第168話 異変

 ジリアファミリアの拠点である廃工場は何者かによって電源を切られ、襲撃を受けていた。暗転した工場内を構成員達はライトを携帯しながら歩いている。工場内で生活をしてきた彼らは建物の構造やどこにどんな物品が置かれていて、仲間が何人いるかなどが正確に把握できている。一時的な停電であったとして、襲撃を受けていたとしても臆することは無い。

 しかし今回は別だ。

 建物内に響き渡る警報音、仲間の叫び声、悲鳴、発砲音。それらすべてが構成員の精神をむしばんでいく。


「おい。ジリアさんからの連絡はまだなのかよ」

「し、知らねえよ!あの人、最近は」

 

 緊急事態であるというのにジリアからの返答はない。それどころか最近は徒党内でジリアの姿を見かけることは少なくなっている。いなくなったわけではない。幹部とは連絡を取り合っているし、三階の部屋にいることがそれで分かっている。 

 しかし下っ端の構成員には姿を見せない。前まではよく声をかけ、下っ端とも話していた。少し怖い人だが、尊敬できるカリスマ性を持ち合わせた人物であったはず。どんな状況にも迅速に対応し、最適解を選び取って来た。しかし今はその面影すらない。

 聞いた話によるとよく会っていた情報屋との契約を幾つか破ったらしい。それだけではない。構成員への報酬の支払いも滞っている。それに今回の襲撃は恐らく情報屋に関してのものだろう。

 下っ端の彼でも情報屋を殺し損ねたことぐらいは伝わっている。報復として刺客が送り込まれたと、そう考えるのが妥当だ。


「ったく。ジリアさん、どうしたんだよ」


 構成員の一人が狼狽える。情報屋と話し合っていれば解決策があったはずだ。金と契約だけの付き合いだけとはいってもそこに信頼や人情は存在する。それなりの誠意を見せれば情報屋も譲歩していた可能性がある。

 なのに。情報屋がいる建物ごと攻撃した。周りへの被害など一切考えず、爆破した。

 治安維持部隊が来る可能性や報復。スラム内での立場が悪化することなど考えればすぐにデメリットが出てくる。得られる利益と釣り合っていない行動だ。ジリアがそんなことするわけないと、構成員は狼狽えた。

 そしてそれには付近にいた仲間も同意する。


「前まで―――」


 直後、口を開いていた仲間の頭部が弾け飛んだ。


「敵か!」


 構成員が周りを見渡す。しかし暗く、何も見えない。フラッシュライトを点けてはいるものの何も映り込みはしない。


「……くそ」


 汗が額から顎へと流れていく。気が付くと、周りは静かになっていた。悲鳴も発砲音も叫び声も足音さえも聞こえない。つまり、これが指すことはもう生き残りがいないということ。

 

「……どこに―――」


 周りの仲間と話し合い、不安を紛らわせようと口を開いた瞬間に男の顎がはじけ飛んだ。次の瞬間に周りにいた仲間も殺されている。次々と、叫ぶことも引き金を引くことすら許される一瞬で解体された。

 そして完全に静かになった付近一帯に足音が一度だけ響く。弾倉が入れ替わり、カランカランと落下した弾倉が音を上げた。


(まずは半分)


 レイが少し息を吐きながら落ち着く。目に付くところにいた敵は一掃した。後はジリアを殺すだけ。しかし自動ターレットやその他の警備装置が設置されているのは想像に難くない。

 エニグマであれば死ぬ可能性が低くなるが、少し時間がかかるかもしれない。

 10秒ほど休憩したレイが再度歩き出す。だがすぐに異変は訪れた。


 二階部分から何人かの構成員がレイに向かって飛び降りて来る。そしてそれとは別に二階からレイに向けて弾丸が撃ち出される。いつの間にレイの居場所が捕捉されたのか分からないが、今晒されている現状は危険であっただろう。

 レイはすぐに対処へと移る。

 二階部分から降りて来たのは構成員たちだ。数は視界に映る限りで7人。それとは別に背後から2人の計九人。敵が簡易型強化服を着ていることにレイは僅かに驚きながらもすぐに対応する。

 拳銃をしまい、背負ったMAD4Cを手に持った。

 頭上からはレイに向けて三百発と弾丸が放たれているもののエニグマを傷つけることは出来ず、ましてやレイに負傷を与えることすら出来ない。レイは気にせずに目の前から来る簡易型強化服を着た戦闘員を相手する。

 とは言ってもやることは単純明快だ。

 MAD4Cを標的に向けて構え、引き金を引くだけ。たとえ簡易型強化服を着ていようとMAD4Cは関係なく敵を肉片へと変える。現に、レイに近づいてきた戦闘員に向けてMAD4Cを撃ち込んだ瞬間、簡易型強化服はただの布のように破れ、穴が空きバラバラになる。当然、来ていた構成員は一瞬で肉片へと姿を変えた。

