第181話 自由と代償
モンスターの殲滅はすぐに終わった。リアムの狙撃技術にこそ圧倒されたもののクルスとマルコはタイタンで訓練を積み、一人前の戦闘員として認められた実力者。前ならば戸惑っていただろうが、今は遺跡探索すら行うことができる。荒野での戦闘は無限に逃げ道がある分、そしてモンスターとの距離が取れている分、精神的余裕がある。
二人は訓練通りの対処でモンスターを殲滅した。
ひとまずは実力を出し切れたことに安心しながら二人は座席の方に戻ってアンテラから反省点などを伝えられる。そしてまたモンスターからの襲撃があり、その対処へと駆り出される。部隊はマルコとクルスだけではない。リアムもいる。ただリアムは二人の身の丈に合わないほどの実力を持った部下だ。その扱いは難しく、二人は戸惑いながらも最適な指示を出して事を終えることができた。
その後、何回かモンスターからの襲撃を受けるのみで特に何事も無く昼を越えた。そこでレイが運転を代わり、アンテラが座席の方へと移動する。主にリアムとの連携を図るためにわざとレーダーに映ったモンスターの方へと移動するようレイにアンテラが注文していたこともあり、昼の後は必然的にモンスターとの戦闘が多くなった。だが一方でレイは一日中、助手席か運転席に座っていたため戦闘を行っておらず、どのくらい連携できるのかがまだ分かっていない状態。
そしてその後、レイが戦闘を行うことは無く中継都市に到着してしまった。
さすがに二か月も経っていると中継都市の街並みはレイが知っているものから大きく変わっていた。ファージスの分体によって破壊された壁はすでに修復され、高いビルが何棟も立っている。以前よりも遥かに発展した様子だ。レイ達はタイタンが用意した車庫に車両を預けると、タイタンが事前に取っていた部屋に泊ることとなる。だが部屋に荷物を置いてすぐに休めるというわけでは無く、作戦会議のようなものや夕食を取る時間がある。
夕食に関しては自由にとってもよいが、アンテラの部隊はタイタンが派遣した他の二部隊と異なって新しく作られた部隊だ。わざとモンスターと戦ったように連携を深める必要がある。軽く話し合うのならば食事の時が最も都合良い。それに作戦会議の後に夕食を食べるのだから色々と都合も良い。
作戦会議を終わらせたレイ達は適当な店に入って食事をした。食事が終わると宿へと戻ってすぐに明日の準備を始める。明日も朝からの移動となる。しかしレイが準備を終えて寝た頃にはすでに日を跨いでいた。
次の日。レイは早朝の運転を任された。運転すること自体をレイは苦に思っていないが、交代制と言っていたアンテラの言葉はどこかに行ってしまったようだ。ただ、これにも訳があり、レイも当然に把握している。
運転席に座るレイの隣――助手席に座っているのはリアムだ。昨日の作戦会議や食事の際にレイがリアムと話すことはほぼ無かった。このままでは意思疎通が十分でなく、何かの支障が生じるかもしれない。そう思ってアンテラが―――余計なおせっかいかもしれないが―――わざわざレイを運転席に、リアムを助手席に座らせた。
ただ、別に隣なったからと言って話すことも無い。レイはリアムのことを少しばかり知っているし、リアムもレイの事に関しては聞かされている。加えて、レイやリアムは結局のところ、互いを知らずともこれまで培ってきた経験や知識から連携することは可能だ。
容易ではない。というだけで一定の水準を満たすことができる。同様にマルコやクルス、アンテラであっても練習無しに合わせることができる。即席で部隊を作れと言われたとしても一定の連携は見せることができるだろう。当然、阿吽の呼吸のような簡略化された意思疎通はミスが起こる可能性があるため不可能。
ともかく。レイとリアムは連携を深めるために話し合って互いのことを知っておく必要があるものの、今のままで十分な連携と活躍ができる状態だ。そしてなにより、話す話題が無い。
レイは気まずさを避けるためわざわざ自動運転機能を切って自分で運転している状態だ。それにより少しだけ緊張感は無くなったものの、以前として話題が無い。もしあるとしても、それは企業傭兵時代のことなど企業秘密が多分に含まれていそうな内容だけで聞くことができない。
奇妙な空気が流れる中。ハンドルを握りながら、そんなことをぼんやりと考えていたレイに先に話しかけてきたのはリアムの方だった。
「レイさん、でしたよね」
「え、そうだが?」
突然に話しかけられたレイが戸惑いながら返す。するとリアムは前を見たまま続けた。
「アンテラさんから聞きました。ソロのテイカーだそうですね。テイカーに成ってからは何年ほど活動しているんですか」
「……約一年だ」
「一年であの実績を稼いだんですか」
リアムの言葉を考慮するとアンテラか、それともテイカーフロントのホームページに記載されているレイの情報を見たのだろう。
「運が良かっただけだ」
謙遜でも何でもない。レイは本心からそう思っている。遺跡探索において運も実力に含まれる。アンドラフォックの店長であるジグやアンテラ、ハカマダと知り合えたのはレイの実力によるところも大きいが運の要素も強い。
出会うモンスター。使っている装備。何かの歯車が欠けていたらここまで実績は稼げなかっただろう。
本心から答えたレイにリアムが口元に手を当てて苦笑する。
「謙遜ではないようですね。アンテラさんとはいつから仕事を?」
「一緒にやるのは今回が初めてだ。会ったのは半年前ぐらいだな」
懸賞首討伐の時にも共に仕事をする予定であったが、レイが分体との戦闘で負傷してしまい不参加となった。そのため本格的に仕事をするのは今回が初めてだ。
