第190話 指名依頼以来
キクチとレイ、二人が挨拶をするとキクチの方から近づいてくる。そして少し近づいたキクチがレイの横にいるクルスを見て目を見開く。
「おっと邪魔しちゃ悪かったか?」
「いや、そういうんじゃないが……」
ただ見て回ろうとしていただけ。レイがクルスの方を見る。するとクルスはキクチと目を合わせて、僅かに考える素振りを見せてから口を開く。
「いや私は全然大丈夫です」
両手を振ってそう答えるクルスにレイは一応と、言っておく。
「別に
「いや私にも見て周りたいところもありますし、それに邪魔しちゃ悪いかなって。だって私とはいつでも話せるじゃないですか、だけどそちらの方はそういうわけではないんでしょう?」
NAK社の訓練施設にいる人物は限られている。スーツや作業服を着ているならばNAK社の社員である可能性が高く、そうでないのならばこの訓練施設に呼ばれた者の可能性が高い。つまりはテイカーである可能性が高くなる。
加えて、キクチの体躯や体に残る傷。立ち振る舞いなどを見ればテイカーだと分かる。とすればレイとキクチとの関係も容易に想像でき、久しぶりという言葉からも普段は合えない仲であるのが伺える。
それにこの訓練施設にはクルガオカ都市からだけではなく別の都市からもテイカーが来ている。キクチが他のところから来ているテイカーだとすれば、レイと会える機会は限りなく少なくなる。同じクルガオカ都市に住むクルスなんて比にはならないほど。
別にレイと話せる機会はいつでもある。当然、少しわだかまりこそ覚えるものの旧友との再会を邪魔にするわけにはいかない。それに、キクチについて尋ねるなどで話しかけられる機会が増えるのは良いことだ。
計算高く、クルスが考えながら言うとレイは僅かに困惑しながら答える。
「そ、そうか。じゃあどこかで借りは返す」
「そうですかっ。期待して待ってますね。じゃあ私はマルコの邪魔してきます」
ふんふんっ、っと鼻歌を鳴らしながら後ろで手を組んでクルスがマルコの邪魔をしに行く。
言葉の節々に色々と突っ込みたいこと、聞きたいことがあったもののレイは敢えてそれらを無視してキクチの方へと向き直る。するとキクチは頭を掻きながら迷惑をかけたことを詫びる。
「すまねえな、迷惑かけちまったか?」
「まあ……いや大丈夫だと思うが」
「そうか、ならよかった」
キクチが答えるとそれまでの申し訳ないような雰囲気は一瞬で無くなって、にやにやと笑いながらレイの肩に手を置く。
「お前も隅に置けねえな」
何かの勘違いだと、レイはため息交じりに否定する。
「いや、あいつは同じ部隊ってだけだ」
レイの言葉を聞いたキクチが怪訝な顔を浮かべる。というより、予想してはいたものの当たっては欲しくないという気持ちが現れた結果だ。
「同じ部隊……?お前はソロでやってるんじゃなかったか?」
「今回だけ臨時で俺が参加してる」
「今回だけ、ね。それに部隊に参加していて、
キクチが一歩退いてレイに言う。
「お前もコンペティションに参加するのか」
「ああ」
「まあな、分かってたぜ。お前が私用でこんなところに来るとは思えねえ。それに中継都市にいる時だったか、お前の横にいたあの子を見たことがある。その部隊に入ったってことか」
「……そうだな」
「つまりはタイタンってことだな」
タイタンとキクチが所属している丸山組合は互いにライバル関係だ。互いに同程度の規模を持っており、仕事の取り合い、人材の取り合い、成果を競い合っている。二社の溝はかなり深く、マルコやクルスから話を聞く限り、下っ端の構成員は両者の関係を気にしてはいないようだが、経営陣や古株のテイカーの前では名前さえ出せないほどに嫌われているという。
ただアンテラの部隊はそもそも、リアム、レイが外部からの人間で、マルコとクルスもそこまで気にしていない。当然、外部契約であったアンテラは何の感情も持っていない。つまりはアンテラの部隊自体は因縁を持っていないことになる。そして同様にキクチも悪感情を持っていない。当然、訓練生として長い期間を丸山組合で過ごしたキクチは少なからず因縁に似たものを持っている。
