第187話 本体討伐

「あ―――レイさん!」


 マルコが走り去っていくレイに手を伸ばしながら言う。しかし車両が走る音と発砲音によってかき消され届かない。ただ、届いていたとしてもレイがマルコの言葉を聞いていたかは不明だ。恐らく、レイは部隊長であるマルコの言うことを素直に聞くだろうが、本体の存在に気がつけなかった未熟さがある。

 無駄に指示して事態が悪化する可能性があり、マルコが部隊長としての任を全うできているかは疑問が残る。だが、今はそんなことを気にしている場合では無いと、リアムが一度だけアンテラの方向を訝しげに見て、マルコに声をかける。


「反省は後です。今はレイさんのサポートに回りましょう」

「サポートって……」


 サポートに回ると言われても難しい。まずどのようにサポートをすればいいのか。単純に敵の武装、行動を無力化するのならばマルコやクルスは訓練でしてきているため余裕がある。だが、別ならば慣れていないマルコやクルスでは難しいかもしれない。


「敵の武装を無力化しながら、レイさんが通れる道を確保することです」


 レイが攻撃を受け続けないように準懸賞首の体から生えた機関銃や大砲を処理する。それに加え、本体が逃げているであろう後方部へと最短の道のりで向かうためにモンスターに穴を開けたり、僅かな隙間を作ることが求められる。

 今の装備ならば可能な作戦だが、それ以前の問題がある。


「リアムさん。本当に本体が逃げてるんですか。ここからだと……」


 準懸賞首の本体が本当に逃げているのかまだ分かっていない。準懸賞首の巨大すぎる体格からその背後を確認することができず、また断続的に攻撃を仕掛けられ、大きく移動するために上手く回り込むことができない。

 それ故、本当に本体が逃げているのか分からない。もし本当に逃げているのならば重要なことだが、もし本体などいなかったのならば無駄足になる。少なくともレイが危険を冒す必要は無い。

 そして別の討伐方法もある。まだ本体が逃げていると確定していないのに、リアムの言った作戦を行うのは危険がある。部隊長として当然、むやみやたらにリスクを取ることができないマルコの選択もまた正しい。あらゆる事態を想定して作戦を組み立てなければならないのだ。

 そして今回の件に関してはマルコの言っていることが合っている。合理的に考えるのならば車上から準懸賞首を撃ち続け、討伐する方が良い。この際に『本体が逃げている』という可能性については考えず、あくまでも確定している情報だけを用いる。

 そしてこの判断はマルコとしても部隊長としても間違っていない。責任を負う立場であるマルコが不合理且つ不確定要素の多い選択を取ることができない。しかしそれはテイカーとして間違っている。


 合理的に判断するのならばいますぐにでも否定するべき。

 未確定な情報が多すぎる。

 だが。

 直感を信用する。


「分かりました。レイさんの援護に回しましょう」


 合理的な判断をすればこの選択は危険でしかない。しかし直感がそうではないと訴えていた。マルコは慎重な男だ。あらゆる危険性を考慮し、それが確実に排除される、また排除できるまで行動には移さない。 

 その病的なまでの慎重さがマルコの行動原理そのものだ。

 しかし今回だけ、それらを裏切って直感に従った。それにはレイやリアムという経験と知識がマルコより上のテイカーが二人もいたこと、二人が揃って『本体が逃げている可能性』を考慮したことなどに加えて、マルコ自身の直感が『本体が逃げている可能性』を僅かに肯定したためだ。


 そしてマルコが了承すると共にリアムはレイの援護へと移り、クルスもそれに続く。一方でマルコは思考を巡らせていた。

 どのようにレイをモンスターの後方部分にまで到達させるか。


(胴体を撃ってぶち抜く。修復しないからいけそうだけど……無謀かなあ)


 それか体勢を崩して出来た僅かな隙間をレイに潜ってもらうか。


(……でもそれしか方法がない。レイさんには頑張ってもらうしかない)


 マルコが結論を出すと指示を開始する。


「リアムさんとクルスは引き続き敵武装の排除を、僕はモンスターの体勢を崩して隙を作ります」


 マルコが擢弾発射機を構える。


「レイさんが準懸賞首に接近したら敵武装の排除から穴を開けることに移ってください」


 慣れていないためどこか慣れていないが、それでも二人には完璧に伝わった。そして三人が作戦通りに各々が自身の役割を果たす。リアムとクルスがひたすらに敵の武装を排除し、レイへの攻撃を事前に防ぐ。一方でマルコは作戦を成功させるための事前準備として擢弾を準懸賞首にぶち込んでいく。

 マルコ達の攻撃が加速すると共にレイもバイクの速度を上げて移動する。格納式のバイクとは言え性能は十分。荒野を跳ねながら高速で準懸賞首の元まで近づく。途中、機関銃や大砲によって攻撃されることもあったが、強化服を前に意味を為さない。

 そしてレイが準懸賞首の近距離にまで接近すると共にマルコが声を上げる。


「お願いします!」


 瞬間、リアムとクルスが擢弾発射機を構える。そして引き金を引いた。撃ち出された弾丸は外れることは無く、準懸賞首へと着弾する。着弾した、だけではない。マルコは事前に、準懸賞首の体勢を崩しやすくするために足元ばかりを撃っていた。単に穴を開けたいからではない。できるだけ足と地面が接着している部分を減らし、体勢を不安定にするためだ。

 そしてマルコの合図と共に何十発という擢弾が不安定なった足元へと放たれる。爆発によってモンスターに穴を開けることは、この短時間に叶うことは無かったものの目標を達成することは出来た。

