第167話 襲撃

 ジリアファミリアの拠点はスラムの北地区。治安で言うのならば東地区の次に悪い。

 また、レイは東地区に住んでいたため北地区に対しての知識が無い。どの程度治安が悪くて、どの程度のことまでやっていいかは疑問が残るところだ。いくらスラムであっても大規模な戦闘が起これば都市の治安維持部隊が駆けつけて来る可能性がある。マザーシティのようにスラムが完全に治外法権の領域になっていればまた話も変わって来るが、クルガオカ都市は案外治安維持に積極的。

 騒ぎを起こさずに潰すか、騒ぎを起こしてでも治安維持部隊が来る前に一瞬で潰すかの二択。


 現在、レイの目の前には地下二階、地上三階建ての建物がある。廃工場を拠点にしているのか、中心に工業用レーンがある建物であり開けた空間がある。地下は倉庫と別の工業用設備が置かれている。

 恐らく、ジリアファミリアの拠点となった時にそれらの設備は取り払われ、また新しく別の家具や設備が置かれているだろう。予測できるのは自動ターレットやトラップ、感知センサーやカメラなど。敵の施設に乗り込むのだから不利なのは仕方がない。

 レイはMAD4Cを背負い、拳銃を片手に廃工場へと近づく。ジリアファミリアはわざわざMAD4Cを使うような相手ではない。データ回収の依頼報酬としてついでに貰った拳銃で十分に倒せる程度の装備だ。

 そして工場内でMAD4Cを振り回すのも危険だ。かなり頑丈で補修もされている廃工場だがMAD4Cを何十発を撃ち続けたら壁は破壊され、支柱が折れるだろう。天井を支えきれなくなった建物が崩落する可能性があり、それでレイが死ぬ可能性は限りなく低いがある程度の騒ぎになると治安維持部隊が派遣される可能性がある。

 治安維持部隊が現場に着く前にレイが逃げられたのだとしたらそれでいいが、もし鉢合わせた時は面倒なことになる。

 よって騒ぎを起こしてから5分がタイムリミットだ。幸い、すぐに通報されるわけがないので騒ぎさえ起こさなければ時間はある。


 廃工場の入口は幾つかあるが、すべてに警報装置やら自動ターレットやらが置いてある。そして正面入り口にはジリアファミリアの構成員が常在して警備を行っている。

 また正面入り口には他にも各種警報装置や防衛設備が設置されている。治安維持部隊が派遣されないよう穏便に済ませたいのならば、真正面から戦いたくない無いのならば正面入り口から入るのは馬鹿な決断だ。

 だが、別の入口を探すのが面倒だったレイは堂々と正面入り口に向かって歩みを進める。入口に常在する二人の構成員がレイを見て、警戒態勢へと入る。だがその顔は引きつっていた。

 無理もない。レイは強化服を着ている。テイカーか、そうで無くとも大企業の企業傭兵か。少なくとも戦闘になれば死ぬことが分かり切っている。だが構成員がここで逃げ出せば後でもジリアファミリアに殺される。

 どちらにせよ絶望的な状況。

 構成員は戦いたくないのかレイに攻撃することなく声が届くぎりぎりの場所までレイを近づかせる。そして向かってくるレイに向けて緊張しながら口を開いた瞬間――顎を撃ち抜かれほぼ同時に二人が死んだ。

 レイの使っている拳銃は桧山製物から報酬で貰ったもので、その際に消音器や拡張弾倉なども貰って取り付けている。引き金を絞ったところで空気が漏れる音が鳴るのみ。

 そして徒党の拠点付近ということもあり人は少なく、レイの犯行に気が付く人間は現時点でいない。自動ターレットには感づかれておらず、トラップや警報装置を踏んではない。そしてカメラは事前に切っている。レイは基本的なことはすべて出来る。それがハッキングであろうと、専門にしている者には遥かに及ばないもののセキュリティの甘い徒党のカメラはそれなりに頑張れば制御できる。

 そして今回は情報屋もいる。基本的に徒党の襲撃はレイだけで終わらせる予定だが、「おせっかい」と言って情報屋がカメラの制御だけを手伝った。ラナは情報屋をしているだけあってレイよりもハッキングやその他のサイバー系の技術、知識が豊富だ。

