第191話 A-4

 キクチを別れたレイが時刻を確認しながら集合場所へと向かっていた。そこまで多くの時間があるというわけではないが、予定時刻までは少しだけの時間がある。レイは集合場所に向かいながらブースに置いてある物を見て回っていた。


(……何か買って行った方がいいか?)


 ブースを見て周りながらふと考える。

 今回はキクチとの再会という個人的な用事のためにクルスとの約束を破ってしまった。何かお詫びとして買って帰った方がいいのか、レイは悩む。もし同じ状況にレイが晒されれば迷わずに不要だと言うだろう。相手の事情もあるし、こちらの我儘でもある。当然、約束を承認したのは相手なのだから非は相手にある、相手にあるとは言いつつもこの程度の破約でお詫びの品というのは受け取った側も逆に面倒。気を遣ってしまう。

 だがそれはあくまでもレイだから。クルスがどう考えているかなど分かるはずが無い。そのため迷っている、どうすればよいか、どちらが正解なのか。問題の原因や相手がすべて自分自身に帰属していればいくらでも解決できるような問題だが、今回はクルスに最終判断をする権利がある。

 難しく考えすぎではある。だが難しく考えなければ正解は分からない。

 別に買ってきても良いが、何を買うかが分からない。そもそもこのブースに置いてあるような品物はすべて銃や強化服などの品物だ。買って行ってクルスが喜ぶような品物を見つけるのは難しいだろう。


「……あ」


 考えながら歩いているといつの間にか建物の端に辿り着いていた。後は建物から出るだけであり、ここから先にブースは用意されていない。レイは一度だけ立ち止まって振り向く。そしてブースを見渡してため息を一度だけ吐くと前を向いた。

 

(まあいいか……)


 レイが気にしないのだからきっとクルスも気にしていない、そんな風な考えのもとに納得する。正直なところこの選択がどのように作用するか分からないが、仕方ない部分もある。時と場所が悪かった。

 レイは自分を納得させると一旦、施設の外に出て目的の場所まで向かう。


(B-3か)


 建物から出たレイが通信端末を見て、集合場所を確認する。施設には多くの建物が立ち並んでいるが、それらすべてに番号が割り振られている。レイが向かうのはB-3棟。軽い射撃訓練場や運動施設が地下に組み込まれ、地上部分は手続きのためのフロントになっている建物。

 この訓練施設に立ち並ぶ建物の中でも大きめの部類に入る建物であるため近くに行けば分かるはずだ。しかしここからは少し離れているため少しだけ歩かなければならない。

 それか、この訓練施設をバスが走っているためそれに乗れば良い。

 レイは近くの停留所まで向かい、バスが来る時刻と集合時刻を確認する。そしてバスに乗って行っても間に合うことが分かったので、その場で待つことにした。予定ではもうすぐで来るはずだ。

 テイカーや職員が稀にレイの待っている道を通り、騒音もしない静かな時間が流れる。もしクルガオカ都市にいたのだとしたら5分ほど同じ場所で待機しただけで叫び声、喧嘩、銃声が聞こえることはザラだ。もしかしたら巻き込まれる可能性がある。

 ここは地面にゴミが散らばっていることもないし、人がぶっ倒れていることも無い。さすがは大企業が管理する敷地内というだけある。今ままで見たことがないほどに秩序が保たれている。当然、クルガオカ都市にある上位区画は同じような光景が広がっているのだろうが。上位区画は招待か許可が降りなければ入ることは出来ないため、レイは当然、中の光景をしらないためあくまでも想像ということになってしまう。

 そうしてレイが時々周りを確認しながら待っていると突然、後ろから話しかけられた。


「きみ……」


 消え入りそうなほど小さな声だが、周りが静かなこともあって良く聞こえた。そして突然、話しかけられたこともありレイは一歩前に踏み出して距離を離し、振り向いた。

 すぐにでも戦闘ができる状態。誰かと思い背後を確認してみると見覚えない人物が立っていた。褐色の肌に露出の多い恰好。灰色がかった白色の髪。ピリピリとした緊張感こそ感じないものの少し不気味な感じがする。