 モンスターが倒れ行く。体勢を持ち直すために機械部品を動かして地面に突き刺す。そしてもう一度、道を塞ぐように広がる。だがその際にできた一秒にも満たない時間、マルコが作り出した僅かな隙間。最高速まで速度を上げたバイクは、レイはその隙間を通過した。


 ◆


 砂塵を巻き上げながら一台のバイクが走っていた。敵からの攻撃を切り抜け、避け、弾き返し、さらに速度を上げる。ただ一点のみに向かって、まるで戦闘機かとそう思ってしまうほどの速さで突き進む。

 だがこのまま行けば準懸賞首の巨体に衝突してしまうだろう。強化服『エニグマ』の防御力もあり死に至ることは無いが、それでも負傷はする。だが地を駆けるバイクはさらに速度を上げて突き進む。

 それに呼応するようにして準懸賞首に爆撃が叩き込まれる。バイクに乗っているレイは少しだけ口角を上げながらその事実を知覚すると同時に、バイクのリミッターを外した。

 リミッターを外した場合、一度でも停止すればその時点で動かなくなる。修理することで再度、起動できるようになるものの現状は無理。つまりは立ち止まった瞬間にバイクが止まるということ。だがその代わりにバイクは本来定められた制限を越えて速度を上げる。

 バイクは空を切って突き抜けた。

 一瞬で準懸賞首との距離を詰め、肉薄する。だがそれと同時に仲間からの爆撃が激しくなった。それまでは無かった隙間ができる。だがとても僅か、人ひとり通り抜けられるかという具合。そしてその僅かな隙間でさえ一瞬しか出来ない。

 僅か1秒に満たないほどの瞬間。唯一、準懸賞首の背後へと繋がった通路をバイクは駆け抜ける。途中、機械部品を弾き飛ばしながら、体をねじ込みながら。

 

「――――っく―――よし!」


 小さな穴を潜り抜けたレイが、速度を上げるためにバイクと密着させていた体を起こす。空気抵抗を全身に受けながら前方を見渡す。

 抜けた先は先ほどまで視界を埋め尽くしていた銀色の機械部品だけが見えるものとは異なり、どこまでも続く荒野が映っていた。そして、どこまでも広がる地平線の先に凹凸が見える。四肢を持った本体が走っている。


 仮定は合っていた。モンスターは本体を逃がしている。レイは僅かに口角を上げ、もう一度、バイクと体を密着させ速度を上げる。すでにエンジンが悲鳴を上げていた。

 だが本体に辿り着くまで持ってくれればいい。レイはその思いでさらに速度を上げていく。地平線の奥に見えていた本体との距離を一瞬で詰める。そして肉眼で本体の細部まで確認できるようになると、レイはバイクから体を離し、背負ったMAD4Cを手に持った。

 そして機構をMOD2に合わせると引き金に指をかける。

 同時に、エンジンが悲鳴を上げた。

 本体とはすでに弾が届く距離まで来ている。だがあと少し。確実に殺しきるためにはもう少し近づかなければならない。


(もう少しだ、持てよ)


 これだけ速度を上げたのだ。方向転換ができず、少しの進路変更すらも出来ない。このまま本体へと突っ込むだけだ。


 一瞬の出来事。MAD4Cを手に持ったレイが10秒ほどで本体と肉薄すると共に、バイクはモンスターの後ろ脚にぶつかり大破する。乗っていたレイは勢いのまま空中へと投げ出された。


「完璧だ」


 目論見通りだと笑う。空中で体勢を整えたレイが上空から本体に向けてMAD4Cを構える。

 狙わずとも当たる距離。撃ち出された弾丸は本体の全身に覆いかぶさるようにして広がり、着弾する。準懸賞首の本体ということもあり硬い装甲の上に微弱な電磁装甲が張り巡らされていた。

 しかし散弾は、いやMAD4Cの為に作られた専用弾はもろともせずに撃ち抜く。そして専用弾がめり込み、貫通する際にモンスターの内部で火炎を上げながら爆発する。

 たった一回、引き金を引いただけだがモンスターの内部機構は専用弾の爆発によって破壊され、著しい性能の劣化を引き起こす。だがそれだけでは無い。レイが専用弾の他に用意した、念の為の策。


 一発目の散弾が撃ち出された後、次の散弾が撃ち出される。この際、一発目と二発目が撃ち出される間隔は無いに等しい。突撃銃や短機関銃のような連射速度。MAD4Cは散弾銃でありながら同等の連射速度を有している。

 本来ならば単発の散弾銃だ。しかしレイはこの作戦に参加する前、桧山製物にオプションの追加を頼んだ。MAD4Cに使われている部品を全体的に高品質、高性能、良個体のものへと変更。内部機構を変更し、突撃銃のような連射速度で撃ち出せるようにオプションを追加しての改造。加えて使用弾倉の対応幅を増やし、拡張弾倉にまでも対応するよう変更された。


 それまで強力な武器であったMAD4Cだが、今回の改造を経てさらに強化された。

 当然、散弾銃であるため拡張弾倉を用いたとしても突撃銃のように多くの弾丸を撃ち出すことは出来ない。だがその代わりに短時間で圧倒的なまでの破壊力がある。


「まあ、こんなもんか」


 レイが拡張弾倉を撃ちきった後に残っていたのはすでに動かなくなり、ただの機械片となってしまったモンスターの本体だった。レイが空中へと投げ出され、モンスターを殺すまでのその間、わずか3秒ほど。

 空中で本体を殺し終わったのを確認したレイが地面へ叩きつけられる。だがすぐに立ち上がり、最後にもう一度、本体を殺しきったのを確認した。


「――楽しかったぜ、中々な」


 達成感を覚えながらレイが笑う。そして未だ暴れている本体の抜け殻を始末するためにMAD4Cの弾倉を交換した。

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