 レイはすぐさま機構をMOD3へとチェンジするとさらに奥からやって来ていた戦闘員に向けて発砲する。MOD1に比べて威力は弱まっているものの簡易型強化服を貫いて相手を殺すには十分な火力だ。

 目の前にいた構成員は支柱などに姿を隠すも意味が無く、皆がMAD4Cの餌食になる。レイはすぐに後ろに振り向いた。背後からの音はすぐそこ、眼前にまで近づいて来ている。

 振り向いたレイはちょうど蹴ろうとしていた戦闘員の足を掴むとそのまま振り回して、もう一人の構成員にぶつける。にぶい音が鳴った。振り回した戦闘員の足はひしゃげ、体は強く打ち付けられたことで折れ曲がる。

 同時に仲間をぶつけられた構成員は体が真っ二つに、不自然に折れ曲がりながら飛んでいき壁に埋まる。


(次だ)


 二階にいる構成員に向けて引き金を引く。MOD3の機構によって撃ち出された弾丸は通常よりも広く拡散され、二階部分を破壊する。建物は僅かに崩れ、地盤崩落によって二階から人が落下する。

 たった一発の弾丸ですでに虫の息。しかしレイは手を止めず、引き金を引き続ける。

 気が付くと、廃工場内は瓦礫が散らばり、静まり返っていた。

 レイはMAD4Cに弾丸を込めながら、肉片となった死体に目を向ける。簡易型強化服の破片が肉体にこびりついていた。完全に死んでいる。


(妙だな……)


 死体を見てレイは思う。厳密に言うならば簡易型強化服を見て思った。

 ジリアファミリアはそれなりに大きな徒党とは言え、所詮は徒党だ。簡易型強化服を何着も用意できる財力があるようには思えない。またラナとジリアが決裂した原因が報酬の支払いが滞っていることを踏まえた上で考えると、さらに疑問が湧き上がる。

 簡易型強化服を買う金を支払いに回せばよかっただけ。もしすでに買っていたのなら、簡易型強化服を使い大金を稼げばいい。それだけの装備だ。ジリアはこの出費に見合うだけの報酬が得られる『何か』に賭けて買ったはずだ。何も無しに、ただの戦力増強のために買う必要が無い。そして、これだけの簡易型強化服を買うためには最低モデルだとしても400万スタテルは必要だ。

 だとすると、ジリアは簡易型強化服を買って何かを成そうとしていた。しかしそれはハイリスクハイリターンであり、ジリアは失敗してしまった。それにより期待していた報酬を回収できずに情報屋への支払いが滞った。そう考えることができる。


(……いや、おかしいな)


 そもそも、ラナから聞いてた話でジリアは優秀で堅実な人物だったはずだ。一か八かの賭けに乗る可能性は低い。そして簡易型強化服による短期間での戦力増強は望まず、地道に土台を築いていくはずだ。

 ここでジリアは簡易型強化服を買った。『そうであるべき』という想定と『結果』とに大きな溝が生まれる。

 この溝は何か。思いつくものがあるとすればそれは第三者による介入、また、急速に力を付けた敵対勢力に対応するため、などがある。ただ後者であればジリアがその訳をラナに話していただろう。そしてスラムについても明るいラナが力をつけてきた徒党を見逃すわけがない。

 よって『第三勢力による介入』が最も考えられる線だ。あくまでも推測。だがあり得る話だ。


 レイがそうして疑問を晴らしていると機械の駆動音が工場内に響き渡った。どこかで聞いたことのある音だ。とても懐かしい音。駆動音はレイに一直線に近づいて、瓦礫を吹き飛ばしながらその姿を現した。


(これは……なんでここに)


 レイの視界にはアカデミーで何度も乗ったことがある一機の兵器が映っていた。

 

汎用多脚兵器ボファベット……なんでここにある)


 蜘蛛を模して造られた兵器ボファベット。主に使われているのは東部、中部でも稀に見かける。そして西部では開発元の東部から物理的に離れているため、その存在は無い――はずだ。少なくともレイが知っている限りでは今までに一度も見たことが無い。

 そして情報すらも乗っていなかった。

 驚愕し、僅かに硬直するレイにボファベットの操縦者が高らかに告げる。


「ようやくだ!お前のおかげでようやく、こいつが使えるぜ。安心しろ、終わるのは一瞬だからよぉお!」


 様々な思惑が頭の中を駆け巡る。だがそれらに一旦、蓋をしたレイが心の中で「面倒だな」と呟きながらMAD4Cを構えた。

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