第二章――第二次典痘災害『中』

第164話 急用

 桧山製物からの依頼を受けてから2カ月が経った。強化服が到着するまでの五日間は部屋選びや様々な書類整理などに追われていた。その中で意図的にでは無いにしろ、アンテラやハカマダ、キクチとも連絡を取ることになり、色々と話し合った。そうして五日間が経つと、レイは強化服の受け取りにアンドラフォックへと出向いた。その際に店長であるジグから問いただされた。 

 そこまで名の売れていない、一介の武器屋にわざわざ桧山製物から連絡が来るとともに強化服『エニグマ』が届けられることを伝えられた。その際にレイのことについても当然に聞いているため、ジグからはどこで桧山製物と知り合い、なぜ依頼を受けることになったのか、色々と訊かれた。

 ただジグも武器屋の店長ということもあり、客のプライベートについてはそこまで多く触れない。そのため遠回しに聞かれただけだ。その後は何事も無くエニグマの受け取りが済み、次の日に久しぶりの遺跡探索へと出向いた。

  

 五日間、休養していたということもあり少し前の日まであった体の痺れや震え、脱力感といった後遺症のようなものは無くなり、ほぼ全快した状態で遺跡探索へと望んだ。

 ただ五日間という日数は思いのほか長く、またそもそも、レイは指名依頼、桧山製物からの依頼、そして五日間の休養日など、遺跡探索には行かず別の場所で仕事をしていた。

 そのためモンスターと戦うのは五日ぶりだが、遺跡探索を行うのは一カ月ぶりになる。さすがのレイでも色々とにぶっていた。遺跡を包み込む張り付いた緊張感。

 指名依頼を受ける前はその空気に慣れていたため特に気にならなかったが、遺跡探索を行ったレイは肌が張り付くような感覚を久しぶりに覚えた。その緊張感に変に慣れて油断してしまうのも駄目なことだが、それ以上に緊張で体が強張って動きづらくなる方が危険。

 そして一カ月も来ていないとある程度は見慣れた遺跡の光景も様変わりする。遺跡では常にモンスター同士が争い、そこにテイカーも乱入し、良く地形が変わる。そこが自動修復機構が活きている場所であれば、変な形で建物が再度建設されることもあるし、完璧な形で建設されることもある。ともかく、一カ月ぶりに見た遺跡の光景は、レイが覚えているものは大きく違っていた。

 前まで行けていた道が瓦礫によって塞がれ、生物型モンスターの生態圏や警備ロボットの巡回経路も異なっている。体感ではそこまで経っていないように感じられたこの一カ月。その時間の長さを身をもって体感した。


 駆け出しの頃のレイやその他のテイカーであったのならば一瞬で死に至る。それが遺跡と言う場所であり、それが外周部であっても変わらない。

 ただ。とは言ってもレイの装備は外周部を探索するのには過剰すぎるぐらいに強力だ。売りに出されたばかりの最新式、加えてレイ用に微調整されたMAD4Cと強化服のエニグマ。

 装備や値段面だけを見ると中堅のテイカーに足を踏み入れた、という具合だ。中堅のテイカーはほとんどの場合、小規模遺跡の中域か、比較的モンスターの少ない、また探索の進んでいる大規模遺跡を探索する。

 レイもその例に漏れず、前までは入れなかった『クルメガ』の中域を探索する予定だった。しかしその時は最初の探索ということもあり、まずは慎重に、感覚を戻すことから始めた。

 遺跡内で出現するモンスターの割合は増えておらず、そして種類も増えてはいない。ただ生息する範囲が広がっていたり狭まっていたり、または別の場所に映っていたりと微妙な違いはあった。レイにしてみれば、基本的にどのモンスターが来ても容易に対処できる装備と実力があるので、生息域が少し変わってぐらいで支障にはなり得ない。

 初日の探索は何事も無く終了した。

 遺物はさほど持ち帰れず、使った弾丸代を考えると赤字だ。しかし体を慣らすことや調整されたエニグマ、MAD4Cの使用感を確かめられただけで十分な収穫があった。

 それからレイは家へと帰り、新しい物件を探しながら遺跡探索を続ける日々へと戻った。毎日のように遺跡へと出向き、遺物を持ち帰り、換金する。やっていることだけを切り取ってみて見ると実に単調な生活だ。しかし遺跡では毎回のように不規則の事態に遭遇し、緊張感がある。

 毎日の充足感。それでいて一瞬に過ぎ去っていった。気が付くと一カ月が経っており、その頃にはエニグマとMAD4Cの扱いにも慣れてきた頃。また遺跡探索では中域を探索し始め、高い弾代と整備代を補填してもなお換金代が余るようになった。