 今回、大きな騒ぎにならずに、また迅速にカメラの制御を奪えたのは情報屋の力によるところが大きい。

 自動ターレットには感づかれておらず警報のたぐいにも引っかかっていない。そして他の構成員にも現在は気が付かれていない、今のところレイの存在は誰一人として感知できていない。

 大きな騒ぎにはならない。

 レイは顎を撃ち抜かれ倒れ行く二人の死体を両手で掴むと、そのまま正面入り口に投げ込んだ。外に死体があった場合、誰かが治安維持部隊に通報する可能性がある。ただスラムでは人が死んでいることぐらい辺り前の光景。誰も気にしはないだろうが、死亡しているのが構成員ということもあり、大規模な抗争を予感させる。

 可能性は低いが治安維持部隊を呼ばれる可能性はある。

 万が一にも注意を払わなければならない。

 正面入り口の中へと投げられた死体は血液で地面に線を作りながら滑っていく。レイは首元にあるスイッチを押し込み、頭部装甲を稼働させる。一瞬でレイの頭部はヘルメットで包まれ、完全な戦闘状態へとなる。

 正面入り口を抜けるとすぐそこは徒党の敷地内。廃工場と言いつつショッピングモールのような建物だ。中央にだだっ広い天井まで突き抜けた空間があり、脇を細い通路が円形に取り囲んでいる。

 レイが死体を投げ込んだ時、施設内にいた構成員たちは僅かにどよめいた。主に、最初に気が付いたのは一階部分の正面入り口付近にいた者達は。無残な姿で投げ込まれた死体に驚愕の表情を浮かべ、何もすることができなかった。

 そしてその直後、正面入り口から強化服を着た男がやってくる。

 二人の死体と戦闘態勢に入った敵。これだけ揃えば状況も理解できる。空いた口から声を出し、武器を構えようとする―――がすべてが遅く。叫ぶことも拳銃を触ることも出来ずに全員が一瞬で殺される。

 その後も一階部分にいた者達が襲撃されている現状に気が付くものの、レイに攻撃をするどころか声を発して仲間に危機をしらせることすらできずに頭部を撃ち抜かれる。

 レイは素早く弾倉を入れ替える。二階三階から正面入り口付近を見下ろすことができる構造であるためどこかで気が付かれるのは分かっている。その前に済ませておきたいことがある。

 レイは廃工場の構造を完璧に把握しているわけではないが、ぐらい経験と知識で大まかな場所を割り出せる。まだ気が付かれておらず、騒ぎになってない。

 つまり地下に人がいたとしても襲撃に気が付くことができず、地上に上がって来ることはあまりない。だが襲撃があればすぐにでも駆け上がって来るだろう。もし他にも出入口があったら面倒だが、これでも最低限の役割は果たせる。


 部屋に入り、地下へと続く階段を見つける。かなり大きく広い階段だ。機材を運ぶため横幅や天井を広く、高くしているのだろう。

 レイは地下へと繋がる階段に幾つかの手榴弾を落とす。今落とした物は起動してから爆発まで10秒ほどの時間があるものだ。威力は十分。階段だけでなく辺り一帯の地下空間を破壊することができる。それによって地面が陥没し、敵に気が付かれるかもしれないが、それはしょうがないことだ。

 もしここが唯一の出入り口であったのならばありがたい。そうで無いのならば全員相手すればいいだけ。いずれにしてもレイがすることは変わらない。


 数秒後。手榴弾が爆発する。レイが先ほどまでいた部屋が崩れ、付近一帯の地面が陥没する。

 直後、警報装置が鳴り響き、構成員の声が響く。死体を発見したのだろう。レイが侵入してからここまでが30秒ほど、かなり運が良い方だ。想定では10秒と経たずして何かしらの警報装置、または構成員に存在が露呈している予定だった。

 ここから10分とかけずにすべてを終わらせれば何も問題なく終わるだろう。

 レイが拳銃の弾倉を入れ替える。そしてゆっくりと足音を消して存在を消した。テイカーとして遺跡探索を行う中で自然と得られた技術。それを今は最大限発揮して、レイは構成員の声がする方へと消えて行った。

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