第183話 スラム育ち

 レイは助手席で後ろから聞こえてくるアンテラの声を聞いていた。怒っているというわけでは無く、ごく自然にいつものように喋っている。だがどこか圧を感じる声だ。


「マルコ、クルス。擢弾を使い過ぎだ。お前らタイタンが弾丸代を持つからいいけどな。もし自腹で買うんだったら馬鹿にならない金額だ。それをこう何発もぼこぼこ撃って、弾も金も無限に湧き出て来るわけじゃないだ。注意しろ。それにソロのテイカーは弾丸も自分持ちだ。組織にいるってことはそこら辺のことを気にしなくてもいいが、使う弾丸数、費用、それらに配慮してこそ完璧だ。当然、なりふり構っていられない時はその限りではないが、今回は適応されない。まあ、作戦自体は良かった。単純だが分かりやすく効果的。だが費用と損害を考慮していない点を含めると60点だ」


 かなり辛口の評価だが、ミスが命に直結するテイカーという職業柄、些細な間違いやミスには最大限の注意を払わなければならない。今回の場合は命に直接つながるようなミスでは無かったにしろ、どこかで間違いを犯せば別の場所でミスをしてしまうのは良くあることだ。

 命に直結してしまうミスをしてしまう前にこういった些細なことに注意を払えるようにすることで、事前に防止することができる。故に辛口の評価なのだろう。


「ちなみにだが、擢弾一発当たりの値段知ってるか」


 アンテラの言葉に対して二人はゆっくりとどの程度なのかアンテラの顔を見て探りながら答える。


「えっと……5000スタテルぐらいです……かね?」

「4000スタテルぐらいです」


 助手席にいても後部座席から感じる雰囲気が変わるのを感じる。


「1万2000スタテルだ」

「あ」

「……」

「お前ら何発撃った」


 完全にマズイ流れだ。レイは後ろの方に傾けていた耳を戻して我関せずといった態度に変える。そしてそれと同時に隣でハンドルを握っていたリアムが呟く。


「……昔、上官にあんな風に怒られてたことを思い出して肝が冷えるよ」


 リアムもまた企業傭兵。何歳で企業傭兵になったのかだとか、訓練を受けたのだとかのことは全く持って分からないが、言葉から察するにクルスたちと似たような経験があるのだろう。

 苦い過去を思い出しのかリアムはため息を吐いて疲れた様子だ。レイはマザーシティにいた時から這い上がるのも、立ち上がるのも、成り上がるのもすべて一人だった。

 指導してくれる者はおらず、逆に嵌めてくるような大人ばかり。嘘と裏切りと、腐敗と慣習が混じりあった歪な社会の中で育ってきた。ミスをすればすべてが自分に跳ね返って命が危ぶまれる。叱ってくれる大人はおらず、正解まで導いてくれる教師はいなかった。

 故にこういった現場はレイにとって珍しく映る。

 二人とアンテラの関係やリアムの経歴。レイにとっては知っているものの経験したことが無いものばかりだ。


「気になりますか」


 レイの考えていることが分かるのかリアムが呟く。レイは苦笑しながら返した。


「人並みにはな。経験したことが無いから珍しくて、気になるのも仕方ないだろ?」

「経験したことが無い……ですか。すべてが独学ということですかね」

「そうだな」

「独学でそれほどの……確かテイカーになってから一年ほどと先ほど聞きましたが、その前は何をしていたのですか?」


 当然の疑問。レイの射撃技術や判断能力は一年そこらで形成されたようなものでは無い。何十年と、毎日のように撃ち続け、殺し続け、決断し続けた者のような歴史を感じる技術だ。

 テイカーになって数年と経ってたのならばこれらの技術が身についていても不思議ではない。しかしレイがテイカーになったのは約一年前のこと。これほどの技術が一年で身に付くことは考えづらく、テイカーになる前に何かをしていたと考えるのが妥当。

 それこそ企業傭兵のような何かだ。

 

「……テイカーになる前は建設業で働いていた。立山建設だ、分かるだろ?」


 リアムがレイの瞳を覗き込む。そして僅かに驚いたような表情をした。


「へぇ……本当なんですね」

「分かるのか?」

「ええまあ。では立山建設に勤める前は何を?」

「スラムが俺の生まれだ。そこで毎日クソ食って育った」

「……これも本当……いや嘘と真実が混ざっている? それか意図的に重要な部分を省いている?」


 リアムがさらにレイの目を見つめる。レイは僅かに引きながらリアムを遠ざける。


「なんだ。目を見たら分かるのか?」

「昔から、得意なんです人の考えを読むのが。レイさんは考えを隠すのが得意なんですね。私でもよく分かりません。それもスラムで育ったからですか?」

「……その辺は聞かれても分からないな。自分でも分からないことぐらいあるだろ」

「…………確かに、そうですね。しかしレイさんは自分のことがよく分かっているんじゃないでしょうか? というより、分かってはいるけど理解するのが嫌だから目を逸らしている状態、と言いますか。言語化が難しいですね。なんでしょう、これは」

 

 さらに身を出してレイの瞳を覗き込む。さすがにとレイはそれを止めて前を向かせる。


「運転手はあんただろ。あんま目を離さない方がいいんじゃないか」

「今は自動運転です。相当の事が無い限り私は必要ではありません」

「……分かった。言い方を変える。こっちが困るから面倒なことはやめてくれ」

「ふうん」


 鼻を鳴らしてリアムが答える。そしてハンドルを握って前を見たままレイに最後の疑問をぶつける。


狙撃銃それ使えるですね」

「テイカーなら他の奴らも使えるんじゃないか?」

「へぇ……遺跡探索でも使うんですか? 狙撃銃」

「いや、基本的には使わないな。巡回依頼や今みたいな特殊な状況下だけだ。だから全員が使えるってわけじゃないと思うが、俺だけが特別ってわけでもないな。一年近くやってるが狙撃銃を使えるテイカーとは数え切れないほど会ってる」

「訓練を積まなくてもですか」

「そこら辺は分からないな。中には企業傭兵出身のテイカーもいるし、そこで訓練を積んでる可能性がある。ただ突撃銃が使えれば後は延長線上で、狙撃銃も使えるじゃないか?」

「え、そんな簡単な感じで? 突撃銃と狙撃銃じゃ全然勝手が違いますよ」


 マザーシティの大規模スラムという厳しい環境の中で生きて来たこともあって、貪欲に使える物ならばなんであろうと使ってきた。拳銃だろうと突撃銃だろうと散弾銃であろうと狙撃銃であろうと、時にはボファベットやレーザー銃などの色物も必要であるのならば使ってきた。

 レイからしてみれば気が付くとすべての武器が高水準で扱えるようになっており、特別な訓練を積んできたわけじゃない。ただがむしゃらに生きてきただけだ。

 だがレイの感覚がおかしいということは当然にありえる。故にレイの返答は戸惑いが混じっていた。


「そう、なのか」


 そしてリアムも首を傾げたまま戸惑いながら返す。


「え、そうなんですか?…………まあ、そうなのかな……そうかも」


 そして勝手に納得すると前を向き直る。


(……大変だな)


 リアムの質問に答えるのは何故か疲れる。慎重に言葉を選んでいるからかもしれない。

 ただこれで一旦会話は終わって、レイも少しだけゆっくりすることができる。気が付くと空は赤くなってきており、ミミズカ都市に着く前に泊る最後の交流都市が近づいて来ていた。


(あと少しか)


 座席に体重を預ける。

 そして会話が終わった頃、気が付くと背後からしていたアンテラの説教は聞こえなくなっていた。

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