第197話 一日目

 耐久戦を終えたレイ達は休憩のため別室に集まっていた。すでに時刻は昼を回っているということもあり、軽い昼食の時間だ。普段ならば寮で食べるか、レイだったら携帯食料で済ませているところ。今日は先ほど行われた耐久戦がほぼ本題であるため、後の予定はそこまで重要なものではないものばかり。そして時間もあるためNAK社の訓練施設に建てられた食堂で遅めの昼食を食べていた。

 普段ならばNAK社の社員が使っているが、特別に許可された関係者、今回はアンテラ達のようなコンペティションのために来ているテイカーは使用して良いことになっている。

 食堂は昼過ぎということもあり、いつもならば社員たちで混みあっているところ、午後の仕事へと行ってしまったためかなり空いている。今、食事をしている職員は恐らく、急な案件が舞い込んできてそれの対応を昼休憩を返上して行ってでもいたのだろう。あくまでも推測でしかないが、現在、食堂にいる職員たちが全員疲れ切った顔をしているのを見るに似たようなことがあったのだろう。

 レイ達はそれらを横目に食事を頼むレーンに並ぶ。


「やっす」


 表示されたメニュー表を見たクルスが声を漏らす。写真と共に並べられた料理たち。写真ということもあって映りが良いのは当然のこそ、それを踏まえてもかなり美味しそうに感じる見た目をしている。量、質感ともに写真を見る限りで完璧だ。それでいて値段も安い、思わずクルスが呟いてしまうぐらいには。

 また口に出しはしないもののレイやマルコもクルスと同じ感想だ。


 こうした社員用に用意された食堂に並べられた料理たちを見ると思い出すことが幾つかある。レイは食事を決めるついでに少しだけ記憶をさかのぼる。

 確か、昔働いていた立山建設にも社員用の食堂があったような気がするが、少し安いだけで味も量も微妙だったのを覚えている。立山建設もそれなりの企業だが、NAK社と比べるとその差は歴然、給与やこういった場面を見てもひしひしと感じる。

 NAK社は単純に給料が高いというのに加えて、福利厚生も手厚い。格差を感じるが、仕方がないだろう。そして、そんなどうでも良いことを考えながらレイが選んで言うと先にクルスが注文をする。


「あの、すみません。この24番と7番、それと……」


 メニュー表を指でなぞるクルスの耳元で小さくアンテラが呟く。


「おい、あんまり食べ過ぎるなよ」


 この後も重要では無いものの測定が控えているのだ、遊びに来ているわけでも美味しい食事を食べに来ているわけでもない。あくまでも栄養補給。腹を満たすためだけだ。

 アンテラの言葉を聞いたクルスは僅かに頭を下げて、指を降ろすと続けた。


「今ので、お願いします」


 どこか悔しそうだが仕方がないだろう。食べるのは明日、コンペティションが終わった時にいくらでもできる。それどころかコンペティションに勝てば、高い食事をいくらでも食べれるかもしれない。

 今は堪えるしかないのだ。

 クルスに続いてマルコ、レイ、アンテラが注文し、最後にリアムが注文する。

 そして全員の注文が終わると料理ができるまでテーブルで待つことになる。その際にレイは浮かなそうな顔で隣を歩いていたリアムの肩を叩く。


「どうかしたか」

「いえ。何でもありません。ただあるとすれば、先ほどの測定はもう少し生き残って時間を稼ぎたかったですね」


 リアムの言葉にレイは表情にこそ出さないものの少し驚いていた。レイの中でリアムはクレバーの印象があり、どこか冷めているようだった。仕事は仕事と割り切っているし、ミスは引きずらない。そんな人物だと思っていた。しかし確かに、先ほどの測定の際、リアムがモンスターに喰われ脱落する寸前に臓器を破って中から這い出て来た。

 そういったことを考慮すると案外、仕事関係になると感情的になる男なのかもしれない。

 テーブルに着く際にレイは再度別の話題を振る。


「企業傭兵をしてた時も社員用食堂こういうところはあったのか」

「まあ、はい。私のところは経済連が運営していたのですべて無料、品質もそれなりに高かったですが。こういうのもいいですね」


 褒めたいのか褒めたくないのか、レイには分からないがリアムの言葉を一応、肯定的に捉えた。


「舌が肥えてるお前から見ても良いってことだな」

「ええ、まあそうですね」

 

