第182話 不穏なマルコ

 昼食を食べた後、運転手はレイから変わってリアムになった。助手席にはアンテラが座って何やら話している様子だ。一方で後部座席にはレイ、マルコ、クルスの三人がいた。

 

「レイさん、これあげます」

「あ、ああ。ありがとう」


 運転席にいたため食事ができず、遅めの昼食を取っていたレイにクルスが水の入ったボトルを渡す。僅かに立ち上がってボトルを受け取ったレイが手に持っていた携帯食料を折り畳み式テーブルの上に置いてボトルの中身を半分ほど一気に飲み干す。

 そしてボトルをテーブルの上に置いて携帯食料を手に取る。何度も食べ慣れた味。特別美味しさを感じるわけでもなく空腹と栄養を満たすためだけに設計された食べ物だ。

 一般的にはあまり美味しくないという評価を受けているものであり、車両には他にもそれなりの食べ物があるというのにレイは何故か食べている。レイを見ていたクルスは首を傾げ、同じく携帯食料を取る。


「レイさん。それおいしいですか?」

「美味しいんじゃ……ないか?」


 自分の舌に自信が無いレイは曖昧に答える。しかし時間が無い時に食べるような物をわざわざ暇な移動時間中に食べている。「そんなに美味しかったかな」と呟きながらクルスが一口食べる。

 そして首を傾げながら口を閉じて悩んだような表情を浮かべた。


「食べられないってことはないですけど、好んで食べるような物じゃないですね。これ」


 遺跡で食べれる食べ物をコンセプトに設計されたこともあり風味は無く、素材の味しかしない。つまりは必要な栄養を満たすためだけに配合された塩味や苦み、酸味などの味がする。とても調合されたような味では無く、風味も完全に無いため匂いで紛らわすことも出来ない。

 不思議と食べれる程度の味をしてはいるが、あくまでも『食べれる』だけ。好んで食べるような物ではない。少なくとも、他に美味しい食べ物があるこの環境下においてわざわざ選択するような物じゃない。

 一度封を開けてしまったためクルスは一応、すべてを食べる。しかし食べ終わった時の表情はもう食べたくないという意思を強く感じさせていた。一方でレイは特に気にせずに食べ終わり、モンスターが来るまでの間はゆっくりしていた。

 そんなレイの横でクルスが携帯食料の包み紙を捨てながら少しだけ頭を下げる。


「レイさん、今回の作戦に参加してくれてありがとうございます」


 人員がおらず、そこにレイが参加したのならば感謝される理由も分かるが、この依頼においてはレイの他にも頼める人材はいた。レイよりも優秀なテイカーもいただろうし、クルスたちと関わりの深い者もいる。依頼を引き受けて感謝される理由がレイには分からなかった。


「なんでだ?」

「知らない人が何人もいるとやりにくいですから」

「俺以外に入って来るにしても全員実力者だろ? だったらすぐに連携できんじゃないか?」


 リアムがすぐに連携できたように、そしてそれにクルスたちが対応できたように。タイタンのような組織で訓練を受けたのならば知り合いでない他人ともある程度は連携が取れる。当然、例外はいるものの、ほとんどは簡単な意思疎通ぐらいは誰でも行える。

 わざわざレイである必要は無い。しかしクルスは否定する。


「ええ。できますよ。だけど精神的なものです。『やれる』と『やりたい』はできるだけ一致してた方がいいじゃないですか」


 クルスは確かに連携することはできる。それは訓練を受けてきてどんな状況に対応できるように『やれる』実力がついているからだ。しかし共に作戦を行いたい相手、状況など『やりたい』ことはいくらでもある。

 できるだけ『やれる』ことと『やりたい』ことが一致していた方が精神的にも楽。それでいて実力も発揮しやすい。故に今回はある程度の実力が分かっていて、人間性なども表面上だけだが分かっているレイだからこそクルスは安心できた。

 レイは他人と連携したことや組織で動いたことがあまりないため頭の中に無かったが考えてみると当たり前のことだ。レイが納得したように頭を僅かに縦に振ると、クルスは快活な笑顔を浮かべて応える。


 実に奇妙な空間。だが後部座席ではレイとクルスの周りよりさらに異質な空気を放つ場所があった。

 レイが横目でマルコのいる方向を見る。椅子に座って貧乏ゆすりをしながら神妙な面持ちで何かを考えている。クルスによると通常通りで気にしなくても良いらしいが、それでも気になる。


