第193話 マルコの事情

 アンテラとレイが怪奇現象に似た不明点のある事象に立ち会ってから数時間が経過した。この間にレイ達はコンペティションで実際に使うことになる強化服や簡易型強化服などの装備とNAK-416などの慣れ親しんだ武器の試し撃ちを行った。実際のコンペティションで使われる装備と銃。

 部隊で連携を取って敵を仕留めるような訓練こそしなかったものの、装備と銃の使用感を確かめられただけで十分。その後はアンテラがフロントで手続きを行い、また別の訓練施設で訓練を行うことになった。

 ホログラムによって投影されたモンスターを専用の銃器を使い倒す。それを何度か繰り返し、今日の予定はすべて終えた。すでに夜も更けていたこともあってレイ達は宿泊しているホテルに内設された飲食店で食事を終えた。

 

 その後は各自、部屋に戻って明日に備えるはずだったのだが、部屋に戻る途中にレイはマルコに呼び止められた。


「あ、レイさん」

「……なんだ?」

「あの、少しいいですか」

「あ、ああ。大丈夫だが」


 マルコからレイに話しかけることなど普段は無い。元々、レイに対して用事があるということも無いし、話し合うほど仲が良いというわけでもなかった。レイはマルコを避けているつもりはないし、リアムやクルスと同じような対応をしている。

 だがマルコとは特に話し合うような関係にもなっていないため、嫌われていると、そうで無くとも苦手意識を持たれているのは確かだと思っていた。しかし今日、何故かマルコが話しかけて来た。

 その理由について思案しながらレイが応える。


「何の用だ?」

「ちょっとついてきてくれますか」


 レイの問いかけには返さず、マルコは音を立てて歩いてホテルのロビーまでレイを連れていく。そしてフロントにいる従業員に一言告げてから鍵を貰って、泊っている者ならば誰でも使用することができる個室へと案内される。

 わざわざ個室を取ってまで話したいこと。それも苦手意識を持っているであろう相手に対してだ。マルコが何をしたいのか、何を話す予定なのか分からずにレイは首を傾げる。

 そして何も分からないままマルコとレイは互いにテーブルを囲んで対面に座った。


「すみません、突然」

「いや別にそれは構わないんだが」


 首の後ろに手を回して、僅かに頭を回しながら答える。するとマルコは身を一つ前に乗り出してレイに問う。


「レイさんとアンテラさんはどういう関係なんですか」

「……あ?」


 予想していなかった質問にレイが面を食らう。

 レイとアンテラの関係など特に深くも無く、複雑でもなく、逆に浅くて単純な関係だ。わざわざ問う必要などない程度の仲。遺跡で知り合い、仕事を共に受けるただの『仕事仲間』だ。それ以上でもそれ以下でもなく。仕事仲間という言葉には何ら別の意味を含んでいない。

 故にそのような質問が来るとは思っておらず面を食らった。

 レイの反応を見たマルコは慌てて説明しなおす。


「す、すみません。突然で。だけど言葉の意味そのままです。どういう関係なのかなって、それが気になって」


 特に含みを持たせず、マルコは純粋に言葉通りの質問をしている。レイにはそれが分かったものの、質問する意味が分からず困惑気味に返す。


「アンテラとの関係か……単に仕事仲間ってだけだ。全開の懸賞首『グロウ』討伐の時もそうだし、今回のコンペティションに関してもそうだ。俺は依頼を受けてここにいる。それ以上でもそれ以下でもない。だから仕事仲間、あるいは協力関係。少なくともそれ以上でもそれ以下でもない。これでいいか?」

「え、あ、はい。えっと……その、具体的にはどのような依頼で、どのようなことをしてきたんですか?」

「…………」


 レイの返答に気になるところがあったのか、完璧に答えたはずだとそう思っていたレイは再度質問をされて心の中で首を傾げる。だがすぐに返答を考えて口を開いた。


「どんな依頼って聞かれてもな、俺が依頼を受けたのは『グロウ』の時と今回のだけ……ああいや。遺跡で会った時にもう一回あるな」


 『稼働する工場』が生み出したモンスターによって襲われていた時にアンテラに会った。かなり昔のことで記憶が曖昧だが、その時にも確かに依頼を受けていた気がする。


「え、遺跡で会った時っていつぐらい、ですか?」

「そうだな……まあもう半年は前になるんじゃないか」

「そ、そんなに。それが初対面ですか?」


 なぜこんなことを聞かれているのだろうかと、レイは頭を悩ませながら答える。


「いや、確かその前に一度だけ会ったことがあるな」

「ということは外部契約の前から……」


 何かを呟いて、その後も思案するようにぼそぼそと独り言を並べ立てる。そんなマルコにレイは困惑しながら問う。


「で、一体俺に何が聞きたかったんだ?」

「え、あ、ああ。それは…………レイさんって最近、い、依頼をする中でアンテラさんと話し合うことが多かったじゃないですか、二人で」

「……」

「昨日だって夜にどこかに行っていたし、帰ってくるのは遅かったし」


 さすがにここまで言われれば、雰囲気を醸し出されればマルコの言いたいことぐらい理解できた。レイにとっては特に気にする必要の無い些細なことだったが、マルコにとっては気になることだったのだろう。

