第177話 前日決定
自宅で一人になったレイがアンテラからの依頼について頭を悩ませていた。依頼自体はそこまで難しいものでもなく、すでにほぼ返事は確定している。あとはビルの管理人に連絡し、幾つかの手続きを終わらせればよいだけだ。であるのに、レイが悩んでいるのは『悩みたいから』という漠然とした理由があるため。依頼に関して具体的に思いつく問題はほぼ無く、報酬面のことを考えても依頼は受けるべきだ。しかしながら迷っているのは最近の出来事が関係している。
最近、ここ二か月近くは遺跡探索ばかりに行っていた。ある程度決められたルーティーンがあり、着実に階段を上っている感覚。遺跡探索ばかり行っている一見単調な生活だが、充足感に満ちていた。
堅実に成長し続けているという感覚。それを手放したくないからレイは、今回の依頼を受けるか悩んでいる―――訳では当然に無い。悩みたいから、悩んでいる風にして一度立ち止まりたいから頭を抱えるふりをして項垂れているのだ。
アンテラとの話し合いでレイは『立ち止まらない』旨を伝えた。その時は、食事を食べている時は、自分自身の返事にレイは疑問を持っていなかった。しかし帰る際にふと思う。
もし依頼を受ければ、この二か月の間に歩んできた着実に成長できる道路から外れて、また前のように崖を駆け上るような、そんな苦難と挫折に満ちた道の無い荒野を進むことになると。
馬鹿げた考え。ありえないと切り捨てて良い。しかしタイタンの正式な戦闘員になることを決意したアンテラを見ると、ただがむしゃらに走っていてもいつかは現実を見て立ち止まり、引き返したり横道に逸れたりするのだろうかと、そう考えてもしまう。
レイが立ち止まるのは今では無いのだろうが、進む速度は変えられる。ここ二カ月間のように着実に道を進むのか、道の無い荒野を突き進むのか、いくらでも舵は切れる。
レイが本質的に悩んでいるのはアンテラからの依頼ではない、自身の今後だ。
「…………」
堅実な道を歩むのも良いだろう。荒野を突き進むのもまた良い。
「……っは」
通信端末を見ていたレイが何かを見て笑い飛ばす。すぐにページを飛ばし、アンテラが送って来た依頼に関する資料に再度目を通す。NAK社と提携する企業を決めるコンペティション。幾つかの企業や組織が参加しているものの、実際のところは出来レースのようなもの。
すでにNAK社は提携する企業を二つに絞っている。他の企業を呼んだのは情報を集めるため、それ以外に理由はない。もし、想定以上の結果を出せば他の企業にも可能性はあるのかもしれないがその可能性は著しく低い。
タイタンともう一つの企業。その二社が基本的には競うことになる。 と、そうアンテラは示唆していた。
「っはっは」
思い返してみれば立ち止まる道理が無い。必要が無い。まだ道半場、いやスタートラインから少し進んだだけ。アンテラが立ち止まり道を逸れたのは恐怖から逃れ安心を求めたからだ。
レイには求めるべき安心は無く、また求めてはいけない。
「……違うな」
誰かに通話しようと開いていた画面を変えて、通信端末を閉じる。そして僅かに笑うと用意を始めた。
◆
レイが用意を始めてからすぐにビルの内部と繋がっている扉が開いた。入って来たのはラナで深夜だというのに起きたばかりのような服装、様相をしている。レイがそんなことを思って視線を送るとラナは髪をかき上げながら呟く。
「合ってる。今起きたばっかり」
レイが壁に埋め込まれた時計に視線を向ける。すでに日を跨いでいた。
「遅いな」
「まあね。昨日はちょっと……スラムの件で動いてたから昼までになちゃって、それで寝て起きたら今。完璧な昼夜逆転だよ」
「そうか。……で、用件はなんだ。
ラナは欠伸をしながらレイの質問には答えず、ソファに座りながら自分の話をする。
「そういえばさ、レイはテイカーなのに規則正しい生活だよね。珍しい」