だが一時的にとは言え、丸山組合から離れた身であり自分の状態を客観視できている。今更、タイタンと丸山組合との関係について頭を突っ込もうだとか、どうにかしようだとか、そんなことを微塵も思っていない。
レイとキクチは互いにタイタンと丸山組合という関係性だが、特に因縁を持っている訳ではない。だがそれとは別に色々とあるのだ。
「そっちは丸山組合だろ」
レイが言うとキクチは小さく頷きながら、右下の方に視線を向けて答える。
「まあな」
「今回のコンペティション。他の企業も参加してるが、ほぼ
このコンペティションは二社の企業による出来レースだとアンテラは言っていた。その二社とはタイタンと、もう一つは丸山組合だ。同じ業務内容、同程度の規模。NAK社が提携するのは恐らくこの二社の内の一つ。
今まではタイタンと丸山組合はほぼ同程度の組織として存在していた。しかしNAK社がどちらかにつけばその均衡は崩れる。つまりはこのコンペティションで勝ちぬき、提携を勝ち取った企業がこの競争で優位を取れるということ。
それほどまでにこのコンペティションは重要なのだ。
「戦うかは分からないが、その時が来たら、な」
キクチが所属する部隊と競うかは分からないが、もし戦うことになれば熾烈なものとなる。レイは丸山組合との因縁とは関係がないし、コンペティション後の業界のこともどうでもいい。だが、仕事を受けたからには依頼主の希望に沿う形で絶対に成し遂げる。中部のマザーシティで傭兵として仕事をしていた時から貫き通している信念だ。
それは今も昔も変わらない。アンテラからの要望ならばできる限りは答えるし、コンペティションに勝つというのならば全力を尽くす。それがたとえキクチを蹴落とすことになろうが。
レイの言葉を聞いたキクチが笑う。
「っく。そうだな。俺の部隊がどこに配置されるかは分からないが、もしかしたらお前とやれるかもな。そん時は、な」
キクチもレイと同様の思いだ。相手がたとえレイであろうと丸山組合の上級戦闘員として勤めを果たすだけ。組織に所属する人間として感情を捨て去って歯車のようにすべきことを行う。訓練生として子供の頃から叩き込まれている技術の一つ。
相手がレイであろうと、子供であろうとも、たとえ仲間であろうとも、すべてを割り切って仕事だからと考える。機械のような思考、それにノイズが走ったのは、懸賞首を討伐へと向かった際にキクチとフィリアを残して仲間すべてを失った時だけだ。
あくまでも仕事中だけ、しかし今回のコンペティションは二人の仲を険悪にしてしまうかもしれない。
だが、レイとキクチはそんなことを気にしていないように笑う。
「ああ、全力で」
「叩きのめしてやるよ」
全力を出し切って勝った負けたの勝負。結局のところ二人はその程度ぐらいの考えだ。
それに今回の依頼についてレイはキクチがいることが分かっていて、だからこそ依頼を引き受けた経緯がある。当然、キクチが丸山組合に所属していることは分かっているし、どうなるかもわかり切っていた。
だがそれらすべてを考慮した上でキクチは気にしないだろうと、そう結論を出した。
「っは。楽しみに待ってる」
キクチの発言をレイが笑い飛ばし、キクチが応える。
「逃げんなよ?」
「そっちこそな」
「っくっはっは」
キクチが笑う。
そして半身だけを残して振り向いた。
「じゃあな」
「ああ」
キクチとの会話はこんなものでいい。フィリアのこととか、丸山組合でのこととか、そんなものはどうでもよいこと。この程度でいいのだ。
(もうこんな時間か)
壁に埋め込まれた時計に目を向け、集合時刻に迫っているのを確認すると少しだけ早歩きでブースを後にした。
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