第189話 大企業

 次の日。レイはアンテラやリアムなどの仲間と共にNAK社の訓練施設に訪れていた。コンペティションが実際に行われるNAK社の訓練施設だ。ミミズカ都市の中心から外れた場所に存在し、かなりの広さがある。何十棟という施設が立ち並び、それらすべてが訓練施設、また研究施設として機能している。

 立ち並ぶ建物の中にはNAK社の社員が仮眠や食事ができるよう個室の休憩スペースや食堂が用意された施設があり、他にはジムや模擬射撃場、地下二階まである訓練場が存在している。

 バルドラ社やハップラー社には及ばずとも業界TOP10に入る企業だけはあると、そう思わざるを得ないほどに巨大な規模感をしていた。そしてNAK社はミミズカ都市だけでなく、同様の施設を西部の各都市に作っている。当然すべての都市というわけでは無く、現にクルガオカ都市にはない。しかしそれでも十分すぎるぐらいだ。

 これを見た後に桧山製物の訓練場を思い出すと資本力の差を思い知る。もしミミズカ都市にある訓練場と同程度の施設を桧山製物が作るとなれば多数の場所から金を借りて、溜めていたスタテルもすべて使わなければ賄うことができないだろう。

 NAK社という大企業の大きさを物質的に確認し、実感を得たレイは引き気味で笑う。

 そしてマルコはレイ達の感想を代弁するように呟いた。


「す、すご……こ、これとこんぺ……」


 明らかに気圧されている。確かに、数日後にこれほどの施設を持つ企業が主催するコンペティションに参加するとなれば緊張する。それに上手く行けばこれほどの大企業と提携することができるのだ、責任感も付きまとう。

 初めての体験、それもまだ訓練生から卒業したばかりのマルコが気圧されてしまうのも無理は無かった。そんなマルコの頭にアンテラが手を置いてわしゃわしゃと頭を揺さぶりながら歯を見せる。


「そうだぞ~。今のうちに緊張しておけ。本番までは時間があるからな。それまでに慣れろよー」


 マルコに対して変なプレッシャーを与えないよう敢えて軽く言う。いつもならば舐められないよう気張ってけ、ぐらいのことをアンテラは言うが今日は優しい。そしてマルコは「ちょっとやめてください」とアンテラの手を退けようするをしながらそう言っていた。

 その姿を見るに、すでに緊張は無いように見える。

 レイはマルコから目を外し、もう一度施設を見渡す。


(でかいな)


 改めて見てみても覚える感想は同じだ。だが驚きだけではない。別の考えも思い浮かぶ。


(……バルドラ社がいるからか)


 都市は容易く広げることができないため建物を建てられる土地は限られる。故に都市の価格は必然的に高くなる。そうであるのにNAK社がこれだけの広大な土地を得られたのには疑問が残る。いくら資本力があるとしても、元々あった建物や住んでいたいた人との関係で想定の倍以上のスタテルが必要。そして理解や許諾を貰う必要もある。一重に金があれば解決できる問題というわけでもない。

 いくらNAK社が大企業と言えど疑問が残る。だが同時にそうならなかったのには一重にNAK社だからというのが大きいだろう。

 というのもNAK社は二年ほど前に起こった企業抗争により、結果としてバルドラ社の支配下に置かれることになった。そしてバルドラ社は七大財閥にも数えられる企業だ。経済連ともつながりがあり、経済連が運営する都市のことについても実質的に操作することが可能。都市の役員に命令をして土地を開けてもらうことぐらい容易、上手くいかないようならば力づくでも良い。何かあれば握りつぶせば良い。それが大企業であり、弱者の宿命だ。

 NAK社が土地を欲すればバルドラ社が少し動けば手に入れることができる。実際に裏で行われた取り引きをレイは知らないが、ぼんやりとそんなことがあったのだろうと推測する。