「今はそれじゃ………いや、まあいい」
何を言っても聞かないだろうと分かり切っているため、レイは途中でため息だけついて質問に答える。
「規則正しい、か。一般的に見れば俺もおかしいとは思うぞ。それにテイカーとしてもこれが普通だろ」
一般的な企業に勤める会社員ならば日を跨ぐ前か跨いだとしても30分以内に寝るのが普通だ。しかしレイは日によって装備の手入れや用事によって夜遅くなることが多々ある。不規則な生活だ。
ラナの言う規則的な生活とは違う。
「いやさ。確かに一般的な目線で見たらおかしいけど、テイカーとしてみたらちょっと違うよね。だって私が取り引きしてきたテイカーってみんな夜遅くまで飲み歩いて、昼に起きて遺跡探索。そんなやつザラだよ」
「信じがたいな。それでテイカーとして食っていけるのか?」
「ふっは。まあね。私が今あげたような行動をしてるテイカーはみんな死んだよ。一時期は良くてもちょっとすれば崩れて、遺跡に行ったっきりどこかにいっちゃう。私としてはそこまで重要な取引相手じゃないから別にいいけどね」
ラナはどこで買ってきたのか分からない四角いパックの中に入ったジュースを飲みながら続ける。
「あ、そうそう。狂ったような生活してても遺跡探索の前日とか当日はちゃんとする奴もいたし。君のような生活をしてたやつもいた。そういう奴は大体、それなりの取引相手にはなってるかな。だけど、君みたいに毎日遺跡探索に行くってことはないかな。だから珍しいってこと。良く毎日も、疲れないの?」
面倒になったレイは依頼の準備を進め、質問を無視する。するとラナはソファに寝転がったままレイの方を見て意識を切り替える。
「どこかにでも行くのかい?」
「依頼がある。その間はいなくなるから、好きに使っててくれ」
「え、好きに使っていいんだ」
「常識の範囲内ならな」
「ふうん。常識って恒常的なものじゃないけど?」
「……確かにな。時と場合によっては異なる。だが、お前も一般的な倫理観ぐらいさすがに備わってるよな」
「どうかな?」
「備わってなきゃその仕事できないだろ」
「っふは。それもそうだ」
依頼を本格的に受ける前の基本的な準備を終わらせたレイが立ち上がる。そしてラナに一言告げた。
「それと、勝手に入って来るなよ。一階部分は貸してるだろ?」
「そうだけどさ。君とこうしておしゃべりしたくなったからね」
「必要がない」
「あら残念」
「……それと。契約では10日後に依頼終了だ。それまでに物件探しとけよ」
「つれないなぁ」
ラナはそう言いながら、空になったパックを捨てる。一方でレイは外へと繋がる扉の方へと向かった。
「あれ、どこに行くんだい?こんな深夜に」
「アンドラフォックに用事がある」
「あそここんな夜遅くまでやってるの」
「今日は長めの日だ」
「ああ、日によって違うのね。納得」
するとラナも立ち上がり、レイの後についていく。
「私もついでに。スラムに行く途中に寄るわ」
レイがラナを護衛する必要は無いが、もしレイが巻き込まれればその限りではない。ラナはもし何かったときレイを体よく護衛として使うつもりなのだろう。ただ、ラナを狙ってやってくる敵はもうほぼ残っていない。少なくともジリアファミリアの構成員が報復のために襲ってくる危険性は事前に排除している。もしあるとすればラナ個人の因縁によるものだろう。
そしてそれ以外で襲われるとすれば柄の悪いゴロツキに絡まれるぐらいのものだが、レイが対処できないはずもなく、また、ラナも余裕で
護衛として体よく使われたところでそこまでのことは無い。レイは一言だけ返して扉を開けた。
「そうか」
そしてレイはアンドラフォックへと足を進めた。
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