第173話 外部契約
生物型モンスターの死体から僅かに離れた場所でレイとアンテラとが話していた。二人が直接会って話すのは懸賞首討伐の際に作戦会議をした時が最後であり、約四カ月ぶりのことだった。
「いやー。すまないね。取り逃がしてしまった」
苦笑交じりにアンテラが言う。レイにしてみれば確かに驚き、無駄に弾薬を消費したが負傷はしておらず多くの弾丸を使ったわけでもない。レイは特に気にしていない様子で答える。
「別に大丈夫だ」
「そうか。それは良かった」
アンテラが答えながら、職業柄で無意識の内にレイの挙動を伺っていた。するとレイの意識が背後にある巨大なモンスターに向けられていることに気が付く。
「どうかしたのか?」
「いや。なんでわざわざあれを仕留めたんだ?」
遺跡において、わざわざ逃げるモンスターを追いかける理由がない。遺跡探索は都市防衛依頼や巡回依頼と違い、守るべき対象があるわけでもなく出会ったモンスターを必ず倒さなければならないという事でもない。遺跡探索の本分はモンスターと戦う事では無く遺物を集めること。モンスターが勝手に逃げてくれるのならば特殊な状況下を除き、負傷の可能性を考慮し、また弾薬の使用を抑えるために追いかけない。
ただ、単に仕留めきりたかったという理由もあるにはある。テイカーの中には狂信的なまでの戦闘狂がいる。そういった者は遺跡探索の途中に出会ったモンスターを必ず殺す。当然、勝てる見込みのないモンスターには挑まないが、少なくとも中途半端に負傷を与えて逃がすことはしない。だがアンテラ達が戦闘狂であるかと問われれば、否だろう。
戦闘狂のテイカーというのはほとんどの場合において一人行動だ。好き勝手に動けることや迷惑が自分にしかかからないから楽、といった理由からほとんどの場合において単独行動をしている。
もし組織に所属していたとしても懸賞首を狩って生きるような特殊な組織に属している場合だろう。その点においてタイタンは特段おかしな組織では無く、比較的まともなテイカーが在籍している。タイタンの中で育った訓練生やアンテラのようにスカウトされる人材は皆、ある程度の協調性を持っており、また正確な判断能力を持っている。
故に今回、モンスターをわざわざ追いかけてきたのには特殊な理由があったのだろうと推測することができ、レイは単純な疑問から聞いた。するとアンテラは苦笑しながら答える。
「後ろのは討伐依頼が出されてた個体だ」
「……?」
あまり理解出来ていない様子のレイに無理もない、と説明を付け加える。
「討伐依頼とはいっても懸賞首とは違う。個人が
タイタンは個人又は組織から様々な依頼を出される。それは試作品を使ってモンスターを倒し、データを回収したい。といったものから今回のモンスター討伐まである。
そしてモンスターの討伐と一言で括っても内容は多種多様だ。テイカーフロントからは懸賞首に認定はできないものの放置していると物流に多大な被害を及ぼす可能性がある準懸賞首の討伐を引き受けたり、指定されたモンスターの指定された器官を傷つけることなく討伐し、その器官を持ち帰って来るように命じる依頼など。今回の依頼は後者の依頼に該当する。
説明をし終えたアンテラは心底安心した様子で笑う。
「いやー。いたのが良かったよレイで」
今回の状況は人によっては自身が意図的に危機に晒されたと勘違いし、アンテラ達と戦闘になる可能性があった。その点においてレイはアンテラと知り合いであったため、何事も起きなかった。
そしてレイがこんなことで腹を立てるような人物で無いことや、アンテラ達の事情も考慮して判断する冷静さがあることも考えて、レイで良かったという言葉が出た。
「野良のテイカーは色々とマズイ奴がいるから、ちょっと迷惑をかけただけで殺し合いに発展することなんてザラ。レイもあるでしょ?ほら。私いまこんな立場だし、さすがに殺し合いはマズイと思ってね。だって後ろの三人は人を殺し慣れてないから」
アンテラが後ろでモンスターの死体を探っている三人の部下を指さす。
「また付き添いか?」
「いや。前とは少し違うかな。部隊員はほぼ同じだけど立場が違うからね。あの三人の内二人は元訓練生だ。知ってるだろ?あっちで目ん玉を見てるのがマルコ。その上で頭に登っているのがクルスだ」
クルスとは指名依頼の時と懸賞首討伐の作戦会議の際に会っている。マルコも同様だ。
『グロウ』討伐では同じ部隊員になる予定であったためレイも当然に覚えている。そしてアンテラが元訓練生と言っているということはすでに一人前の戦闘員に成ったというわけだ。
「訓練生じゃなくなったのか」
「ちょうど懸賞首討伐が終わった後だ。さすがにもう一人前だと判断されて最終試験の
「そうか。まだ外部契約なのか?」
「まあ、そうだが。なんでだ」
「
「まあね。確かに最近はタイタンの仕事で多くて正式に所属してる奴を変わらない。外部契約ってのを疑いたくなるのも分かる。私としてももうタイタン以外で仕事をする機会も少なくなってきて正式に所属してもいいが、外部契約で補償されてる招集拒否権ってのが魅力的だからね。正直、悩みどころだ」
外部契約は正式な契約と比べると受けられる恩恵が少ない。しかし招集拒否権という依頼を断る権利が外部契約のテイカーにはある。アンテラはその権利を積極的に行使してはいないものの、あった方が嬉しいものだ。いつでも休める、というのは精神的な安定につながる。
だがタイタンの正式な戦闘員となれば手厚いサポートを受けられる。悩ましいものだとアンテラが首を傾げた。そしてアンテラはわざとらしく苦笑すると話題を変える。
「どうする。マルコを呼ぶか」
「なんでだ」
「前にも言っただろ。救援依頼の時だ」
「……ああ。あれか」
救援依頼で機械型モンスターに追われている時、マルコが余計な行動をしたせいでレイが荷台から落とされた。レイは自分の力不足だと納得してはいるものの、マルコが悪いのもまた事実だ。
しかし、今更どうでもよい。救援依頼でアンテラ達を救助した時からすでに半年ほどが経過している。言われるまで忘れていたし、気にも留めていなかったことだ。
「いや。別にいい。マルコ……って奴にも気にしてないって伝えてくれるか?」
「だろうな、そう言うと思った。分かった、伝えとく」
「ああ。頼む」
レイがそこで背後へと視線を向けてモンスターの死体から一部機関を切り取ろうとしている三人を見る。厳密に言うのならば、視線はある一人へと向けられていた。
「あの人は」
レイが指をさして聞いたのはマルコでもなくクルスでもなく、もう一人の隊員だった。
「あいつか。あいつは元々。物流車両や貨物列車やらの護衛任務についてた奴だ。つまり、元財閥所属の企業傭兵だ」
「……そうなのか。なんでここに」
「その辺は上に訊いてみないと分からんな。上からは今回の依頼であいつの実力が確かなものか確かめて欲しいってことだけ言われてる。まあ、実力は経歴から考えると妥当な練度だ。みっちり訓練を積んだマルコやクルスよりも総合的に上回ってるな。私はあと、これを報告するだけか」
「そうか」
レイは答えると一歩足を踏み出して離れる。
「もう行くのか」
「日が暮れる前にもう一度遺物を集めておきたい」
「分かった。またどこかで会ったらな」
「ああ」
アンテラとレイは一言二言で別れを告げて、離れる。そしてレイはバックパックの中に入った遺物の重さを確かめながら一度、中を
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