 そして一度だけ時計を見たアンテラがレイ達の方に振り向いた。


「一直線に行くのもなんだ。まだ時間には余裕があるし、少し見て回ることにするかい?」


 この訓練施設には社員たちが使う寮や食堂の他に、今回のコンペティションに当たって設営された幾つかのブースが存在している。ブースは基本的にNAK社の製品が置かれており、中には新製品に関する情報が載っていたりもする。そこまで大きなブースというわけではないものの、内容は様々。見て回る価値はある。普段、武器屋で見かけないような希少品や取り寄せなければ手に張らないような商品などが置いてある。

 気に入れば買うことができるし、使用させてもらうこともできる。タイタンに招待された企業だけが受けることができる特権だ。最大限活かしたいものだが、一応、笑いながらアンテラが注意点を述べる。


「まあ見て回るだけで、買う必要は無いよ。当然、私用で欲しいってのなら別に構わないけど、仕事で使う分には必要ないからね」


 アンテラの言葉を聞いたレイとリアムは突然の強気な言葉に少し笑う。そしてクルスは少し遅れて気が付いた。最後にマルコが気が付かないまま首を傾げている。


「どうせこのコンペティションはタイタンうちが勝つんだ。後でいくらでも貰える装備や武器を今ここで買う必要もないだろ?」


 私用で使うのならば買ってもよいが、仕事用で買うのならばその必要は無い。どうせコンペティションで勝ちNAK社と提携するのはタイタンだから、とアンテラは当然のように言う。

 本心からの言葉なのか、それとも虚勢なのか。少なくともコンペティションに勝つという自信はあるように見えた。つまりは本心からそう思って言っているようにレイは感じた。そのためにアンテラの言葉を聞いた時に驚き、そして僅かに笑った。リアムも同じ理由だろう。レイやリアム、そしてマルコやクルスにだって今回のコンペティションで勝つことを第一目標としてお備えている。だがタイタンが勝てるかどうかは実際には分からず。周りの企業が残す成績によっては厳しい戦いを強いられることになる。

 事前にタイタンが選ばれる可能性が高いという事分かってい要るものの、あくまでも可能性が高いというだけで確定ではないのだ。アンテラのように本心から自信をもって発言するのは難しいだろう。

 自分を落ち着かせるための虚勢でもなく、緊張をほぐすための冗談でもない。勝つ、という決意が含まれた言葉だ。レイとリアム、そしてクルスが返す言葉を考えていると、説明されて気が付いたマルコが右腕で拳を作りながら腕を折って胸の辺りに拳が来るようにガッツポーズをする。


「はい!絶対に勝ちます!」


 マルコとて馬鹿ではない。訓練生として一番の成績を収めた優秀な戦闘員だ。アンテラの言葉の意味も、本心から言っていることも分かっている。その上でアンテラの言葉に応えようと、しかし虚飾では無く本心から答えた。

 これまで少なからずその弱気な言動からマルコを『そういう奴』と漠然と思っていたレイとリアムは評価を変える。そして笑いながら「そうだな」とレイが呟き、リアムは「そうですね」とマルコの言葉を肯定した。

 そして慌ててクルスが「当然、私もそう思ってますよ!」と早口で言葉を並べ立てた。


「はっは。一人でやってると返答が返ってくることもないから、なんだか新鮮だな」


 とアンテラが僅かに照れながら振り向いてブースが設置されている建物まで移動する。そして建物の中に入ると30分ほど各自で自由に見て回ることになった。リアムはいつも通り一人で、マルコはアンテラに教えてもらうという名目のもとついて行こうとしていた。残ったレイとクルスは別々で見てもよかったのだが、クルスからの提案もあり共に回ることになった。


「あれ、レイさん?」


 だがブースを見始めてすぐにレイはブースを見て回るどころではなくなった。緊急事態が起こった訳でもなく、逆に予想できていたことだ。それでいて、これがあるからこの依頼を受けたといっても過言ではない。

 ほぼ同時に互いを発見し言葉をかけた。


「よお。レイじゃねえか!」

「久しぶりだな、キクチ」


 指名依頼の際に中継都市の防衛任務について、今は丸山組合の戦闘員になったキクチがそこにはいた。

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