「そうですか。では約一年。ずっとソロで?」
「そうだな。一時期、巡回依頼とかもしてたが基本的には一人だ」
「……私とは真逆ですね」
リアムの言ったことが分からずレイが疑問符を浮かべる。するとリアムはレイに説明するように、しかし遠回しに言う。
「単純なことですよ。ソロのテイカーがいくら自由だとは言っても、そこには相応の代償が求められます。何かを得るということは何かを犠牲にするということ。人によって自由の価値は異なりますが、私はそこまで魅力を感じれなかったですね」
「…………」
果たして意味が無いことを言っているのか、意味があることを言っているのか、それとも意味がありそうなこと言っているだけなのか。レイは分からない。ただリアムは元々、企業傭兵であり難易度の高い仕事をこなしてきた男だ。意味も無い、無駄なことをわざわざ言うような人物でも経歴でもない。
そういった事を考慮した上でレイが思考を巡らす。普段ならば言葉の真意など容易に読み解くことができる。しかし今回はそう上手くいかない。情報が少なすぎる上に話の流れから意味を組み立てるのも難しい。
10秒、もしかしたら30秒と経った時、レーダーに赤い点が映る。レイは一旦思考を切り替えてアンテラにそのことを伝えた。
「敵です。生物型モンスター、全14体。お願いします」
荷台の方から「了解した」との返事が返ってくる。モンスターは一般的なタイプだ。アンテラ達ならばすぐに処理することができるだろう。レイはモンスターから意識を再度切り替えてリアムの言葉について思考を巡らす。
だが今度はアンテラと話したことが軽い気分転換になったのときっかけを得ることができためレイはそれらしき解に辿り着く。
(最近同じようなの見たな)
アンテラのことを僅かに思い浮かべながら、レイが答える。
「価値観の相違だろ? 組織に属することでのメリットとデメリット。ソロのテイカーでいることのメリットとデメリット。俺にとっては後者の方が魅力的に感じただけだからな。あんたがなんで企業傭兵やめてタイタンに来たのか、少し分かった気がするよ」
ある程度やりがいのある仕事と満足のいく給与と休みがあればそれで十分。『一人でテイカーやって窮屈じゃないのかい?』とリアムは訊いていた。
レイはソロのテイカーが何にも縛られず最も自由だと思っている。しかし代償として安定性を失い、日々の生活に不安を抱える必要がある。一方でソロのテイカーを辞めて、組織に属せばある程度の自由を失う代わりに安定性を得られ、無駄な生活の不安を抱えずに済む。
アンテラは不安や恐怖が大きくなってきたために組織に属した。自由を捨て、安定を求めたからこそアンテラはタイタンにいる。そしてそれはリアムも一緒だ。
レイのような一人のテイカーであれば安定した給与などなく安息はない。仲間もいない。何をするにも自由だが、生活を保つための仕事をしなければいけない。ソロのテイカーとして活動するのはすべてが自己責任。そして安定や金を得るために仕事をしなければならず、そのことについて束縛されているとも解釈することができる。
一方で組織に属することで束縛されるものの一定の自由は保障される。不安は消え去り、安定が手に入る。自由を縛ったことで得られる恩恵。何を縛って、何を自由にするのか取捨選択する。リアムは組織に属すことで安定を得た。レイは安定を捨てた代わりに行動の選択肢を広げた。
そしてリアムは自由というものに対してレイほどの魅力を感じられず、代わりに組織に属することで安定が得られた。対象的にレイは安定や安心といったものに人並みの魅力を感じられず、自由に、一人で生きていくことを選んだ。
どちらがの選択が悪いというわけではない。
そういった選択肢もあったというだけ。そしてリアムは安心を選び、自由を選んだレイに共感できないと遠回しに言ったのだ。
レイがそう返事をするとリアムは特に表情を変えずに答える。
「随分と遅い返事でしたね。……ではこれからもテイカーを続けると?」
少し前にもアンテラに同じような問いかけをされた。「タイタンに来る気は無いか」とそういった旨のことを伝えられ、レイはすぐに断った。自宅に帰ってから色々とその発言について考え、悩みこそしたものの今度は迷いなく答えることができる。
「ああ。死ぬまでは」
最悪でも戦闘ができなくなるような、例えば四肢が動かなくなるだとか体が動かなくなるだとかの状態にならない限りテイカーを続ける。そして怪我によってテイカーとしての活動が危ぶまれることがあったとしても、日々リハビリを続けてまた再開する。
無謀ではある。実際に、テイカーとして最後まで生きた者の最期は老衰や病気などでは無くモンスターとの戦闘や建物の崩落に巻き込まれての死亡だ。馬鹿な死に方。だがレイにとってみれば全力を尽くして満足して死ねる方法。テイカーが最もレイの希望に沿っていた。
故に相当の事が無い限り辞めないだろう。
そんな決意をもってレイが答える。するとリアムは「馬鹿だね」と小さく呟いた。少なくとも良い死に方ではないことぐらいレイ自身でも気が付いているためその言葉に対して反対することは無い。
その時にちょうど、アンテラからモンスターの討伐し終わったことを告げられ話は中断された。そして結局、レイが運転している間はその話が再開されることは無く、奇妙だが苦しくはない雰囲気の中、レイは運転をし続けた。
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