 

「マルコ」

「は、はい」

「回りくどいな。何が言いたいんだ」


 マルコが言いたいことは分かっているが、敢えて察していないふりをする。意地悪な気もするが、マルコの性格と考えていること考慮するとマルコの口から直接、言った方が良いことだ。

 マルコは目線をテーブルに合わせたまま、少しずつ言葉を紡ぐ。


「僕……アンテラさんのことが、好きなんだと思います」


 好きだと、そんな歯が浮いてしまうようなセリフ。レイは今までの人生において始めて聞いた。だが昔に同じような経験をしたことがあるため、レイはマルコの気持ちに同情してやることも共感してやることもできる。


「そうか。だから俺とアンテラの関係を聞いてきたのか。大丈夫だ。お前が心配してるようなやつじゃない。さっき話した通り、仕事仲間だ」

「そ、そうですか」


 マルコはホッとしたような表情を浮かべた。だがレイはそんなマルコに釘を刺す。


「で、だからどうするんだ」

「え、だからって」

「俺とアンテラの関係を知って何もないから安心した、それだけでいいのか?」

「…………」

「また今までの、アンテラの背中に着いて回って追いかけるだけの生活に戻るのか?」

「…………」

「そんなんじゃ、というよりアンテラから歩み寄ってくれることはないぞ」


 何もしないまま近くにいるだけで、それで十分ならばそれでも良いのだが、マルコの本心は違うだろう。いつまでも付いて回って、近くにいたところでアンテラからマルコに歩み寄ることは無い。

 この数日間でマルコがアンテラに好意を寄せていることぐらいすぐに分かった。それはリアムも同様に、そしてレイ達よりも多くの時を共にしたクルスや他の部隊員、そしてアンテラもマルコの気持ちに気が付いていないはずがない。


 敢えて無視をしている、とはまではいかなくとも気が付いていないようにふるまっている。マルコの気持ちを知って尚もその対応ということは結果は知れている。


「このままじゃ何も変わらないぞ」


 それっぽい忠告。こういう対応についてレイは慣れていないので、この程度のことしか出来ない。もしかしたらおせっかいなのかもしれないし、ただただウザイだけなのかもしれない。

 だが結果が知れていて、言わないのもどうかという判断のもとに出た発言だ。マルコはそれがそれが分かっているのか、テーブルに視線をおいたまま口を開く。


「分かってます……そんなこと。だからこうして聞くことしかできなかったんです」

「別に時間がないわけじゃないが、俺らはテイカーだろ。いつ死ぬか分からない」


 いつ死ぬか分からないのだから、思った時に思ったことを、思いついた時にしたいことを。

 レイがそれだけ言うと立ち上がって扉の方に向かう。その際に後ろからマルコの声が聞こえた。


「でも、僕とアンテラさんには……」


 レイはその言葉を遮って答える。

 

「これは前に聞いたんだが、アンテラは追われるよりも追う方が好きだってこぼしてた。これをどう受け取るかは人次第だが、もしこの言葉が本当だとしたら今のマルコは眼中に入ってないことになる」


 嘘ではない。前にどこかの作戦会議でそんなことを言っていた記憶がある。


「追うって、追われるって。どうやっても、今の位置は」

「すぐ先にあるだろ、コンペティションが。そこで結果を残せば視界の隅ぐらいには入れるんじゃないか」


 レイが笑って扉に手をかける。


「実力だけはあるんだろ」


 実力だけ、アンテラにも散々に言われ、クルスにも言われ、自分自身でさえも気が付いているマルコの欠点。それをあえて指摘し、挑発を混ぜながらレイが言う。するとガタっと椅子から立ち上がる音が聞こえ、マルコが応えた。


「や、やってやりますよ!この部隊の誰よりも結果残しますから!」

「期待してる、アンテラが前にそう言ってたぞ」


 それだけ言い残してレイが部屋から出る。

 そしてレイは自室へと戻りながらふとそこまで高くはない天井を見上げた。


「…………」


 その時、視界の隅には僅かに人影が浮かんでいた。

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