは空から地上へと視線を降ろし、そして顎の辺りに手を当てて返答する。


「ちょっと、ね。人間じゃない子、みつけたから」

「人間じゃない子、ですか?」

「……人間だとは……思うけど、人間じゃない、みたいな。だって体のすべて、改造した身体拡張者は人間とは言えない、から」


 彼女の言葉には色々と引っかかりを覚え、それについて問うてみたいが職員にそんなことが許されるような立場でもないため、ぐっとこらえる。


「それは……その方がコンペティションに参加していると?」

「うん」

「だから明日も残ると?」

「ちょっとだけ、ほんとうに。少しだけ、見たら帰る」

「そうですか」


 職員は脳内をフル回転させ、コンペティションに参加している全企業傭兵、テイカーを並べる。そしてその数、多様さからすぐに割り出すのを諦めた。参加した企業傭兵、テイカーの中に身体拡張者などいくらでもいる。特定は困難だ。

 ただ、彼女の口ぶりから判断するに体を相当に改造している身体拡張者なのだろう。そこから考えれば割り出せるかもしれない。だが職員が覚えている限りで身体の70から80パーセントほどを機械化、または生態的に強化している者はいなかったはずだ。

 一瞬でそこまで思考を巡らせた上で、すぐに割り出すのが不可能だと断定した職員は話を続け、さらなる情報を引き出すように努める。


「その方を見るのは人間じゃない、からですか?」

「そうかも、ね」


 要領を得ない返事。だがいつものことなので職員は気にせずに続ける。


「では、その方を見て何かするのですか?」

「何もしないよ、今のところは、ね。彼はまだ何者でもないし、特別秀でているわけ、でもないし」

「何者でも、特別秀でているわけでもない、ですか」


 彼女は歩きながら答える。


「言葉の通り。客観的にみて、お金を持ってるだとか、特殊な力があるだとか、有名だとか、何をしたかだとか。誰か、少し遠い人を考える時にその人が持つ要素で覚えるでしょ。彼はまだ何者でもない。客観的に見て価値を持つ要素が無い……いまのところは……たぶん……ね」


 そしてある施設の前まで来ると立ちどまり、そして続けた。


「だけど厳密、には。何者でもない、というのは重要じゃ、ない。私が興味を持った、それだけで彼を構成する要素としては十分、かな」

 

 言っている意味は分かるが、あくまでもうわべだけ理解できていない。職員は僅かばかりの困惑を隠せずに言葉が出る。


「は、はぁ。そう、ですか」


 彼女は特に気にせずに続ける。


「あしたは、ちょっとだけ見て帰るよ」

「会いますか?」

「いや、いい。たぶん、もし本当に気になったら私から会いに行く、と思う、から、ね?」


 自分から会いに行く。彼女がそう言ったことの異常性を理解できている職員は表情を変える。


「あなたがそれほどまでに――」

「別にすごいってわけ、じゃない。だけど似てるから、少しぐらい……」


 彼女はそこで口を大きく開けて欠伸をした。そしてそのまま話の続きを何も話さずに目の前の施設の中へと入って行く。突然話を止めた上、勝手に進んでいく彼女の後ろに職員が慌ててついて行く。

 そして彼女はそのままスタスタと施設を一直線に歩いて部屋の中に入って、突然に止まった。


「あれ、ここが飲み物とかおいてあるところじゃ、なかったっけ?」


 勝手に動いて、勝手に話を進めて、聞いてくれれば良かったのにと、自分勝手な人だと思いながら職員が答える。


「飲み物などが置いてある休憩スペースはここから少し離れた場所です。ここは射撃訓練場」

 

 職員が部屋に設置されたレーンの前に立つ。


「装置を起動し、ここに立つとレーンの先に的が現れます。その的を狙って点数を競うという場所です」


 職員の説明を聞いた彼女は僅かに口を開けてレーンを見る。


「へぇ。おもしろそう。今は、できるの?」

「は?は、はい。30秒ほど時間を頂きますが」

「やれるの?」

「はい」

「じゃあおねがい」

「わ、わかりました」

「ごめん、ね」

「い、いえ。全然大丈夫です」


 装置を起動すること自体、全く面倒ではない。ただまさか彼女がこんなことをしたいと言い出すとは思ってもいなかった。職員は困惑交じりに装置を触る。その際に彼女から幾つかの質問が飛ぶ。