 遺跡探索を開始して一カ月でやっと毎日の赤字が消え失せ、黒字へと転落。それからもレイは愚直に探索を続けた。何しろ、新しい物件と契約するためには相応の頭金というのが必要になる。

 また死亡率の高いテイカーだ。すぐに死なれて宿主が交換では手続きが面倒だ。レイが信用に足る男か、支払い能力があるのか、それを証明する一カ月となる。単調にも感じる遺跡探索を何度も繰り返し、気が付くと一カ月が経過し、桧山製物からの依頼を受けてから二か月が経っていた。


 単調に遺跡探索だけを繰り返していた二か月だったが、案外、忙しい毎日だった。特に大きな事件が起こるわけでもなく、二か月前の――『稼働する工場』の発見やそれに伴う指名依頼、そして続く桧山製物からの依頼などにより――忙しかった期間とは打って変わって、イベントは少ない。しかし毎日をそれなりに全力で生きていれば時間が経つのは僅かに遅れる。


 そうした二か月間を過ごし、テイカーランク『32』になった。装備は変わらずエニグマとMAD4C。そしてそれらと共に買った装甲車両だ。荒野仕様で遺跡探索にも連れて行けるほどに高性能。消費電力こそ激しいものの光学迷彩を使い、姿を隠すことができる。

 装甲車両を使って遺跡探索をできるようになったおかげで、色々助かっている。まず『クルメガ』まで徒歩で行かなくて済むようになった。今までH-44があるため徒歩の負担は軽減されていたものの、相応の疲れがたまっていた。しかし車両は徒歩よりも当然に早く、疲れも溜まらない。また荷台には回収してきた遺物を置くことで、一回の遺跡探索辺りで持ち帰ってこれる遺物の量がバックパックに詰め込んでいたいた時の数倍に膨れ上がった。

 ただそうすると遺跡と車両とを行き来することになるので、車両に乗せた遺物を他のテイカーに奪われることになる。しかし車両を買う際にモリタが「オプションで光学迷彩と自動運転機能。危機の察知をすると自動で走りだすモードを搭載できますよ」と商売臭い顔を浮かべて言ってきたため、レイは二つ返事で使い料金を支払うことに承諾した。

 ただ、その返事には少しばかり『してやられた』という旨の不満が混じっていたことは確かだ。


 いずれにしても、装甲車両を買ったことで稼ぎが増えた。そして、今のレイはその装甲車両を昔のように金のかかる車庫に預けなくても良い。何しろ、レイはテイカー用の家を買っている。『家』とはいっても、一軒家では当然ない。クルガオカ都市に一階建てや二階建ての呑気に立てられるような敷地はない、そしてあったとしてもレイでは一日すら借りれないほどの金額がする。

 レイが借りたのは中位区画にあるビルの地下階層と低階層の一室だ。地下階層は元々部屋が少なく、それでいて広いが無機質な空間が広がる単調な部屋が幾つかあるだけ。

 人は住んでおらず、またビルの管理人もそこに入居者を入れようとは考えていなかった。もともと地下空間はテイカー用に作られた整備用の部屋であるが、ビルにテイカーの入居者がいなかったため長らく使われていなかった。最近では別の用途に使おうと、作り変える案も出していたらしいが、そこにレイが来て、運よくレイが借りる形となった。

 もともと、あまり使われていなかった場所であるため最初こそ掃除や補修で面倒だったが、今は使える状態だ。整備場としての用途として作られたためか、浄水設備や警備設備、空調設備などが完備されており、また部屋が広いため幾つもの装備を置ける。

 今もう地下階層すべてをレイが格安で借りている形なので、この地下空間はすべてレイの居住区。ビルに備え付けの駐車場に停めれない指名依頼に行く際に買った装甲車両は今、地下に置かれている。

 だがレイが眠るのは地上に借りた一室だ。流石に地下で眠るのは精神衛生上良くない。スラムで生まれ育ったレイは何処であろうと眠れるが、少しは良いところで眠りたい。故に地上の低階層を一室だけ借りて、そこで体を休めている。


 これだけの設備がありながら、レイが予想していた値段を少し越したぐらいの価格。

 良い掘り出し物件だった。


 そして今日も遺跡探索を終了し、ビルへと向かっているとレイの通信端末に誰から通話がかかってきた。レイが通信端末の画面を見てみると、久しぶりに見る人物からだった。


 レイが訝し気ながら通話に出る。


「やあやあ久しぶり。元気にしてたかいレイ」

「何の用だ、情報屋」


 通信相手は情報屋だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る