第169話 ボファベット
「こっちから行かせてもらうぜ!」
男がそう高らかに宣言をするとボファベットが高速で移動する。一瞬で距離を詰め、搭載された武装をレイに向ける。しかしレイが引き金を引く方が早かった。撃ち出された弾丸はボファベットの多脚を破壊し、装甲を弾き飛ばす。
脚を失ったボファベットは体勢を崩し、勢いのままレイにぶつかる。しかしエニグマを着ているレイにダメージは無く、それどころかボファベットを受け止めると近距離から操縦席に向かってMOD1に変更し、貫通力を高またMAD4Cの引き金を引く。
撃ち出された弾丸は装甲にぶつかると火花を挙げた。そしていとも簡単に装甲を貫通すると搭乗していた操縦者を撃ち抜く。断末魔さえも響くことは無く、男の体は操縦席の中で弾けとんだ。
レイは力任せに壊れかけの操縦席をこじ開け、中に乗っていた人物を見る。飛び散った血液が滴り、足元に赤色の水たまりが出来ていた。そして操縦席には下半身が飛び散った操縦者の姿が見えた。
操縦者は機械化手術を用いているからか、千切れ飛んだ上半身と下半身の境目から血液と共にオイルが漏れだしている。そして生体機能もまだ生きているのか、上半身だけになった今でも生きていた。
「おまえ……あいてに、なら――」
男の言葉を聞き終わる前に取り出した拳銃で男の頭部を撃ち抜いた。発砲と共に発火炎が飛び散ると、血液で赤く染まった操縦席が見えた。
「ふう……」
緊張を解すように息を吐く。
レイが驚いたのは
それがスラムにある徒党に置いてある、というのはあまりにも不自然な話。相当の人脈と金銭が無ければ入手経路を確保できず、輸送出来ない。西部で作ることもできるだろうが、費用対効果を考えれば無駄なことだと分かる。
当然、ボファベットは外骨格アーマーよりも強く、ものによっては簡易型強化服以上の出力を発揮する。しかしその程度だ。MAD4Cの弾丸を防げるほどに硬い装甲は有していない。ボファベットは様々な
その程度の出力しか発揮できないような兵器を西部で作る意味が理解できない。これを作る金があったのならば人脈を増やすことができただろうし、強化服も買えたはず。
一体、何に使う予定だったのかは分からないが、西部に置いて使う場面は無い。挙げるとすればこの技術、設計図を大企業に売り渡すことぐらい。ただバルドラ社など、高い技術力を持った企業はすでにボファベットより高性能な兵器を作れる。今更という具合だ。
だからこそ、なぜ西部にボファベットがあるのか理解できない。
(……ったく)
釈然としない状況にレイは愚痴を吐きながらボファベットから飛び降りる。そして動かなくなった鉄くずに視線を再度向けた。
ここは工場内、そして相手は一発で機体を破壊できるだけの力を持った人。場所と相手が悪い。そもそもボファベットはモンスターや機械兵器といった大型の敵性生体を相手するために開発されたものであり、強化服を着た人間と戦うのは想定されておらず、また分も悪い。
なぜここで、なぜ今で、すべてが理解不能。
だがそろそろタイムリミットが迫ってきているため無駄なことで立ち止まっている暇は無い。レイはボファベットの残骸に向けて手榴弾を投げ込んでから上層階を目指す。
レイは階段を上りながらボファベットのことを忘れ、戦闘に意識を集中させた。
◆
ジリアファミリアの拠点である廃工場はたったの5分前までいつも通りの日常が流れていた。喧嘩が起き、それを仲間がどちらが勝つかに賭けて騒ぐ。非番の構成員は部屋で寝ていたり、趣味の時間に走っていた。
しかし今、その面影はない。手足すら見えないほどの暗闇が工場内を支配し、地面には死体と薬莢が転がっている。弾痕や血液などが飛び散り、戦闘跡が残っていた。レイは一階へと上がり、敵を一掃する。敵が簡易型強化服を着ていようと、外骨格アマーで武装していようと、ボファベットに登場していようと関係ない。MAD4Cの一発ですべてが消し飛ぶ。そして構成員はエニグマを傷つける方法を持たず、レイを負傷させることができない。
また一階と、階段を上る。もはや構成員は誰一人として残っておらず、三階に見ていない部屋がいるのみだ。情報によるとジリアはその部屋にいる。ただジリアが逃げた可能性もある。さすがのレイでも裏口を発見することは出来ず、居場所を把握し続けることは難しい。
これほどの惨状だ。ジリアが逃げた可能性は高い。
レイが部屋の前に着くと、姿を隠しながら扉に手をかける。その瞬間に扉と、付近の壁を巻き込んで爆薬が爆破した。しかしレイに何ら影響はない。傷一つすらもついていない。
視界は煙幕によって一時的に遮られるが、少しするとそれも消える。晴れたレイの視界には二人の人影が写っていた。
1人はソファにはどこか慌てている様子のジリア。もう一人は白装束で身を包む身元不明の人物。レイはゆっくりと拳銃を構える。するとジリアが声をあげた。
「情報屋からか!待ってくれ。こっちにも言いたいことがある!こいつらが!こいつらが俺らの金を――だから!だから報酬が払えなかった!」
「それは理由にならないだろ」
思っていたジリアの人物像と大きく異なっていたためレイは困惑しながら返した。冷静沈着であり、義理人情に厚い。聞く話はでとても命乞いをするような人物ではなかったはずだ。それも誰かに責任転嫁までして、保身に走るような男ではなかったはずだ。
引き金に掛けた指に力が入る。
「おい待て!まだ俺に――」
何かを言おうとしていたジリアに向けて一発の弾丸が放たれる。弾丸は運よく外れてくれることも無く、ジリアの脳天を撃ち抜いた。レイは続けて硝煙立ち上る銃口を白装束を着た者へと向ける。
「あなたが誰か存じ上げませんが、ボファベットについて知っていたようで」
違和感を覚える女声で、白装束を着た者がレイに背中を向けたまま話しかける。
「ここは西部です。対して、ボファベットは東部の兵器。探せば出て来るでしょうが、探すほどの物でもない。なぜ、あなたは知っていたのでしょうか」
「…………」
レイは答えない。
「まあ、いいでしょう。あなたの顔が見れないことだけが残念ですが、こちも色々と知れましたし、もう大丈夫です。さて、終わりにしましょう」
白装束を着た者が動く。その瞬間にレイは引き金を引いた。撃ち出された弾丸は東部付近へと着弾し、貫通する。突き抜けた弾丸が背後の壁にめり込み、白装束を着た者が倒れる。
レイは警戒しながら白装束を着た者へと近づく。そして足が届く距離まで来ると軽く蹴って体をひっくり返した。フードが乱れ、頭部が見えた。顔は撃ち抜かれた影響で酷い有様。だがレイが予測していたものとは違っていた。
(アンドロイド……いや、戦闘用の遠隔操作型機械人形か)
白装束を着た者は人間では無かった。額に空いた穴から漏れ出しているのは血液では無く薄い黄色のオイルだ。声が僅かに変だったのは生身の人間では無かったから。
この遠隔操作型機械人形が一体何なのかすでに破壊してしまっているため知る由もない。この機械人形を持ち帰って調べてみても良いが、情報発信気などの装置を仕込まれていたらまた別の面倒ごとを引き起こす。
故に今はあまり考えず、依頼達成の報告を情報屋にすればいいだけだ。一応、ジリアが本人であることを確認したレイは、部屋の窓を突き破ってスラムの中へと消えて行った。
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