第170話 後仕事

「で、ジリアと一緒に良く分からない奴がいたと」


 依頼を終えたレイは追っ手や尾行が無いことを確認してから家に戻った後、地下階層へと行き、ラナに情報の提供を行っていた。

 工場内に侵入し、銃やナイフ、簡易型強化服や外骨格アーマーなどの外部補助駆動で武装した構成員をほぼ殺した。そして三階へと上がジリアと、その隣に立っていた機械人形を壊したと、そこまでをレイはラナに伝えた。

 するとラナはジリアの隣にいたという遠隔操作型機械人形について詳しい情報をレイに求める。


「確か白装束を着て立ってたって言ってたっけ」

「白装束……まあ合ってるか」

「なに、どうしたの」

「いや。今、姿を思い返してみると白装束ってよりかは白いローブって感じの服装だったなと思ってな。大したことじゃない」

「ふうん」


 ラナは顎に手をついて目を細めた。ジリアのことか、遠隔操作型機械人形のことについてか、それとも別のことか、ラナは無言で思考を巡らせる。一方のレイは遺跡探索をしてきた帰りにこの仕事へと駆り出されたため疲れがある。

 椅子に座りながら、僅かばかりに思考を巡らせているが堂々巡りしていた。

 しばらく無音の時間が流れる。そして先に口を開いたのはラナの方だった。


「う~ん。ちょっとこれは情報が足らないかな。今持っているものだけでは判別がつかないね。レイ、確かボファベットだっけ」

「あ、ああ」


 脳が停止しかけていたレイがにぶい返事をする。


「このボファベット。西部でもあんまり情報がないね。何このマニアックな兵器。東部製? なんでここにあるかなぁ~」


 糸が切れるようにしてラナがソファに倒れる。そして上体を寝かせながらレイに訊く。


「君はなんでこんな兵器知ってたの」

「テイカーだからな。兵器や装備についての情報は常に取り入れてる」

「へぇ。確かに。そう考えると色々と大変ね」


 テイカーの活動場所である遺跡には多種多様なモンスターが存在する。それらのほとんどは現代でも解読できない技術や生態をしているが、一部、現代でも分かり切っている機構、生体を搭載しているモンスターもいる。

 現代でも分かっているということは、現在の技術でも製造可能。事実、警備会社と製造会社が手を組んで機械型モンスターとほぼ同じ機構、耐久性の兵器を作った事例があった。

 そうした兵器について知識を取り入れておくことで、遺跡で会うモンスターにも対処できる可能性が上がる。本当に僅かな可能性だが、生き残れる確率が1パーセントでも上昇するのならば準備も用意も怠らない。

 加えてテイカーの本業は遺跡探索だが、中には殺しの依頼や護衛の依頼を受けるテイカーもいる。中堅以上のテイカーは皆が遺跡探索ができるほどの実力者なのだ、並みの企業傭兵や刺客では相手にならない。

 そういった理由からテイカーに『人を相手にする』依頼が舞い込んでくる。

 人を相手にするということは、相手は人間の装備を使っているということ。中にはテイカーが使うような強化服、武装を用いる者もいるし、知っていなければ対処できないような武装を使う者もいる。

 それらの武装について知識が入っていた方が予想外の状況に晒されにくく、また効率よく依頼をこなすことができる。そう言った理由でテイカーの中には兵器や装備について情報を集めている者が存在する。

 レイもその一人だ。ただ、ボファベットについて知っているのは全く別の――喋れない理由によるものである。

 

「まあな」


 レイがそう答えると椅子から立ち上がって疲れた様子で強化服の電子制御を解除していく。いつまでもこの血生臭い強化服を着ている訳にはいかない。付着した肉片や血、脂は早めに掃除しなければ後で臭く、取りづらい汚れへと変化する。

 正直なところ疲れているため今すぐにでも寝てしまいたいが、苦労するのは明日の自分。レイは自分に言い聞かせてエニグマの掃除、整備へと当たる。そしてレイが強化服を脱ぐ際に、後ろからラナの声が聞こえた。


「なーんかもう、私も疲れたわー」


 声の後、ラナが勢いよくソファへと倒れる音が聞こえた。レイはエニグマのロックを外しながら口を開く。


「依頼も終わったからそろそろセーフハウスに戻ったらどうだ」

「え、ひど。さすがに血も涙もないんじゃない。機械人間? それともドライアイ?」

「そういう問題でもないだろ」

「えぇ……。そこは人情で融通してもらってもいいんじゃない?。前にも言ったけど私が持ってるセーフハウスそこまで多くないし、場所が割れてるかもしれないし。それに私を護衛するって言う依頼だったはずでしょ?」

「違う。安全な場所俺の家まで護衛するって依頼だ。じゃあもう依頼は達成されてる」

「んな。私そんなこと言ったっけ」

「通信端末にまだログが残ってるが、聞くか」

「聞きたくないからいいよ」


 レイがそこでエニグマのロックをすべて外し、下に着ていた薄手の防護服を一枚着ているだけになった。そして、整備キットや排水処理などが完備された部屋へとエニグマを持っていくためレイが強化服を拾い上げた。

