第166話 不明点

「君いつのまにかゴツくなってない?」


 レイが契約しているビルの地下階層。主に装備の整備場として使っている場所だ。それなりの時間、地下階層にいることもあって休憩用のソファや椅子が用意されている。 

 そして地下階層にまで何事も無く辿り着くことができたラナはソファに座りながら装備の準備を進めるレイの背中に向けてそう言った。レイはバックパックの中に弾倉を入れながら呆れたように答える。


「強化服のことか?」

 

 レイとラナとが会った裏路地は暗く、レイの姿が完璧に見える状態では無かった。またこの地下施設に着くまで落ち着ける状態では無かったから思い立った疑問を訊く暇が無かったのだろう。

 そして地下階層は細かい部品や装備を整備するために強めの明かりがついている。ラナはレイの着ている強化服に光が反射し、通常よりも大きく見えているのを見て疑問に思い訊いただけだ。

 そこに深い意図は無く、ただ『ゴツく見えた』からだ。


「それは桧山製物のやつ?」

「そうだが?」

「かなり高いでしょ、それ」

「……まあ、3000万スタテルぐらいだ」

「え、そんなに? 払えるの?」

「ま、まあ」

「レイ、指名依頼でいくら稼いだのさ。私の予想だと3000万ちょっとのはずなんだけど、金貯め込んでたの?」


 ラナの予想は当たっている。レイが実際に指名依頼で稼いだのは3000ほどだ。そこに懸賞首討伐の報酬が乗って4700万スタテルになった。そしてこの強化服―――『エニグマ』の価格は確かに3000万スタテルほどだが、モリタとの約束で多少割り引きをしてから買っている。

 レイが稼いだと思われる金とラナの脳内に浮かんでいる金額とには大きな隔たりがある、ラナの疑問は当然のことだった。


「懸賞首討伐の分もあるからな、それで十分買える稼ぎになる」

「懸賞首って……ああ。なんかホームページに記載されてたやつ?でんじなんとか、みたいな奴ともう一体の」

「いや、懸賞首というか」


 ファージスの分体は懸賞首に指定されてはいるものの、本来は懸賞首として認定されない程度のモンスターだ。分類としては多少強いモンスター程度。それを懸賞金だと言って説明するのはどこか嘘をいているような気がしなくもない。


「俺が討伐したのは『電磁機構砲台甲二式ファージス』でも『グロウ』でもないやつだ」

「ふーん。じゃあなに?」

「ファージスが作った自立稼働型のモンスターだ。詳しく知りたいならテイカーフロントに掲載されてる俺の実績欄から確認してくれ」

「ああ。そういえばあなたの実績欄何か追加されてたわね。最近忙しすぎて見れてなかったけど、指名依頼でそんなことしてたのね」


 地下階層に設置された機械端末を起動し、ラナがテイカーフロントのホームページに目を向ける。


「へぇ……これね。懸賞金は高く見積もって1憶ぐらい?」

「ホームページに懸賞金書いてないのか?」

「あれ、もっと高いの?」

「いや低い。確か2000万とかそこらだった」

「え、少な」


 だが、レイが指名依頼を行った時の装備は簡易型強化服とGATO-1だった。さすがのラナでも指名依頼期間中のレイを把握できていないが、その間に装備を新調している可能性は低いことぐらいは分かる。

 故に懸賞首はレイの装備でも倒せる強さしかない。つまりは高額な懸賞金がつくようなモンスターではないことが容易に分かる。

 そう考えてラナは納得しかけるが、だとすると幾つか分からないことが出てくる。


「え、じゃあ2000万スタテル程度で懸賞首認定されたの?」


 懸賞首として認定されるようなモンスターは一般的に低くて4憶程度、高くて14憶程度の値がつけられる。懸賞金が一億を切るようなモンスターはほとんどの場合においてわざわざ警戒するほどのモンスターでは無いと判断された個体であり、懸賞金がつくことは滅多にない。

 そして懸賞金がついたとしても7000万スタテルから9000万スタテル程度の幅に入る金額だ。2000万というのはあまりにも安く、普通に考えて懸賞首として認定されるには物足りなさすぎる金額だ。

 ただ、その点についてはレイも色々と思っていることがあり、一応、すでに結論は出ている。


「ファージスの分体とだけあってあいつは電磁機構砲台をやしてた。それで建設途中の壁が壊され、かなりの被害が出た。多分だが、懸賞金がついたのは壁を破壊できるだけの脅威度を入れた結果だ。本当ならつかないと……思う」


 レイが起きた病室。そこでイナバと話した時に似たようなことを言っていた。今回は特例だと。


「だから俺に払われたのは懸賞金というよりかは報奨金みたいなもんだ。それに『稼働する工場』の件もあっての特別措置だ」

「ああ。稼働する工場それね。確かに、だったらあり得るかもね。それに状況的にも、私が考えてたよりも差し迫ってそうだし」

「まあな」


 装備を整えたレイが立ち上がる。するとラナが『最後に一つだけ』と言ってから続けた。


「レイの話だと結局のところ、最終的な報酬は4500万程度ってことでいい?」

「そうだが?」

「じゃあその内の3000万をその強化服に使ってこと?」

「ま、まあ」

「それに手入れ費用とか、いつ買ったかは分からないけど高そうな散弾銃も持ってるし。最終的に4700万スタテルぐらい使ったんじゃない? それって稼いだ分ほぼすべてだよね」

「そうだが」


 ラナが姿勢を崩してソファに深くもたれ掛かる。


「これは余計なおせっかいだけど。稼ぎすべてを装備に、その装備で稼いだ金で次の装備を、ってその日暮らしみたいなテイカーを仕事柄、私は結構しってるけど今のところ生き残った奴はいないわ」

