第194話 腕試し
二日後。レイはあれから準備を済ませていき、すぐにコンペティション当日になった。基本的な手続きや手筈はすでにアンテラやマルコ、クルスへと伝えられていて、部下に当たるレイとリアムが三人からの話を聞きながら動くことになる。
ただ基本的に指示を出すのはアンテラだ。指示系統が複雑になってしまう危険性や複数人が指示することによって混乱が発生する可能性もある。そして単にアンテラが最も最適な判断のもとに迅速な指示を下せるためだ。
全体でコンペティションは二日間に分けて行われる。
これは単に多くの試験を行うためだ。多くの組織や企業が参加しているためテイカーが多く来ているのも当然、関係しているもののこの訓練施設は広い。すべてとは行かなくとも並行して試験を各施設に用意された訓練場所で終えることができる。
そのためどこかの企業に遅れが出ることはほぼ無く、あるとしてもそれは一日目の最終試験、二日目の試験からだ。
一日目の試験はそこまで難しいものでは無い。それこそ的を撃って点数を稼ぐ遊びのようなものだ。
「いいのか?こんなので」
アンテラ、クルス、マルコが的当てを終えた後に、次の番のレイが突撃銃を持って直線に的が表示されたレーンに立つ。その際に後ろで見ていたアンテラに一言問いかける。するとアンテラは小声で返した。
「あくまでも基礎数値を集めてるだけだ。本番は今日の最後、それまでに調節しておけ」
すでにアンテラから今日の予定は渡されているためこの後のことは分かっている。レイが訊いたのはあくまでも確認のため、射撃に全力で挑めるように雑念を消したかったから問うただけだ。
「分かった」
レイが答え、そのままレーンに立つ。
正確な距離は分からないが、的まではかなり離れている。その上、ホログラムによって表示された的はかなり小さい。目が悪ければただの点として映っていない、その程度の大きさだ。
だが、レイにとってみれば狙いやすい的だ。
的が高速で動くことはせず、動作を予測しながら銃口を向けなくて良い。襲い掛かって来ることもせず、ただそこに表示されているだけ。そしてレイもレーンに立ったまま動かなくて良い。実践では考えられないほど整った状況だ。理論値、理想を追い求められる条件。
普段ならば的は動き、それどころか襲い掛かって来る。そしてレイも動き続け、照準と銃口は常に不安定だ。それどころか予想外の事象にすらも対応することを求められる。
完璧な条件下での射撃は何気に久しぶり。
これだけ良い環境であればほぼ確実に命中させることができるだろう。
しかし、それは他のテイカーも同じだ。レイと同じように遺跡探索を行うテイカーは動き回る的を動き回りながら撃っている。レイだけが好条件というわけでもない。皆が同じく好条件。
他のテイカーも当然に的に当てる。
だから、ここからはどれだけ的の中心に、時間をかけずに当てるかだ。撃てる弾丸は全10発。その内、5発が当たった者からこの試験は終了だ。そのため5発で仕留めきれず、6発目、7発目まで突入してしまえば点数は下がる。とすれば高点数を取るためには最初の5発を確実に、的の中心に命中させなければならない。
「…………」
レイが右腕を上げ、突撃銃を構えた。すると機械音が鳴る。ピーピーピーという一定の間隔で鳴り続ける機械音。早まることもせず遅くなることも無く。ただ静かな空間で一定のリズムを刻む。
だが10回目の機械音が鳴るのと同時に、僅かに甲高く長い機械音が鳴った。これが合図であり、レイは鳴るのと同時に引き金を引いた。
時間としては1秒にも満たないほど。レイは5発の弾丸を撃ち出し、全弾を的の中心に当てた。遅れて薬莢が地面にぶつかる音が響き、銃口から硝煙が立ち上がる。それと同時にレイは息を吐いて体の硬直を解くと、銃口を降ろした。
弾倉を引き抜き、安全装置をかけて隣に用意されたテーブルの上に突撃銃を置く。そしてアンテラ達の方に一度だけ視線を向けた後に目を上へとずらしてモニターを見た。
そこには298の数字が表示されていた。
これは全300点満点の内、レイが298点を取ったことを表していた。
(満点じゃないか)
