第195話 持久戦

 休憩後、レイ達は地下の部屋へと移動した。四角形の広い部屋には何一つとして物が置かれておらず、白色の壁が全方位を取り囲んでいる。幅、奥行き、天井、総じて地下空間とは思えないほどに広い。それでいて物が何一つとして置かれていないのだから不自然な空間だ。

 だが、この部屋の用途と機能を考えれば当然のことだ。


『ホログラムを投影します。1分後、そちらの準備が整い次第の合図と共に開始です』


 部屋にアナウンスが流れる。そして終わるとそれまで白く、何もなかった部屋にホログラムが投影される。ただのホログラムではない。壁や簡易的な一軒家、丘や塀など遺跡内、あるいは都市内の光景が瞬時に映し出された。

 質感、大きさ、どれを取ってみても本物と遜色がない様相をしている。

 部屋の中心にいるレイ達は周りにあるホログラムを見て、一周した。そしてレイは目前に投影されたホログラムを手で触れる。

 

 ホログラムというのはあくまでも投影された映像、情報に過ぎず触ることはできない、


(……本物みたいだな)


 本来ならばホログラムへと伸ばした手は貫通して触ることができない、しかし今、レイは目の前に表示されたホログラムを触っている。硬い材質、滑らかな質感、すべてを本物と同じように感じる。

 押してみても、叩いてみても、違和感はない。背中を預けることもできるだろう。

 

 だがこうして今、触れているのはホログラムが物質的な質量を持っているからではない。レイが着ている強化服とホログラムの情報とが連携されているためだ。


「これが大企業の技術だ」


 ホログラムを触るレイの隣にアンテラが立ち、同じようにホログラムを触る。


「私達が着ている強化服。これが本来ならば実体を持たないホログラムの情報を『そこにある物』として認識し、。だから、実際のところ私達はこのホログラムを触れているわけではない。強化服の制御機能によって触ろうとするとホログラムに触れるその直前で止まる。それがホログラムを貫通しない理由だ」


 アンテラが手の部分だけ強化服を外し、ホログラムを触る。すると強化服を外した手の部分だけホログラムを貫通した。


「こうして、強化服を着ていないのならばこのホログラムを貫通することができる。全く、すごいよね。ホログラムの情報を強化服に送り込んで『そこにある物』として認識させる。とんでもない演算が必要だ。大企業らしいシステムだな」


 そうしてアンテラがまた手の部分に強化服を付け直す。そして 「ま、開発したのはバルドラ社だろうけどね」と付け加えてレイから離れ、マルコやクルスと最終確認を行う。

 レイもホログラムから手を離し、一歩退いて突撃銃の動作確認を軽く行う。今、持っている突撃銃は普通の突撃銃と大きく異なっている。まず、引き金を引いても実弾が撃ち出されることがない。だが、突撃銃はこの部屋に設置された膨大なセンサー、演算機械と同機しているため、引き金を引くとホログラムによって撃ち出される弾丸が表示される。

 そして部屋に表示された壁や建物と同じように弾丸も、本物ではないものの実際の弾丸と同じような挙動をする。壁に当たれば貫通かめり込むか、または反射する。また突撃銃にも反動があり、本物の銃と同じ挙動だ。

 この部屋においてホログラムは現実にある実際の物体と変わらない意味を持つ。それは壁でも建物でも、であったとしても変わらない。


「よし、始めるぞ」


 アンテラの合図と共に、レイはクルスやマルコ、リアムと目を合わせて連携を整える。

 今から行われるのは耐久戦だ。開始の合図と共に全方位にホログラムのモンスターが表示され、それらがレイ達に襲い掛かる。この部屋ではホログラムは実際の物体と変わらないため、ホログラムのモンスターに体当たりされれば体は吹き飛ぶし、負傷

 少し掠ったぐらいではまだ大丈夫だが、モンスターからの攻撃を完全に受けてしまうとその時点でゲームオーバー。脱落し、その時点で強化服との同期が打ち切られ戦いには参加することができなくなる。


 出現するモンスターの数は時間と共に増え続け、その種類、質、個体差など多様な色を見せるようになる。強化服ではあるものの、演算機能と部屋に設置されたセンサー類、ホログラムの感知などに容量を食われているため、性能だけで見れば簡易型強化服と同等か、少し下か程度しかない。

 モンスターが強くなるのに対してレイ達の装備は変わらず、それでいて敵は強く、多くなる。必然的に時間経過と共に厳しい戦いになるのは当然のこと、良い結果を残すためには多くの秒数を稼が無ければならない。


 そしてアンテラの合図と共に部屋が一瞬だけ暗転する。そしてまた部屋が明かりを取り戻すのと同時に、モンスターが出現する。気配こと感じにくいものの、足音、呼吸音、それらが完璧に再現されているためいつもとほぼ変わらない対処が可能だ。

 最初に現れたのは7体のハウンドドック。突撃銃の性能と強化服の性能を鑑みれば容易の対処できる相手、加えて一人では無く今回は部隊で動いている。仲間との連携を取らなければならないという面倒さを抱えてはいるものの対多数において、有効的だ。

 レイ達はホログラムの壁を突き破り、乗り越え、突如として現れたハウンドドックを相手に冷静に対処すると、一瞬で処理した。そしてすぐに次のモンスターが配置される。

 今度は蜘蛛型の機械型モンスター。背中に機関銃や大砲が搭載されているという事は無く、特に変わったところが無い機械型モンスターだ。少なくとも10体以上は襲い掛かって来ただろうが、レイ達は何事も無く対処する。

 

 ハウンドドック、蜘蛛型の機械型モンスターと来て次からが本番だ。この二つは慣らしのため、ホログラムの敵、突撃銃、強化服に慣れるためのサンドバックでしかない。ここからが本番、敵の数、質ともに高くなる。

 次のモンスターが出現するまでの僅かな時間で弾倉を入れ替え、体勢を整える。言葉を交わさずとも互いに視線を合わせ、息を合わせた。そして音も無く次のモンスターが出現し、レイ達がそれに気が付くのは足音、呼吸音を感じ取った時。つまり、すぐそこまで近づいて初めて分かる。

 モンスターの出現を感知すると共に緊迫感か付近を縛り付け、レイ達はモンスターの対処へと移る。機械型モンスター、生物型モンスター、それらが区別なく襲い掛かる。

 モンスターを倒し終えたら僅かな時間の後にまたモンスターが出現、というわけではなく、本番が始まった今はレイ達の処理を待たずして自動的に、機械的に決められたモンスターが送り込まれる。

 レイ達の周りにあったホログラムの壁や建物には穴が空き、崩れた。舞い散る埃まで細かく再現され、本当にここで戦闘しているかのように風景が移り変わる。モンスターは多彩な動きをみせ、それらはすべてランダム。

 機械型モンスターならば合理的な判断に任せて、生物型モンスターならば本能的な部分が判断に大きく作用している。だが今回に関してはホログラムがすべての行動を決めているため本来ならばありえないような行動をする個体が発生していた。

 機械型モンスターの行動、生物型モンスターの本能、当然にそれらに配慮してモンスターの行動は作られているのだろうが、それでも稀に出鱈目な動きをする個体がいる。そうして個体の対処に僅かに困り、対処が遅れる。そうした遅れは後に響く。そして遅れが積み重なればゲームオーバーだ。

 モンスターの数は増え続けている。それでいてまだ測定はまだ始まったばかり。コンペティションで勝つためには、良い結果を残すためにはここから数分は持ちこたえなければならない。

 

(気張れよ)


 レイは自身にそう言い聞かせ、引き金を引いた。

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