「大丈夫なのか?」

「まあ少ししたら元通りになりますよ。嫉妬深いというかなんというか。ああいうのがストーカーになるんですかね」

「……?何の話だ?」

「私が話さなくても分かりますよ。それにあの調子だったら自分が言うんじゃないですか?」

「……そ、そうなのか」


 よく分からないが、一旦そういうことにしておいたレイが取り合えずで返答する。そしてその時にちょうど、アンテラからモンスターが接近していることを伝えられる。

 

「行きましょうか」


 アンテラの声にマルコとクルスの二人が返事をして、すぐに切り替えて後ろの方へと移動する。同じようにレイは狙撃銃を抱えて移動した。リアムが使っていた物とはまた別の狙撃銃だ。レイが使いやすいよう調整してある。

 レイはMAD4Cも持ってきているためそちらを使ってもよかったが、遠距離の専売特許は狙撃銃だ。いくら性能が高くともMAD4Cでは役不足。レイはすでに調整を完了させていた狙撃銃を持って荷台の後ろまで移動する。そして遠くから猛スピードで距離を詰めて来るモンスターを見て呟く。


「多いな」

「同感です」


 レイの呟きにクルスが同意する。事実、モンスターの数が多い。軽く数えてみても30体以上はいる。その後ろに重なって見えないがさらに多くのモンスターが控えている。

 少し面倒だ。

 レイがそう考えながら対処に移ろうとする。しかし途中で動きを止めてマルコやクルスに訊いた。


「指示はあるか」


 レイよりもクルスとマルコの方が上の立場だ。最善の行動が分かっていたとしてもあえて自分からは動かずに二人の指示を仰ぐ。本来の戦闘ならば指示など仰がずに各自がある程度の意思疎通を一瞬にして行い、最善の行動を取る。指示を仰ぐ暇がないからだ。しかし今回は僅かにだが時間がある。アンテラからは、戦闘になった際にマルコとクルスに指示を仰ぐように言われている。

 レイはそれに従ったまでだ。

 レイの言葉にクルスが僅かに言葉を詰まらせる。しかしマルコが一瞬で指示を出した。


「まずは僕が擢弾発射機こいつを撃ち込んで数を減らします。そしたら狙撃銃での殲滅をお願いします」

「了解」


 これでもマルコは訓練生の中では主席。総合力ではクルスに劣るという評価ではあったものの、こと戦闘面に関しては誰よりも評価された男だ。対応は迅速且つ的確。レイは短く答えるとバイポットを展開し狙撃銃を固定する。

 その僅かな間にマルコは擢弾発射機をモンスターに向けて撃ちこむ。引き金を引くと小型爆弾が高速で放たれ、宙で弧を書いてモンスターに直撃する。かなり離れているというのに狙いは正確だ。

 最も効果的な場所に撃ち込んでいる。そして10秒ほど遅れて擢弾発射機の準備を完了させたクルスも参戦し、モンスターが数を減らしていく。そこにレイの射撃も合わさる。

 爆撃の間を縫って飛翔する弾丸が爆撃を受けた尚、生き残っている比較的装甲の分厚い個体を撃ち砕く。ひたすらに殺し損ねた個体を狙い続け、100を優に上回っていたモンスターは一瞬で数えられるほどまで減る。

 ほぼ近づけさせず、モンスターを殺しきる。完璧な結果を残し、レイ達はモンスターを殲滅した。


「終わりましたね」


 少し汗をかいたクルスがレイに礼を言う。続けてマルコも少し俯きながらも感謝を述べる。


「ありがとう、ございます」

 

 レイはその言葉に応えるように立ち上がった。


「こっちも助かった。ありがとう」


 立場上は部下だとしてもレイはたった一人で駆けあがって来たソロのテイカー。積み上げた実績は申し分なく、実力は一級品。たとえお世辞だとしてもそのレイから素直な感謝を述べられれば二人の表情は自然と緩んでしまう。


「っへへ。ありがとうございます」

「助かりました」


 クルスはわざとらしく頭を掻いて、にやけながら答える。そしてマルコも心からの感謝を述べた。

 また、モンスターの対処が終わると車両が徐々に減速し始める。そして完全に停止すると助手席からアンテラが降りてきて後部座席の方へと移動する。


「レイ。ちょっと助手席の方をお願いできるか」

「……分かった」


 アンテラの表情、声色はいつもと変わらない。しかしどこか違う。その変化にはレイだけでなくクルスとマルコも気が付いており、褒めてもらう気で緩んでいた表情が僅かに強張っている。

 必死に弁明とどこが悪かったのを考えているような様子だ。

 

(……まあ、そうなるか)


 アンテラの変化の原因に心当たりがあるレイは、巻き込まれないよう気配を消して助手席へと移動した。

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