的の中心を撃ち抜くのは案外難しい。厳密に言うのならば中心を撃ち抜くのと完璧な中心を撃ち抜くのとには大きな差がある。肉眼では中心を撃ち抜いたと思っていても、調べてみると真に中心というわけでもない、そんなことが良くある。
そのため寸分の狂いも無く、完璧に的の中心を撃ち抜くのは限りなく難しい。
事実、レイも298点。何枚目の的かは分からないが、僅かに中心から逸れてしまったようだ。
(……まあいいか)
満足のいく結果では無かったものの、この結果は今のところ一位の成績だ。というより周りのテイカーと比べてタイタン所属のテイカーは点数が高い。アンテラの隊以外は他の施設でこの測定を行っているため正確な数値を把握するのは不可能だが、少なくともアンテラ、マルコ、クルスは他のテイカーが出した数字と比べてみても優っている。
具体的にはアンテラが283点、マルコが273点、クルスが264点だ。この測定の結果がコンペティションに大きく影響することは無いが、それでも影響があるというならば良い数字はできるだけ出した方が良い。
故に、当然だが、アンテラはレイの数字を見てご満悦だ。もともと、レイの射撃技術が群を抜いて優れていたのを知ってはいたものの予想以上、といった様子。クルスはどちらかというと驚きが強い。一方でマルコは悔しさを滲ませていた。
二日目にマルコは「やってやりますよ!」と大口を叩いた。そして振り向いてはくれないであろうアンテラの視界に映るために、マルコはアンテラよりも高い数字を出す必要があった。しかし結果は10点差。今のところマルコはアンテラの視界に映り込めておらず、その悔しさがあるのだろう。
レイが終わり、次はリアムの番だ。
「やるね。僕の同僚にも君ぐらいの人はいなかったですよ」
交代する際にリアムはレイにそう告げて突撃銃を握り締める。後の流れはレイと同じだ。準備が出来たと同時に右腕を上げ、開始と共に的を撃ち抜く。
リアムが右腕を上げるのと同時に一定の間隔で機械音が響く。ゆっくりとも早くとも流れる時間の仲、リアムは腕や型、手を寸分たりとも揺らすことなく硬直させ、息を止め、そして機会が開始の合図をすると共に一瞬で五枚の的を撃ちぬいた。
レイと同じようにリアムも息を吐いて緊張を解く。そしてモニターに目を向けると291の文字が表示されていた。レイよりも低く、アンテラよりも高い。十分すぎる数値だ。
だがリアムは少しだけ悔しそうな表情を浮かべてレイに近づく。
「案外難しいですね、これ。きっちり真ん中を狙えたとは思っていたけど、予想以上にずれていたみたいです……やってみて思うけど298って化け物みたいな数値じゃないですか?」
確かに、レイの射撃技術は並みはずれている。上澄みのテイカーと比較しても遜色が無いほどに。それはレイ自信も知っていることで、ある程度の自信を持ち合わせている。
だがそれとは別に、今回の件はレイにとって有利な条件だった。
「これは得意不得意があるからな」
この距離の的を突撃銃で撃つのならばレイの方が慣れてるし優れている。逆にもっと遠い距離で狙撃銃だったらリアムに大差つけられて負けてた。結局は条件次第。今回はたまたまレイに有利な条件が揃えられていただけだ。
レイがそう言うとリアムは口元に手を当てて軽く吹き出して笑った。
「っふ。そうですね。得意不得意、上手く言いましたね」
「悪かったか」
「悪くないですよ」
そうして話す二人に後ろからアンテラが近づく。
「部下二人が私よりも高点数だと、面目が立たないな」
そんなことを言いながら二人の会話に参加したアンテラ。だが言葉に反して気にしていない様子、それどころかご満悦だ。
「まあ上出来だろ。5分ぐらいしたら次の測定行くから準備しておけよ」
そしてアンテラは振り向いてマルコとクルスの方を見る。
「気落ちだけはするなよ。まだ測定はあるからな」
クルスは気にしていないがマルコは色々な要因のために結果に引きずられてしまっている。それが分かっていてアンテラは言った。そしてマルコが表情を僅かに帰るとアンテラは続ける。
「まあ取り合えず飲め。次は動くぞ」
「分かりました」
そうして少しだけマルコが戻ってくると部隊は5分間の休憩へと入った。
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