第171話 休憩

 翌日。情報屋―――ラナが起きたのは昼頃だった。昨日まで敵に追われていた、殺されかけたという緊張感や不安感が無意識の内に精神を疲弊させていたため死んだようにラナは眠っていた。そのおかげで体の調子は良く、頭も良く回る。

 今ならば昨日は疲れて放棄してしまったジリアのことについて考えることができそうだ。

 だが、それよりもまず先に確認することが幾つかある。


「……こんなところで寝てたっけ」


 ラナは寝る前にソファで寝ころんでいたはずだ。しかし今はベットのような場所にいる。寝ている間に移動した、されたのかとも思ったがどうやら違うようだ。ラナは特に考えることなく、ベットで寝ていた理由に辿り着く。

 

「へぇ……あのソファがベットにね。良くある機能だけど使われるのも、使うのも初めてだ」


 部屋にソファが無い。それさえ分かればソファがベットに姿を変えたのだと分かる。

 疑問が一つけたラナはベットから降りて部屋の中をぐるりと視線を一周させる。そして再度、どこも変わったところが無いことを確認すると部屋から出た。そしてラナが幾つかの部屋を見て回る。とは言ってもあまり多くはない。強化服などの装備を整備する部屋とトイレやシャワーなどが区切られて別々に完備された場所など。

 ラナは一旦、それらを見て回ると地下階層に入って来る階段から一直線の場所にある大きめの部屋に入る。そこにはテーブルと椅子。その他に調理器具などが完備されていた。

 

「色々とすごいところだな……」


 地下階層であることや立地があまり良くないところ、そして長い間、入居者がおらず備え付けられた物品に修理が必要な状態であったことを踏まえても、有り余る利点がある。

 良くレイはこんな物件を見つけて来たと、相場より低いとはいえよく家賃を払えるなと、ラナは感心した。

 いくらテイカーで稼ぎが良いとはいえ少し前まで100万も稼げれば十分という具合だった。しかし今は何千万という装備で武装し、一階の遺跡探索で何十万という価値の遺物を持ち帰って来る。

 サラとレイが初めて会った時のことを考えらばありえないことだ。

 いつの間にか想像を越えて成長していたレイに何故か感慨深くなりながら、ラナは部屋の中心に置かれたテーブルへと向かってゆっくりと歩いた。テーブルの上には長期保存用のパックに何かの食べ物が入っていたいるのが見える。生肉を一日二日おいていても腐らないほどに性能の良い長期保存用パックだ。

 ラナが何かと思って覗き込むと中には綺麗に作られたサンドイッチが入っていた。中に入っている具材、量、見た目からして店で買ったものではないだろう。手作りのように見える。

 だが、誰がこのサンドイッチを作ったのか。地下階層に入れる人物は一人しかいない。レイがこのサンドイッチを作ったのだろう。

 続けて、長期保存用パックを上から見下ろしたラナの視界には紙の切れ端が映っていた。切れ端は長期保存用パックの下からはみ出ている。気が付きやすいようわざと大きめに見せてあり、ラナが紙を抜き取ってみるとそれはレイからの物だった。


「…………ふ、はは。几帳面だ、まったく」


 手紙には遺跡探索に行っていることやサンドイッチを作ったから朝食にでも食べてくれと書かれていた。他にも次から寝る時は地上二階の302号室を使ってくれ、といった旨のものや次からは朝食を用意しないこと。遺跡探索中であるから呼ばれても応じれないことなど、色々と几帳面に書かれてあった。

 記されていることのほぼすべてがラナの行動を予測した上で、生じるであろう問題に先回りして答えていた。他には基本的なこと、例えば許可証が無ければビルに持ち込めない、などといった注意事項から残っているジリアファミリアの構成員に関してのことまで様々なことが記載されていた。

 中には別に書かなくてもいいんじゃないかと、そう思う内容の物も書いてある。

 不器用ではない、几帳面という言葉も僅かにずれている。少なくとも、わざわざ置手紙を用意しておくということはそれだけ真面目なのだろう。ラナが通信端末を開くと、紙に記載されていたものと同様の内容がメールで送られていた。

 もしかしたらラナが気が付かない可能性、というのも考えた上でわざわざ送ったのだろう。そこまでするぐらいならば長期保存用パックの下に置かなければいいのに、とラナは思いながら椅子に座った。


