第165話 似たような依頼
通話相手は情報屋だ。いつものように飄々として口調と声色でレイに話を持ちかける。
「いやー。君が出てくれて助かった。ちょっと緊急で頼みたいことがあるんだけれど、どうかな」
「内容による」
「よし。じゃあ手短に告げる。私との契約を破ったジリアファミリアとかいう徒党を潰してもらいたい」
ジリアファミリア。スラムの中にある徒党の中では少し名の知れた程度の組織だ。構成員はそれなりにおり、資金もそれなりにある。武器や外骨格アーマーを所有しているだなんて話もある。
マザーシティにあった徒党でありレイが負傷しながらも壊滅させたアリアファミリアとよく似た徒党だ。それを潰すのだ。昔のレイならば今すぐにと言われて早急に対処することは出来なかった。
しかし今は違う。中部にいた頃――厳密に言うのならばマザーシティにいた頃――のレイと今のレイとでは大きく違うのだ。体格も知識も技術も装備も。すべてが並外れている。
遺跡探索を行うテイカーはたとえ駆け出しであろうとも、そこからの徒党より強い。徒党の中には実力のあるテイカーを後ろ盾に使うことで、責められにくくするほどだ。それがたとえ嘘であろうとも、完璧に露呈しさえしなければ他の徒党は攻めるのを躊躇する。
つまり、今のレイならばジリアファミリア程度、すぐに潰せる。
「別にいいが。なんでそんな依頼してきたんだ」
「言ったでしょ。あいつらが私との契約を破ったの。正当な報復よ」
「あー。いや、俺に頼んだ理由だ。別に他にも人がいただろ」
「それはただ単に緊急だったからよ。他の奴らには連絡つかないし、それに君、暇だったら依頼受けてくれるでしょ」
どこかレイに対して著しい誤解をされているようにも感じられるが、時間も無駄なので指摘はしない。
「分かった。報酬と前後の
「え、ちょっと今そんなに時間ないよ。それに今更人殺して気分悪くなるとか、君そんな感傷的だっけ」
やはり何か大きな誤解をされているように感じる。
「急いでるのは分かるが、こっちだって無駄なことはしたくない。あとで痛い目みたくないからな」
「えぇ。んな堅物な。分かった。じゃあ依頼内容を変更するよ。私いまジリアファミリアの奴らに追われてるから、取り合えず安全な場所まで護衛してくれない?」
思わぬ状況にレイが僅かに驚く。そしてすぐに答えた。
「そういうことは先に言ってくれ」
情報屋の言う緊急事態が、そういう意味での、本当の緊急事態だとは思っていなかった。そのためレイは悠長に話してしまった。というより、これは先に周りの状況を話さなかった情報屋側に問題がある。
当の情報屋は苛立ちながら答える。
「だからさ。取り合えず依頼引き受けてくれたら、まずこっち助けてっていうつもりだったのよ。なのにさ、そっちはそっちで―――」
「分かった。分かったから、取り合えず簡易的に依頼は引き受ける。位置送ってくれ」
「全く。私の通信端末の位置情報を添付して送ったから、追ってきて。できるだけ早めにね」
「分かった」
何故かこちら側が悪いようにされていることに疑問を思いながら、レイは添付された地図に目を送る。青白い点が動いている。レイが現在いる場所から走って15分ほどの距離。しかし強化服を使えば幾らか短縮できる。
ただ、都市内では強化服の使用が一部禁止となる場所があるため、少しばかり迂回しなければならないだろう。
レイは位置情報に目を通すと、すぐに走り出した。
◆
情報屋――ラナは息を切らしながら裏路地を歩いていた。
(誤算ね)
ジリアファミリアは最近、勢いのあった徒党だ。それなりに資金を有し、人材も多く、ジリアもまた優秀な人物だった。ラナも何度かジリアに依頼を注文し、また依頼を渡された。
少なくとも、ラナの知っている限りでジリアはそこまで馬鹿な人物ではなく、対等な取引を行える男だった。報酬の支払いを滞らせることは無く、誠意には誠意で返す。とてもスラムで生まれ育ったとは思えないほどに義理人情というのがはっきりと存在していた。
ラナとしてもジリアは優良な取引相手で多くの契約を交わした。ラナが最初に目をつけたときジリアの徒党はそこまで大きくは無かった。だが時が経つにつれてより大きく堅牢に、増大していく。三か月もすればスラムで名が知れるような徒党の仲間入りを果たしていた。
それほどの短期間で徒党を成長させるのは奇跡的なことではあるものの、ジリアは浮かれず、ただ堅実に徒党を大きくさせていく。
これまで多くの人々と関わって来たラナが見てもジリアは優良株だった。そうだったのだ。
ジリアがおかしくなり始めたのは今からちょうど一か月前。依頼の注文こそ前のように受けるものの、支払いを渋るようになった。ジリアファミリアは潤沢な資金を持っているように見えたし、収支を計算してもかなりの金を貯めているはずだ。
今更、ラナに対して小さな契約の代金を払うことを出し渋る理由が分からなかった。
