第180話 企業傭兵の練度
車両の荷台部分は改造され、ある程度くつろげるように展開式の椅子が用意されている。寝たいのならば寝ることができるし、椅子としても当然使える。荷台の端の部分には紐で縛られた荷物が詰まれており、それらは簡易的な一日分の食料であったり装備や弾丸などだ。また地下にも格納場所があり折り畳み式のバイクが一台入っている。他には依頼に必要な道具、装備が格納され、そのおかげで荷台部分に置いてある荷物は少ない。完全にくつろげるほど広いというわけではないが、長旅に配慮した空間だ。
座席に座るクルスやリアムは装備の手入れと依頼内容の確認、通史端末を触っていたりと様々なことをしている。タイタンの部隊の中には移動中であろうとくつろぐことが許されない厳しい隊もあるようだが、アンテラはそうでない。私生活や言動、仕事において一般的なルールに触れない程度のものならば注意はせず、野放しにしている。
故に今、二人がくつろぐことができた。だが一方で、後部座席に座っていたマルコが不満げな表情を浮かべていた。理由は分からない。ただ口先を尖らせて突撃銃の整備をしているだけだ。
リアムはそのマルコの変化に気が付いてはいるものの声をかけることは無い。タイタンの部隊員として仲間になってはいるもののリアムはまだ若手、良く分からないことに首を突っ込んで痛い目をみるのが嫌なのだろう。それに、この場にはリアムの他にマルコと付き合い長い隊員がいる。
「マルコ。あれはしょうがないでしょ」
クルスが小声で問いかけるとマルコは慌てながら否定する。
「いやでも、あんなに話してるの初めて……」
「それは考えすぎ。私とマルコみたいなものでしょ。仕事仲間」
「でも……だって声のトーンが」
「それはあんたの妄想。いつもと同じ」
「じゃあ……だけど、でもさ。あれはさ。やっぱ――」
「でもでもでもうるさいわね。みっともないわよ。いい加減直したらどう?その性格。そんなんだからダメなんじゃないの」
「クルス……それは」
車内が僅かにピリつく。リアムは横目で何の話をしているのか楽し気に聞いていたが、こうなると話は変わる。マルコが不満を抱いていた原因を推測するどころではない。
「マルコ。私が言ってることが正しい」
「だけど言って…………」
マルコが何かを言おうとしたところでアンテラの声が聞こえた。
「レーダー確認して。モンスターが来てる。開扉はこっちがやるから対処は任せたわよ」
二人はすぐに会話を止めて突撃銃を持つ。そして荷台の後ろ部分に移動する。
アンテラが装置を起動すると荷台後部の天幕に縦に亀裂が入り、両側に開いて格納される。先ほどまで二人がいた場所は布によって仕切られ、クルスたちは荷台の後部で突撃銃を手に持った。後部部分を囲っている天幕や壁が無くなったため煙舞う薄い茶色の荒野がよく見える。
そして視界の中には遠方に黒い点のように映る機械型モンスターが見えた。
「作戦通りに。機械型モンスターは24体。見えている個体の後ろからも来ている。どうやって殺すか、それはすべて任せるよ」
隊長であるアンテラの指示無しにマルコとクルスだけで最適解を導き出し、対処を行う。コンペティションに向けた実践訓練だ。ただ、二人はすでにこういった訓練を何度も行ってきている。今回は訓練通りに滞りなく行えるか、如何に迅速且つミスをせずに殺しきれるか。
そして、今回はそれに加えてもう一つ求められていることがある。
「準備ができました。指示してください」
布を手で払いながらリアムが出て来る。腕には身の丈に合わないほど巨大な狙撃銃が握られ、両腕で抱いて持っていた。
リアムは企業傭兵の中でも経済連直属の部隊に所属していた者だ。クルスやマルコよりも知識と経験が豊富。そして当然、実力も上だ。しかし今回はあくまでもクルスやマルコが指示を出す側。そういう訓練だ。リアムが指示を出したのならば一瞬で最適解を導き出し終わってしまう。