 そしてお腹も空いていたのでレイからの好意に乗っかってサンドイッチに手を伸ばす。長期保存用パックを開けて中から取り出す。新鮮な野菜と肉。その他にも色々な具材が入っていて豪華だ。

 肉は合成肉で無く、野菜は薬品臭いくない。奮発したわけではないだろうが、稼ぎに見合ったそれなりに良い具材たちで作られている。

 わざわざ作ってくれたことに感謝しながらラナがサンドイッチを頬張る。


「………おお、おいしい」


 もしこのサンドイッチが売っている店があったのならば毎日でも通いたい、そう思いたいほどに美味しい。これまでそれなりな物を食べて来た情報屋の舌は正確だ。味の良し悪しも全てわかっている。


「……んん~。いいね」


 肉の塩味と野菜のフレッシュな感触。酸味の効いたソース。そして少しだけピリッと辛みがある。かなり多くの味が混ざり合っているが、それらがすべて調和している。

 これよりも美味しいものは数あれど、腹が空いていたことやレイのことを見くびって味に期待していなかったこともあり、良い意味で裏切られた衝撃がある。


「これなんだろ。ホントにレイが作ったのかな」


 言っては悪いがレイは味音痴だ。いや、味音痴とは少し違うのかもしれないが、少なくとも食べれるのならば味を気にすることなくなんであろうと食べている。貧乏舌なのか味音痴なのか。

 運よくこのサンドイッチを作れた可能性も存在するが、分からないところだ。長期保存用パックをレイが持っていること自体、どこか疑問が残る。遺跡に持っていきたいのならば専用の商品がすでに存在する。そしてレイは自炊するタイプにも見えない。

 なぜ長期保存用パックを持っているのか謎だ。

 まあ、大した理由じゃないだろうが、朝起きたばかりで無駄に脳が回るラナは無駄なことを考えてしまう。


「やっぱ。よくわかんないかな」


 傍から見ればレイは分かりやすい性格と行動をしている。そのためラナも知ったような態度を取ってレイに接しているのだが、実のところそこまで単純な話でもないのだろう。

 レイは相手が誰であろうとある一定の線を引いて、それ以上入ることができない。だがこれは良くあること。レイに限らず、テイカーや情報屋などを生業としている者達は皆が他者と一定の距離を保っている。

 だがレイは別に依頼上のやり取りだけをする、というわけでなく、提案や話を聞いてくれはする。そして内容によっては手を貸してくれることもある。一定の線を引いてはいるものの、その境界はラナの知る限りで曖昧だ。

 今回、ラナがレイにした依頼についても、レイは依頼をしてくれたら協力するという立場を取っていた。依頼さえしてしまえばこうして一時的に泊めてくれることもできるし、ある程度のことにも応えてはくれる。

 きっと金が貰えるからだとか、報酬があるからだとかの理由で依頼を引き受けたじゃないと、ラナは心のどこかで確信していた。ならば何のために『依頼する』という選択肢をラナが勘付くよう誘導するようにレイは喋っていたのか。

 依頼を受けて仕事をした方が、話を聞いた方が職業柄、体裁が取れているからかもしれない。少なくとも、レイとあまり関りを持たないラナには答えが出ない。

 

 前に同じような提案を再度した際には断られてしまった。前は良くて、今回は駄目な理由は分からない。明確な基準があるのだろうが、それをラナは知らない。そのことについて遠回しに聞いてみてもレイは「よく分からない」と似たようなことを言っていた。嘘をついている様子は無く、レイはその線引きについて自分でもよく分かっていない様子だった。

 ただ、あくまでもレイが嘘を吐いている可能性もある。


 と、思考が堂々巡りを始めたところでラナは頭を振って思考を切り替える。気が付くとサンドイッチを食べ終わっており、今日はこれからすぐに行動を開始しなければならない。

 スラムにできた空白地帯の管理、取り引き。他の徒党と話し合ったり、今にも爆発しそうな不発弾を抱えている別件の取引を終わらせに。色々とすることがある。

 椅子から立ち上がったラナは仕事用の脳に意識を切り替えるとまずはスラムへと向かった。

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