「これの、最高点数は?」

「満点が300点。今までの最高点数が300点です」

「こんぺてぃしょんでもこれをやったの?」

「はい。全部隊が」

「へぇ。じゃあその時の最高点数はいくつ?」

「298点です」

「あれ、満点じゃないんだ」

「はい。案外、満点を取るのが難しいので」

「へぇ。私でも、難しい?」

「それは……」


 彼女がもし万全の状態で、完全な装備を有していたとしたら300点は余裕。だがこの環境で指定の武器となると案外難しいのかもしれない。ただ職員だけでは計り知れないのが実情だ。

 職員は装置を起動させると共にその問いからは逃げた。


「やってみた方が早いと思います」


 ホログラムの的がレーン上に浮き出る。


「わかった、いいよ」


 彼女はレーンの奥に見える的を見て、少しだけその無表情を崩した笑みを浮かべた。


「近くの別室に突撃銃が置いてあるので、それを使います。今持ってきますね」


 職員がそう言って別室へと向かおうとする。しかしそれは彼女によって呼び止められる。


「いや、いいよ面倒だし。これにする」


 職員が振り返り彼女を見ると、その手には一丁の拳銃が握られていた。つい先ほどまでは持っていなかったもので、いつ取り出したのか分からない。職員は少しばかり視野を広くして、彼女の周りを見る。

 するとすぐに拳銃をどこから取り出したのか分かった。

 レーンのすぐ横に置いてあるテーブル。その下部に取り付けられた格納スペースが空いている。恐らく、見ていない内にそこから置いてあった拳銃と空の弾倉。そして数十発の弾丸を取ったのだろう。

 彼女は弾倉に弾丸を込めながら職員に聞く。


「300点はどのくらい当てればいいの?」

「全部で10発の弾丸を撃つことが可能です。その内の命中した5発で競います」

「じゃあ5発入ってればいい?」

「はい。すべて当てるのなら」

 

 突撃銃ならばまだしも拳銃で的を当てるのは難しい。銃口を安定して構えるのも難しいし、照準器も物足りない。射程距離や連射速度など最低限のことは満たしているものの、突撃銃には遠く及ばない。

 5発すべてを当てられたとして、300点当てるのは難しいだろう。

 職員がそんなことを考えていると、彼女はいつの間にか開始の合図すらなく、そんな挙動すらなく、本当にいつのまにか拳銃を構えており。気が付いた時には5発の弾丸を撃ち終わっていた。


「え、え」


 いつの間にか終わっていた測定に職員は口をパクパクと動かしながら困惑する。一方で彼女は空になった拳銃をテーブルの上に置くとモニターへと視線を送った。


「ありゃー」


 普段は発さない声で、彼女が頭を抱える。何かと思い職員がモニターを見てみるとそこには299の文字が映し出されていた。つまりは299点ということだが、彼女の実績や名声を考えるのならばありえない数字だ。300点は取れているのが普通。施設の機械が故障しているのではないかと疑ってしまうぐらいには。

 だが同時に、あり得ることでもあった。まず単純に突撃銃で狙うはずの的を拳銃で狙っているということ。これでは大幅に命中率が下がってしまう。そして何よりも彼女は本調子ではなく、これが本懐ではない。彼女には当然に他のテイカーを凌駕するほどの射撃能力や判断能力を持ち合わせているが、それが彼女の持つ実績を築き上げた本質的なものではない。

 故に、299点という結果も妥当では無いものの納得できるものであった。


「もう一度やりますか」

「テイカーに二度目は無いから」

「分かりました」


 職員が答え、機械の電源を落とす。


「では、最初の質問に戻りますが、今日はこのまますぐ帰られますか?それともここに泊りますか?」

「ここに泊って……明日ちょっと見て帰るよ」

「分かりました。それではご案内いたします」


 職員が歩き出し、その後ろを彼女が歩く。

 だが突中で職員が少しだけ歩む速度を緩めて口を開いた。


「最後に一つ、よろしいでしょうか」

「ん、なに?」


 先ほどの問答から気になっていたこと、だが訊くのは失礼だとも思って口を噤んでいたものだ。だがダメもとで、疑問が溢れ出し、それが口に出てしまった。


「先ほどの会話の際に言っていた『彼』とは誰のことでしょうか」


 人間じゃない人、身体拡張者、恐らく調べても分からないだろう。だからこの場で聞くしかなかった。

 彼女は職員の質問に目を開いて感心したような、驚いたような顔を浮かべて答えた。


「言えないよ、たぶん、今は」


 駄目だったかと職員は僅かに笑う。


「分かりました。すみませんこんなことをお聞きして。今、ご案内いたしますね」

「ん、よろしく」


 そして職員は施設にある客用の宿へと彼女を案内した。

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