第179話 ただの噂話

 確か、前に会った時にアンテラは彼を『元財閥所属の企業傭兵』と言っていた。厳密に言うのならば貨物車両や貨物列車の護衛に関する任についていた企業傭兵だ。基本的に、物流に関しては経済連が執り行っているものの、経済連は七大財閥の支配下にある。

 故に経済連に所属する企業傭兵は実質的に財閥の管理下にある。アンテラはそれが分かっていて『元財閥所属の企業傭兵』の称したのだろう。レイはてっきり財閥所属の企業傭兵なのだから歴戦の猛者のような見た目をした男を想像していた。しかし今、相対してみてすぐに違うことが分かる。

 容姿はとても中性的だ。中性的というとニコのことを思い出すが、また系統が違う顔。身長に関しても特別高いというわけではなくレイよりも少し下程度。体格に関しても大柄というわけでは無く、どちらかというと細身だ。


 レイは色々と予想と違う様子に少しだけ驚きながらアンテラの説明を聞く。


「名前はリアム。実力は確かだ。クルスとマルコより上」


 アンテラの言葉にクルスとマルコの二人が僅かにムッとする。しかし特別怒っているような様子では無く、すぐ忘れてしまう程度の不満を抱いただけだ。そもそも二人は訓練を受けて来たテイカー。自身の実力を見誤うことなどありえず、また他人と比較して劣っている部分ぐらいすぐ気がつける。そして分かってしまうからこそ、アンテラの言葉に僅かな不満を持ってしまったのだろう。

 アンテラも二人が不満を持つことが分かっていたのか、ムッとした二人を見て僅かに笑みを浮かべる。レイには『リアムに追いつけるぐらい頑張れ』と言っているように感じられた。ただあくまでもレイが勝手に感じたことだ。実際は違うのかもしれないし、合っているのかもしれない。

 ただ、だからといって何かが変わるようなことでもないので、レイはすぐに意識を切り替えてアンテラの話を聞く。

 アンテラの話は基本的なこと、例えばリアムの経歴だとか使用武器とかできること得意なことなどを手短に話して終わる。そして最後にリアムからは「よろしくお願いします」とだけ一言だけ伝えられて紹介は終わった。

 そしてアンテラは「まあ詳しいことは二人で話して聞いてくれ、そこまで時間があるわけじゃないからな」と一言添えて、クルスとマルコを一度見てから話を続ける。


「もうレイのことはもう説明してある。だから自己紹介はいい。ただ何か言っておきたいことがあるなら言っておいてくれ」


 何か言っておきたいこと、と言われてもすぐには思いつかない。ただ一つだけレイの立場と姿勢を明らかにしておく必要があるため口を開く。


「俺が間違ってたら些細なことでも言ってくれ。今回の依頼には連携も必要だからな、俺のミスで失敗したら洒落にならない。不満もミスも適時指摘してくれると助かる」


 レイは助っ人としてやってきたわけではなく、部隊を引っ張れる知識も実力も持たない。あくまでも部隊に加わった一人の隊員として扱ってくれと立場を明らかにする必要があった。加えてレイは部隊の中で動くことに関しては初心者も良いところ。慣れない環境の中、ミスや間違いを犯す可能性がある。もしその間違いをコンペティション本番でしてしまったら洒落にならない。

 タイタンでは当たり前にできていたことがレイは出来ない、知らない可能性がある。そして間違いを犯した時にそのミスに気が付くためにも指摘してくれた方がありがい。それはレイが依頼を完璧にこなすために必要なことだ。

 

 一方で、普段、外部からやってくるテイカーは何かとつけて特別扱いを求めることが多く、それを知っていたマルコとクルスの二人はレイの言葉に目を見開いていた。そしてリアムは特に表情を変えず、アンテラは『君を呼んでよかった』とでも言いたげな表情で頷いている。

 そしてアンテラが一度、手元の時計に目を向けて時刻を確認すると口を開く。


「よし。そろそろ行こう。三人は荷台か後部座席に、レイは説明があるから取り合えず助手席に来てくれ」


 クルスとマルコが「了解」と全くの同時に返して車両に乗り込む。そしてリアムもその後に続いて乗り込むのを確認したアンテラがレイほぼ同時に扉を開けて運転席に乗り込んだ。レイは助手席に座るとハンドルを握るアンテラの横でレーダーの位置情報を調節する。