そんな日々が続き、日にちは流れて今日の昼。ラナがジリアに催促の電話をした。通話は何事も無く繋がったが、ジリアはどこかおかしな様子でまとに話が通じる状況では無かった。
『情報屋。報酬の支払い期限をもう少しだけ待ってくれ。こっちは今それ何処じゃ。ああいや、そういうんじゃねえ。取り合えず待ってくれ。少しでいい。だがもしこれ以上待てないのなら、こっちにも手段がある』
確か、ジリアはそんなことを言っていた。当然、ラナからしてみれば、散々待ってこの返事。少しは誠意があれば良かったものの、これだけ一方的に言われればこの提案を到底飲めるわけも無く、すぐに断った。
『駄目だ。すぐに払え。さもなくば―――』
そう答えたところで、ラナのいたホテルの一室が爆破した。幸い、ラナが負傷することは無かったが、これがジリアからの攻撃であることは確かで、非常に危険な状態に晒されていた。
そしてある程度の交友があった間柄であり、被害を考えずにホテルごと攻撃した。ジリアはそれほどに追い詰められ、なりふり構えない状況にあることは確かで、人混みに紛れてジリアファミリアの構成員を撒くのも、被害を考慮したら無理だ。
幸い、来ていた服に光学迷彩の機能があっため難を逃れることができたが。今度もそう行くとは思えない。何せ、光学迷彩のバッテリーが切れている。もし次に見つかったら逃げる手段がない。
(さすがに直接来るのは予想外だった……。ほんと疲れるよ)
そうしてラナが裏路地を歩く。だがそんなラナの後ろから構成員の声がした。
(まず――)
振り向くとすでに拳銃を向けられていた。ラナは咄嗟に顔を覆い、少しでも生存確率をあげようと試みる。たとえ、それが意味のないことだと分かっていたとしても。直後、銃声が鳴る。
しかし撃ち出された弾丸はラナに命中することは無かった。発砲音から僅かに遅れて鳴った金属音。
ラナが目を開くとそこには黒い強化服で身を包んだレイがいた。突然の介入に驚いた二人の構成員は僅かに反応が遅れる。そこを見逃すことは当然に無く、レイは持っていた拳銃を二回発砲し、二人の構成員を一瞬で仕留めた。
レイが現れてから構成員を殺すまで、まさに一瞬の出来事で、ラナは尻もちをついたままその光景を見て唖然とすることしかできなかった。だが仕事柄、驚いたとしても表情には出ないし、どうにか自分が平静であると取り繕ってしまうラナは、立ち上がりながら小言を吐く。
「遅いよ。依頼主を死なせる気?」
「これでも全力だ」
レイは拳銃を仕舞いながら呟く。そして続けた。
「怪我は」
「してないよ。もう少しでするところだったけど」
「じゃあ間に合ったってことでいいか」
「まあね」
「じゃあこれからどうする。俺がジリアファミリアを潰しに行くか?それとも一旦、安全な場所まで護衛した方がいいか?」
ラナは僅かに考えて、そして結論を下す。
「一旦まず落ち着こうか」
「分かった。
「あーーいや。それはいいかな」
表面上で申し訳なさそうな顔をしながら、ラナが続ける。
「なぜか私のいる場所特定されてたし、用意してるセーフルームの場所も割れてるかもしれない。だからその提案はナシでお願い」
ラナの言っていることは一理ある。レイも特に否定することは無く、代替案を探す。だがレイが案を見つけるよりも早く、まるで最初から思いついていたかのように気を見計らってラナが言う。
「レイ。最近引っ越したでしょ」
「なんで知ってるんだ」
「色々とね。私は情報屋だから」
いつどこで情報が漏れたのかは分からないが、それについて悠長に思考を巡らせる時でも無いため、一旦そのことは忘れてレイが訊き返す。
「俺の家の場所が分かったからなんだ、何かあるのか」
「ふふ。もう分かってるでしょ?私が持ってるセーフハウスは使えない状態。つまりは安全な場所が無い。だからといって今から探しても見つからない。警備設備が充実していて、場所が割れていなくて、だなんて条件の場所はそうそうない。だが一つだけあるでしょ?」
「…………」
レイは薄々感づいてはいるものの、答えはしない。
「そう。つまりは君の家。ちょうどいいセーフハウスじゃない?」
せっかく引っ越ししたというのに厄介ごとに巻き込まれた。いや、首を突っ込んだのはレイなのだから、自業自得ともいえるが、それにしても嫌だ。だが彼女は依頼人であり、命を守ることが依頼内容なのだとしたら答えは考えずとも出てくる。
「他にもっといいところは無いのか?」
「私のこと過大評価しすぎ、セーフハウスを幾つも維持できるだけのお金、私には無いよ」
「分かった。取り合えず俺の家まで護衛すればいいんだな」
「あれ。案外すんなり通ったね」
「あんたは依頼人だからな。こっちはできるだけ要望に答えなくちゃいけない」
「……ふふ。助かるよ。着いてから事の詳細を話すよ。それと追加で依頼をしたいことがあるんだけどいいかな」
「構わない」
レイが答えるとまずは安全な場所に移動するため足を進めた。
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