 リアムが答えるのと同時にクルスが注文した料理が出来たことが知らされる。そしてそれに続いてマルコやレイの料理が出来上がる。頼んでからまだ1分ほど、一体どんな魔法を使ったのかは分からないが、とにかく早い。

 これも忙しいNAK社員に配慮してのものか。

 レイは料理を受け取るために立ち上がり、そしてレーンの方へと向かう際にリアムに声をかけた。


「まあ、取り合えず次もよろしく頼む」


 リアムが少し怪訝な顔をする。


「……あなたってそういうことを言うタイプでしたか?」

「必要なら言うだろ」

「ああ、そういうタイプでしたね」


 そして今度は納得したような表情を浮かべると、去っていくレイの背中を視界の隅で見ていた。


 ◆


 午後の測定を終えたレイが休憩所で待機していた。別にもうホテルに戻っても良いのだが、そこまで早く帰る必要もないし、今戻っても微妙な時間ということもあってNAK社の訓練施設にある休憩所で休んでいた。

 休憩所には簡易的なベットや無料の水や菓子類が置いてある。コンペティションに参加したテイカー達はベットを使用することは出来ないものの、菓子類を食べて良いことになっている。だからといってレイが食べるわけではないが、休憩室まで使わせてくれるということは、そしてこれまでの対応を鑑みるにNAK社はある程度、コンペティションに参加する企業に対して好意的。

 だが、本当に好意的なのかは、少なくとも企業としてのNAK社は明日、あるいは今日の決断で分かる。


「お疲れ」


 休憩室の椅子に座っているレイに、隣の部屋からやってきたアンテラがコップを手渡す。レイは渡されたコップに注ぎこまれた黒い液体に視線を送り、僅かに固まる。斜め前に立っていたアンテラはその姿を見て苦笑すると、自分用に持っていたコップをテーブルに置いた。


「珈琲だ。飲めるだろ?」

「いや、まあそうだが。こんな嗜好品まで置いてたのか」

「なんだ、見てないのか。かなりの種類があったぞ。隣の部屋だ、帰る時にでも見て行けばいい」

「そうだな」


 レイが珈琲を口に含む。そして周りを見て、一つ疑問に思った。


「マルコは一緒じゃなかったのか」


 この部屋に入って来たのはアンテラだけだ。確か、レイの記憶ではまだ訓練施設内に残っていたはず、マルコが前に言っていたことを鑑みればアンテラと一緒にいそうなものだ。


「あいつは別の用事だ」


 それとクルスも、と付け加えてアンテラが答える。

 

「そうか」


 レイが高級品であろう珈琲を一気に飲み干し、アンテラに再度問いかける。


「それで、ねぎらいに来たわけじゃないんだろ?」

「ふふ。話が早くて助かるよ」


 アンテラは「予定通りになった」と話して、それに続ける。


「明日の予定が決まった。模擬戦は丸山組合とやるようだ」

「そうか」


 明日の予定は一つだけ。どこかの企業又は組織の部隊と模擬戦闘を行うだけだ。そしてその相手が丸山組合。つまりは今日の測定を終えて、タイタンと丸山組合の出来レースに入ってこれるような企業がいなかったということ。この二つが最終日に競うのがその証左だ。

 早く行けば午前中に終わる予定であり、どちらが契約を勝ち取るかはすぐに決まる。


「他の三人はもう話したのか」

「いや、さっき連絡がきたばっか。後で連絡するにしても、レイは近くにいたから一応と思ってな」


 この後は明日のことについて情報共有と共に対策を練るのだろう。まだ夜遅い時間帯というわけでもないため、時間は多くあるが予想外のことや明日のことも踏まえて、潤沢に時間を取っておくべきだろう。

 そうすればここで長い時間を休憩してはいられない。


「アンテラ、明日やる丸山組合の部隊は分かってるのか?」

「いや。知らされてはないな。あっちも同じだ、多分な。ただ、丸山組合からも三部隊派遣されてるから、私達と同じ境遇の部隊だろ。そんなこと聞いてな何かあるのか」

「ただ、俄然やる気が出て来たってだけだ」


 話が掴めずアンテラは不思議そうな表情をするが、そのことについては敢えて聞かず、今後の予定を伝えて先に帰ることにした。


「昨日と同じ時間、同じ場所で開始だ。私はもう帰るから準備しておけよ」

「分かった」


 アンテラが空コップをゴミ箱に投げ捨てて去っていく。一方でレイは少し前のことを思い出して僅かに笑みを浮かべた。

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