「助かるよ」


 レイが位置情報の調節を僅か10秒ほどで終わらせると車両が動き出す。砂塵を巻き上げながら重量のある車体を一気に加速させる。性能の良い車両ということもあって振動は無く、砂塵が視界を塞ぐことも無い。快適な空間だ。

 エンジン音だけが僅かに響く中、レイが車内の機能について確認しているとアンテラが口を開く。


「コンペティションに関してのどのようなテストが行われるのかは一週間前に送られてくることになっている。その時にまた説明するが、基本的には射撃能力、判断能力、運動能力、連携力などを一つずつ判断するテストがあり、そこから次にホログラムを使った総合的な演習になる。分かっていたとは思うが、部隊で戦うことになる。ミミズカ都市に着くまでの日数は三日ほど、ついてからも何日かは時間がある。その間に仲間と連携できるよう調整しておいてくれ」

「分かった」

「あーーそれと。疲れるから運転は交代な。一度中継都市に寄る予定だから、昼頃に運転交代だ。そして中継都市に着いて次の日、また別の奴に任せる。それで行く予定だからいつやるか決めといてくれ。何か他に聞きたいことはあるか」


 レイが僅かに考える素振りを見せる。


「……タイタンから派遣された部隊は俺たちの他に何部隊あるんだ?」

「私達を入れて三部隊だ。予定よりも減った。まあNAK社の都合だな」

「そうなのか。部隊の人数は五人で固定か?」

「いや、確か四人の部隊もあった気がするな。そんなこと聞いてどうした。何かあったか?」

「あるだろ。4人よりも5人部隊みたいなよく分からない話が。久しぶりに複数人でやるから、そのことを思い出してな」

「あーあれね。あのオカルト的なやつ。正直なところよく分からないね。いつどこで誰が言ったのか分からないし、本当なのかも分からない。ただまあ……確かに6人以上の部隊があるって話はタイタンうちでも聞かないな。この前の『グロウ』討伐の時は例外として、遺跡探索で組まれる部隊は5人以下だ。合理的なタイタンが真面目にこのオカルトを信じて部隊を編成してるわけないし、きっと何か数値的な裏付けがあるんだろうな。レイ、君はこのオカルトをどう解釈してる?」


 単純な疑問だよ、とハンドルを握りながら付け加えて問いかける。レイは特に考えることなく答えた。


「遺跡の防衛装置が敵を排除する時にまず相手の人数と装備を確認するっていう話を聞いたことがある。侵入してきた人数、装備から対処するために最適な防衛装置を起動させる。単純に人数が多い方が防衛設備に警戒されやすいってことだな。実際、『クルメガ』の中域にある『アルカルタ総合ビル』は人数と装備、行動によって出て来る防衛設備の数が異なるらしい。当然、例外もあるがそこら辺のことも考えると5人以下ってのはそれなりに最適な人数なんじゃないか。それと6人以上は単純に連携が取りずらいってのもある。遺跡でそれは致命的だろ? まあ、俺は部隊で行動したことが無いから、あくまでも推測ってことになるが」


 レイがアンテラの方を見て「部隊を率いる立場なら分かることもあるんじゃなか」と問いかける。するとアンテラは「んんん」と悩みながら、言葉を絞り出す。


「まあ……そうだね。数がいれば負傷者を運び出すのも容易だ。実際、一人が怪我してその対処に仲間が追われたとしてもまだ人員が残ってる。連携が取りやすいってのも事実だ。ただそこら辺は4人がいちばんやりやすい。ただ対処能力は5人が一番効率が良い。全方位警戒しても一人余る。ぎりぎりの戦闘が強いられない分、そっちの方が楽だ。まあだが……それでも2人と5人が良いってのは少し限定的すぎるな。無難に『5人以下』って考えたほうがいい。ほら6人にもなると全滅した時の被害が計り知れないからね。人的資源のためってこともあるのかな。ただ、結局のところは諸説不明のオカルト。時と場合によって対処の仕方なんていくらでも変わる。最適解を固定するのには無理がある。まあだからそうだな、私としては糞の役にも立たないオカルトってわけでもないが、有効的に使える手段ってわけじゃないって結論だ。どうだ、曖昧だろ」


 アンテラの言葉にレイが苦笑する。もともとただのオカルトであるのだから曖昧な結論で十分。そして結論が意味を為す問題というわけでもないため適当なものでよい。


「ただのオカルトだからそれで十分だ」


 レイが返すとアンテラが笑う。そしてしばらくの間、軽く意味のない会話を交わしながら中継都市を目指した。

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