「リアムさん。まずは目視できる敵からお願い」
「了解」
クルスの言葉にリアムは一言だけそう呟いて、地面に伏せて狙撃銃を構える。
リアムはレイやクルスたちとは違い強化服を着ていない。これはリアムが生態的強化手術によって身体拡張者になっているからだ。元は経済連の企業傭兵。多くの仕事を行い、様々な状況に対応してきた。強化服を着て入れないような場所での護衛任務や潜入任務。その際に生態的強化手術によって身体拡張者になる必要がり、ナノマシンを体に打ち込んだ。
高密度、高性能なナノマシンであるため大きな負傷をしなければ一カ月以上は持つ。
そして当然、高純度なナノマシンによって引き上げられた身体能力は狙撃銃の反動を完璧に抑え込む。距離の測定、風速、それらすべてを経験と感覚によって導き出したリアムが正確に狙いを定め、引き金を引いた。撃ち出された弾丸は高速で飛翔し、砂塵を巻き上げながら近づいてきた機械型モンスターを貫通する。突き抜けた弾丸は後方にいたもう一体の機械型モンスターをも撃ち砕く。
狙いを定めてから引き金を引くまで10秒ほど。その僅かな時間の中で遠方のモンスターに弾丸を命中させた。これはレイでも難しい。百発百中とはいかないだろう。狙撃銃だけに絞るのならば、その扱いはレイを越えている。
(すごいな)
助手席の前に表示されたホログラムに映し出された後部座席の状況を見たレイが、思わずそう思ってしまうぐらいには神がかり的な射撃。だがそれも当然だと、レイの心の声に答えるようにしてアンテラが口を開く。
「元は経済連の企業傭兵。特に貨物輸送に関しての専門。荒野でのモンスター退治は彼の専門だ」
物流の
モンスターによっては爆発する種類もいるし、遠距離からの攻撃を仕掛けてくる個体もいる。絶対に近づかせず、遠方のモンスターであってもたった一発の弾丸で仕留める。それがリアムの仕事だ。
高速で動く貨物列車に乗りながらもモンスターを確実に仕留めて来た。車両に乗りながらの射撃は恐ろしく簡単だろう。現に、リアムはマルコとクルスが動く必要がないほどの速さでモンスターを討伐していっている。しかしこれでもリアムはまだ本調子ではない。貨物列車の際に使っていた狙撃銃は甲板に固定された巨大且つ高性能な代物だ。
ほぼ反動を無しに連続射撃を行え、弾倉の交換は自動で行われる。標的との距離、風速を勝手に考慮して調整を行う。今使っている狙撃もかなり高価なものとは言え、企業傭兵時代に使っていた代物と比べると性能にかなりの乖離がある。企業傭兵の時に訓練として様々な武器を使ってはいるものの、やはり使い慣れているのは貨物列車に取り付けられた専用の狙撃銃だ。もともとあらゆる武器を使える実力を持ってはいるものの、やはりまだ完全に慣れていない。
しかしそれでも狙撃技術だけを見るのならば突出している。
現に近づいて来ていたモンスターは数が減ってきている。このままではクルスが命令をしただけで終わってしまう。何かしなければならないと焦りを感じるものの、突撃銃では何もできず、狙撃銃を使ったところで足を引っ張るだけだ。
次々と破壊されていくモンスターを見ているクルスとマルコの二人。だがそんな二人に良い
「別方向からもモンスターだ。出番だぞ」
レーダーには別方向から20体ほどのモンスターが接近するのが確認できる。リアムは一方向のモンスターを処理するのに集中している。つまりは別の方向からやってきたモンスターに対応するのは難しく。クルスとマルコの出番だ。
「マルコ。行くよ」
「あ、そうだね」
後部座席で漂わせていた険悪な雰囲気などすでに無く、二人は揃って目標を定めた。
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