第188話 隠し事

 準懸賞首を討伐したレイ達は交流都市に戻ることは無く、テイカーフロントに一度だけ連絡して討伐したことだけを伝えるとミミズカ都市まで移動した。交流都市からミミズカ都市まではあまり離れているわけではないので、半日もすれば着く。

 レイ達は準懸賞首の討伐を行っていたため予定より少し遅れたものの、ミミズカ都市に22時頃に到着した。そしてまずはホテルへと移動して荷物を置く。そこでアンテラが代表者としてNAK社に到着したことを連絡するためホテルからNAK社の施設へと向かった。

 一方でレイ達はそのままで夕食となった。

 特に部隊で食事を取るようには言われていないので、各自が好きなように夕食を食べることができる。だが、準懸賞首の討伐や移動での疲れもありマルコとクルスはホテルに併設された飲食店で食べることになった。

 その際。二人も一緒に食べるかとレイとリアムは訊かれたが用事があったので否定した。すると二人は「へぇ……外で食べて来るってなんか大人だね」と言って顔を見合わせていた。

 マルコとクルスは訓練施設の中で育った。その中で一般的な教養を教わりはしたものの、知識だけがある状態で経験がない。外でご飯を食べる時もあったが、その時は必ず訓練の時で仲間も一緒に食べていた。レイとリアムのようにホテルから離れて、どこかの飲食店に行くということは無い。訓練生は基本的に指揮する部隊長の命令の元動く。夕食の際は基本的にタイタンの施設で取るように命じられるか、部隊長と共に食べるか、宿泊先のホテルに内設された飲食店などで食べるかだ。レイ達のように『任務中に自由に動いて食事を食べることができる』ことは無い。

 別にマルコとクルスはレイ達と同じように適当な店に入って食べてもよかったのだが、今までの経験が積み重なって頭の中で『外に食べに行く』という選択肢が消失していた。


 レイの言葉を聞いたマルコとクルスは併設された飲食店では無く外で食べることを僅かに考えたが、疲労もあって結局はホテル内の飲食店で食事を取ることになった。一方でレイとアンテラと待ち合わせしている飲食店へと向かっていた。また、そこにリアムの姿は無く、勝手に食べ来るとそういった旨の言葉を残してどこかに行ってしまった。

 そして一人になったレイは少し歩くと目的の飲食店に着いた。それからアンテラが来るまでは少しの空きがあったが、20分ほどで手続きを終えたアンテラが疲れた様子で飲食店にまでたどり着いた。レイは先に入っていたためアンテラは後から店に入って、そして合流することになった。


「ごめんねー。なんか手続きが面倒で遅れちゃったよ」


 特に悪びれている様子は無い。至って普通だ。

 アンテラは席に座るとメニュー表に目を通しながらすぐに食べる物を決めた頼む。そしてある程度落ち着くとメニュー表を置いてアンテラがテーブルの上で手を組みながら口を開いた。


「それで私を呼び出しのはそういうことかい?」

「そういうことじゃない。だが心当たりぐらいあるだろ」

「まあね」


 席に着いた時に運ばれてきた水を一口含んだ後、アンテラが僅かに目を伏せてテーブルを見ながら続けた。


「本体がいることを伏せていたのには理由がある」


 準懸賞首が暴れた際にアンテラは慌てる様子が無かった。それどころか本体がいると分かった際には疑うことをせずにただ頷いているばかり。不確定であったが、アンテラは準懸賞首が危機的状況に晒された際に本体が逃げ出すことを知っていた。

 そしてその予想は今、当たっていることが証明された。レイは単純にその理由を知りたいということもあり口を挟まずに聞く。


「まずはマルコとクルス、二人の成長のためだ。これは別にコンペティションがあるからだとか、そのためだかとかじゃない。二人はいずれタイタンの中で訓練生を指揮する立場になる。私と同じようにな。それに私も正式にタイタンに所属したわけだし、その辺の戦力強化ってのをやっていかなくちゃけない」


 アンテラの話を聞いたレイが単純な疑問を投げかける。


「それは分かったが、それなら本体が逃げることを伝えても良かったんじゃないか?」


 マルコとクルスを成長させるため、という理由は納得できる。準懸賞首との戦闘において部隊を指揮する立場となれば得られるものも多いだろう。だが本体がいることを知らせないのはマルコとクルスの負荷が大きくなりすぎる。レイは彼らがどの程度まで訓練を積んでいるのか正確に分かっていないが、それでも準懸賞首との戦闘で予想外の事態に晒されて正確な指示判断ができるとは思えない。