 そして隣の部屋へと移動しようとしたところで、後ろから何かに気が付いたかのようなラナの声がした。


「……あ! そういうことね。全く、回りくどいな君は。レイ、じゃあ新しく依頼するよ。数日の間部屋を貸してくれないか。それでいいだろう?」

「構わない。地上に一室とこの地下階層を借りてる。どっちがいい」

「え、選べるんだ」

「依頼主だからな」

「ふふ。なんだか気分がいいね」


 そんなことを呟きながらラナがソファに寝ころんだまま体を伸ばす。そんなラナにレイは扉の前で聞いておく。


「依頼は何日間だ?」

「そうだね。色々と片付いてからかな。残党の処理。こっちの身の安全。何処から情報が漏れたのか、だとか。それとジリアファミリアが支配していたスラムの領域。ジリアが殺された今、そこは空白地帯になっている。他の徒党が出張って来るはずだ。私はここで交渉して、小遣いでも稼いでくるよ。……そのぐらいかな。取り合えずそれが終わったら出ていくよ。予想は大体……12日ぐらいかな」

「短いんだな」

「まあね。こういうのは速度が大事だから。スラムの交渉なんて明日の朝からにでも始めないと乗り遅れちゃうよ」

「助けられないぞ」


 スラムの徒党と交渉するということはジリアファミリアの一件があったように、危険が伴う。しかしラナは軽口をたたきながら笑った。


「なに、心配してくれてるの? まあ大丈夫なんじゃない? これでもある程度は実績のある情報屋なの、相応の修羅場はくぐり抜けてるわよ」

「……そうか」


 レイがそう答えるとMAD4Cやバックパック、エニグマなど、その他の装備を持って別の部屋へと持っていく。ラナはそのレイの背中をソファに寝転がりながら、眠そうに見ていた。


 ◆


 強化服を洗う際には専用の洗剤を使って表面の汚れを取っていく。そして見える部分に汚れが無くなれば次は細かい部分に入った砂や血、肉片だ。それらを装甲を分解しながら掃除していく。

 少し違うがMAD4Cも同じだ。表面の汚れを取ってから分解して内部機構が壊れていないか、汚れていないかを一つづつ点検していく。それらの行程を強化服やMAD4C、拳銃などにしていく。

 本来ならばここまで細かなメンテンナンスと掃除はいらない。激しい戦闘さえなければ一カ月は何もしなくても使える。値段相応の耐久性がある。しかし万が一ということもある。レイはそれを危惧して定期的にメンテナンスを行っていた。

 テイカーによっては整備場メカニックに預けていたりもするが、レイは自分一人で整備できるだけの知識と技術がある。そして何よりも金を使いたくない。そうして、レイが一つずつ丁寧に整備を終わらせていくと、終わった頃にはすでに日を跨いでいた。


 レイは強化服や拳銃、MAD4Cを空調設備が完備された部屋に置くと疲れたように顔を一度手で覆う。そしてすぐに寝るために部屋へと戻った。そこではソファの上で今にも落ちそうな体勢で寝る情報屋の姿があった。


「ったく」


 ここでは無く地上階層の部屋で寝てくれと、そう思いながらレイはソファへと近づく。そしてソファの背面にある器具を動かした。するとソファは音も立てず、また振動もせずに広がって簡易的なベットになる。

 いらない機能だと思っていたこれをまさか使う機会が来るとは、そんなことを思いながらレイは簡易ベットの上で寝る情報屋を見た。そして振り返って棚の方まで行くと辛うじて、整備のために用意しておいた布を取り出す。新品で貰い物だがそれなりに良い代物だ。

 レイは布を広げ、情報屋にかける。かなり適当に。

 そしてすべてが終わるとレイはため息交じりにもう一度棚の辺りへと向かい、保管しておいた拳銃を取り出す。データ回収依頼の際に貰った物とはまた別のものだ。レイにはこれといった趣味は無いが、強いてあげるとするのならば武器を集めることがそれに該当するだろう。

 今持っている拳銃もその一環で集めたもの。

 

 レイは拳銃を懐にしまうと壁に掛かっていた防護服を手に取って羽織る。

 実のところ、情報屋の依頼はまだ完全に達成されていない。依頼は二つあった。一つは情報屋を安全にレイの家まで護衛すること、もう一つはジリアファミリアの解体だ。

 前者はすでに解決したが、後者はまだ残っている。

 ジリアを殺しただけでは完全な殲滅とは言えないだろう。それに依頼とは別でも一人でも生かしておいたら報復の危険性がある。レイは強化服を着ていたため顔は露呈していないが情報屋はそうで無い。

 依頼内容にこそ含まれていないものの、依頼を受けた者としての義理がある。

 レイは懐にしまった拳銃を一度触ると、残党の処理へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る