「あ、驚かせたかった、んじゃない。ごめんね」


 声量は変わらず消え入りそうなほど。だが何故かよく聞こえる。

 

「い、いや。別に大丈夫だ。何か用か?」


 体勢を整えながらレイが言うと、彼女は僅かに俯きながら消え入りそうな声で答えた。


「うーん。私もなんで呼ばれたのか忘れ……あ、確かAの4棟に行けばいいって……言ってたような、言ってなかったような」


 要領を得ない返答にレイが僅かに首を傾ける。だがすぐに返した。


「A-4なら……」


 レイが頭の中で全体の地図を思い浮かべ、そしてバスの経路を思い浮かべる。


「ここのバスに乗ればすぐそこだ。俺も乗るから一緒に来るか」

「ん、そうする」

「…………」

「…………」


 彼女はレイの横に来てどこかを眺めたまま一言も喋らず動かない。どこか気まずい雰囲気だ。

 今更だがバスに乗ること提案したことを少し後悔してしまうぐらいには微妙な空気。恐らく、彼女はそんなことを気にしてはいないだろうが、レイは少しばかり気にしてしまう。

 意味も無くバスが来る時刻に目を向け、無駄に通信端末を見る。

 そんなレイを察してか察していないのかは分からないが、彼女は突然にレイの方を向いて話しかける。


「きみは……人間?」


 質問の意味が分からずレイが眉をひそめる。そんなレイに彼女は続けて言う。


「…………ん。じゃあ身体拡張者?」


 生態的手術か機械化手術を受けている者は身体拡張者に該当する。ナノマシンによる強化。強化薬の断続的な投与などが該当し、また臓器の機械化や身体の機械化なども含まれ。ただ、少量の強化薬の使用は身体拡張者には含まれず、同時に身体の機械化に関しても全身を占める機械の割合がの5パーセント未満であれば身体拡張者には該当されない。

 なぜ突然、彼女が身体拡張者なのかと問いかけてきたのか疑問が残るものの、レイは一旦、考えてみる。レイは身体拡張者ではない。少なくとも強化薬を断続的に使用していることは無いし、ナノマシンの投与も行っていない。同様に、身体の機械化すらも行っていない。

 だが純粋に100パーセント人間だとも断言はできない。

 中部にいた頃の弊害か、そして西部に来て数々のモンスターと戦い、あの頃の力が戻りつつある。まだ完全では無いにしろ、人間離れした力だ。全力疾走したところで息切れの一つすら起こさず、少しの傷ならば一晩で回復する。ハウンドドック程度であれば生身で倒しきることができ、殴れば装甲に穴が空く。

 生身の人間だとは言い難い。だが身体拡張者の基準に該当しているかと問われれば否である。レイは僅かに、自分自身でも疑問を持ちながら答えた。


「多分……そう、なんじゃないか?」

「……ふうん。そう。そうならいいよ」


 彼女はレイから視線を外してまたどこかを見る。だがそこでレイから問いかけた。


「テイカーなのか?」


 この施設にいるのは職員かテイカーだけ。だが彼女はとてもテイカーには見えなかった。いや、恐らくテイカーなのだろうが少し違うような気がしていた。

 彼女は少しだけ考える素振りを見せてから虚ろに遠くを見ながら答える。


「そう、だけど。たぶん……きみがおもってるようなやつじゃない」

「……そ、そうか。コンペティションには参加するのか」

「こんぺてぃしょん?なに、それ」

「いや、知らないならいいんだ」


 NAK社の訓練施設にコンペティションを理由以外にテイカーがいる。つまりは個人的な関係、用事があって来たということ。何をしにきたにしろ大企業であるNAK社の訓練施設に入れるテイカーというのは限られる。どれだけ些細な用事であったとしてもだ。

 だが今思った疑問について問うのははばかられる。

 レイは敢えて気にせずにバスが来るのを待ち、バスがすぐに来た。

 

「このバスだ」

「ん、わかった」


 レイがバスに乗り込むと彼女もついて乗り込む。そして二人がバスに乗り込むと、目的地に向けて出発した。

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