 それすらも成長させるためのものであるとしたら、レイから言う事は何もないのだが、それは二人を買い被りすぎるような気もする。そしてそれにはアンテラも頷いた。


「本来、二人は気がつけると思って伝えなかったんだけどね。買い被りかな?」


 だが、一応そのことについては否定しておく。


「いや。経験が足りないだけだ。ああいうのは知識だけじゃどうにもならない」


 レイの言葉を聞いたアンテラが目を見開いて頷く。


「そうだね。経験、知識、そういったものが二人には足らなかったのかもしれないね。じゃあ質問だ」


 アンテラは僅かに身を乗り出してレイに顔を近づける。


「レイ、君はなぜ本体がいる可能性に気がつけたんだい」

「……そうだな」


 気がつけた理由にしても様々な要因が重なっている。準懸賞首が回復を止めて攻撃にすべてのエネルギーを集中させたこと。まるで何かを隠すように大きく動いて目を惹く行動をしていたことなど。様々な違和感が積み重なり、不信感となりやがて一つの結論を導き出した。だがそれには未確定な情報や推測、憶測が多分に含まれており完璧な予測ではない。しかしレイはそれが確かである確信を持っていた。それは決して合理的思考から導き出されるものでは無く、経験や知識から導き出されたものでもない。どちらかというとそれらすべてが積み重なり蓄積されたすべてが導き出した結論だ。

 レイは僅かに言いよどみながらも答える。


「……勘だ」


 勘。合理的思考からかけ離れたただの直感だ。信じるに値しない不安定な、しかし確信めいた予感をさせる無駄な考え。だがレイはそれに従った。本来、テイカーには合理的判断が求められる。状況から危機を割り出し、事前に回避する。遺跡ではそれができなければ生き残れない。だからこそ勘だとか直感だとかの不安定なものに身を委ねることは出来ない。

 だが、アンテラはレイのその発言を笑って肯定する。


「だろうね。一見、勘ってのは信じるに値しない不安定なものように思うけど、その実態は、私は違うと思っているよ。そして私は『勘』こそがテイカーに求められる最たる能力だとも思っている」

「……そう、なのか?」

「今回の作戦においてマルコやクルスには無くてレイとリアムにはあったものがある。それが『勘』だ」


 テイカーに求められるのは絶対的なまでの合理的な思考。あらゆる危険を想定し、作戦を組み立て、冷静に脅威に対処する。頭を回し、物事を慎重に評価し、行動に移す。テイカーは慎重すぎるぐらいが、合理的すぎるぐらいがちょうどよい。事実、タイタンも訓練生にそう指導してきた。しかしテイカーとして成功するのならば、一人前になりたいのならば直感や勘といったものを使いこなさなければならならない。

 ただこの場合において求められるのは漠然としたただの直感ではない。これまでに何千回と行ってきた合理的判断と知識、経験が無意識の内に導き出す最適解のことだ。

 レイとリアムは長い間、モンスターと戦闘してきたこともあってその経験は膨大だ。あらゆる状況に出会い、作戦を組み立て、対処した。深い知識があり優れた思考力もある。

 そうして一つ一つの経験が積み重なり、蓄積するといつしか考えずとも『勘』や直感といったもので最適解を導き出せるようになる。また、長く生き多くの経験すればするほど『勘』の精度も高まっていく。レイとリアムは多くの経験から、その『勘』の精度が高くなっており今回の件についても気が付くことができた。

 一方でマルコとクルスは多くの訓練を積み、モンスターと戦ってきたもののレイやリアムと比べると少ない。故に経験が蓄積されておらず『勘』の精度が高くない。だが今回の準懸賞首討伐においてマルコはその一端を見せた。


「だけどマルコがやっと直感に従ってくれてよかった。あいつは頭が固いから、要らないことを頭の中でこねくりまわす。まあこれで目論見は3割達成できたかな」


 マルコは多くの不確定要素がありながらも最後、本体が逃げていることを『勘』という不確かな存在を元に信じ、作戦を組み立てた。マルコが『勘』に従って動いた。当然、合理的な判断も必要となるため『勘』だけを頼りにしていたら駄目だが、準懸賞首との戦闘のような特殊な場合においては必要になる。

 今回はマルコが『勘』を使えたことで最低限、目標た達成できたとアンテラが笑う。


「迷惑をかけてすまなかった。君たち二人に話しても良かったんだけど、一応、二人の実力を見るためにもね。それで、リアムはどこにいるんだ?」

「どこかに食べに言ってる」

「あれ、てっきりそのことについて私に小言の一つでも言ってくると思ったんだけどな」

「するだけ面倒だ。それに代わりに俺がしただろ」

「あ、そういうことね」


 アンテラが答えると共に料理が運ばれて来る。そして話題を切り替えたアンテラは、食事を食べ進めながら今回の依頼について話し始めた。

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