「…………」

「特に『やめろ』とか言うつもりはないし、だってそれも生き方の一つだからね。ただまあ、それなりに仕事を一緒にやってきたわけだから、仕事相手が死に向かってれば気にもなる。だからこれはただのおせっかい」

「……」

「レイ、少しは胡坐あぐらでもかいてゆっくりした方が良いんじゃい。もし腕がなまってんなら私が新しく仕事紹介してやるよ」


 落ち着いて生きろ。休憩した方が良い。指名依頼中に会ったハカマダも似たようなことを言っていた気がする。

 短期間に複数回同じことを入れるほどに自分の状態は危険なのか、レイは自身に問いただしてみても答えは分からないだ。主観的に見ても客観的に見ても死を向かっている実感はない。

 というより、テイカーはみなそうではないのかとも思う。大なり小なり、死とは常に隣り合わせで、レイは偶々たまたまそれが近かっただけの話だ。ただ、これだけ言われるということはレイ自身でも気がつけない問題があるのだろう。

 

「そうか。分かった」


 レイは一旦、肯定しておく。そんなレイを見てラナが笑った。


「ふっ。不満そうな顔だね」

「そう見えるか?」

「少なくとも私にはね」

「そうか……」


 近くに鏡があればレイは自分の顔を確認してただろう。生憎、今はないため自分の状態は分からないのだが。

 取り合えず、その疑問は後回しにして今はするべきことがある。

 

「追加依頼はジリアファミリアの解体でいいんだな」

「そうね。ジリアは……殺してもいいわ、あなたに任せる」

「分かった。拠点はどこだ?」

「北地区。詳しいのはもう送ったわ」

「分かった。ここにいてくれ。終わったら連絡する」

「りょうかい」


 ラナが答えるとレイは拳銃を懐にしまいながら出口の方へと向かって行く。ラナはソファに寝転がりながらレイの背中を見て、やはり違和感を覚える。


(なんかこう……ゴツいというか。強化服のせいかな、やっぱり)


 前に見た時よりも変わっている。身長が高くなっただとか、体が一回り大きくなった打とかそんな事ではない気がする。本質的には強化服もあまり関係していない。


(まあ……テイカーだしね)


 テイカーは遺跡探索を生業としている。日々疲弊し、死の縁を歩く。テイカーに成る前は明るい雰囲気で健康体だった男が、テイカーになってから数日でまともに喋れないほど疲弊し、頬がやせ細った姿になっていることがよくある。

 テイカーは人を変える。

 穏便で平和主義であった者が凶暴で自制の効かないような者へと変わっていることもあった。

 テイカーは異常だ。死の縁を歩くようなことをしておいて、その心労と非常識に触れておいて少しも変わらない人物はいない。皆がみな、大小はあれどテイカーになると人が変わる。

 レイに関しては他のテイカーよりも酷い状況が続いている。装備も整っていない内にモンスターに襲われ、同業者に襲われ、狭い通路でモンスターの大群に追い詰められ、『稼働する工場』を見つけ、懸賞首を討伐した。

 考えなくともわかる、レイがテイカーに成ってから他の者達よりも危険に晒されてきたことぐらい。死にかける体験は数知れず。モンスターとの戦闘は優に数千を上回る。偶然か必然か、常に全力で戦える相手ばかりをレイは相手にしてきた。


(……分体こいつもそうだったのかな?)


 画面に映し出されたファージスの分体に目を向ける。たった2000万程度の懸賞首でも簡易型強化服とGATO-1では厳しいだろう。それこそ奇跡でも無ければ討伐不可能なモンスターだ。

 簡易型強化服とGATO-1を装備したレイがぎりぎりで殺しきれる相手が2000万のモンスターとも考えることができる。ただ、あくまでもこれはラナの予測と仮定が多分に含まれている。正しいかは分からない。

 ただ、これはレイもラナも知らずイナバや中継都市関係者しか知り得ないことだが、ファージスの分体に関しての情報、映像はすべて何者かによって消されている。加えて、分体の死体は。レイが爆破させた頭の付け根部分だけでなく、頭部や電磁機構、足の数本が消えている。

 稀にモンスターの中には生態活動を停止すると体が勝手に分解されてしまう種類もいる。ファージスの分体もそうであったと考えるのが最も楽な案だ。しかし実際はカメラも停止しており、情報も消去されている。つまりと考えることもできる。

 この情報をレイは知らないため、死体は勝手に分解されたかテイカーフロントが持ち帰ったと思っている。そしてカメラ映像が消えていることも情報が無くなっていることも知らない。

 そして、当然だがそんなにも情報が無いのならば分体の強さ、脅威度を正確に測るのは難しい。イナバはレイの装備、負傷具合、被害の程度などを見て判断したがそれが正確だとは言い切ることができず、間違っている可能性もある。

 また情報を一つ付け足すのならば、レイの使用した爆薬、特殊弾倉、ロケット弾などを用いてアンテラ達は懸賞金で遥かに上回る『グロウ』を討伐している。当然、寝られた作戦は使われる弾薬、爆薬の量、規模感も全く異なるが、それでも同一の装備で討伐できている。一方で、それらの装備を用いて分体を倒せるかと問われれば、答えに悩む程度には難問。

 これらはすべてが可能性の域を出ない話。しかし、実際にはファージスの分体は憶の懸賞金が設定されるほどに驚異的なモンスターだったのではないかと。そう考えることができる。

 ただ逆に2000万スタテルを下回る程度の脅威度しかない、という可能性もある。

 あくまでも推測。ただもしかしたらそうであるかもしれない、という可能性の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る