第163話 報酬
「では。ありがとうございました」
昨日の夜辺りから始まった桧山製物からの依頼が終わったのは、次の日の、すでに空が赤くなり始めた頃だった。荒野の巡回しながら何百体とモンスターを討伐し、データを回収。荷台から撃って、次は荒野に降りてからの戦闘。敵は機械型、生物型の区別なく、満遍なく相手した。
実践データ回収に関して、特に問題が起きることは無く順調に終わった。とは言っても昼食の時間や機械の不具合などに時間を取られ、結局のところ終わったのは夕方だ。
昨日の夜から今日の夕方まで依頼を行い続けた。また依頼を行っている時間はそれだけだが、レイは昨日の朝から起きている。ほぼ丸二日、寝ていないということだ。戦闘による疲弊もありさすがに疲れている。
回復力が高いので寝ればまた明日には動けているだろうが、それでも疲れるものは疲れる。依頼を終わらせて桧山製物の模擬訓練場に戻って来たレイは栄養補給薬を飲みながら、椅子に座って休んでいた。
部屋は白を基調とした内装で置いてある家具もテーブルと椅子だけで実に質素。しかしそれで十分。これでもレイが住んでいる家より整っている。
レイが今、住んでいる家は裏路地にあり色々と面倒だ。騒音の問題。ゴミの問題。加えて異臭や家具の設備の経年劣化。
レイの稼ぎから考えるとそろそろ住む場所を変えても良い頃だ。
広い部屋。綺麗な浴槽。防犯設備や防音設備、車庫が備え付けてあり、銃声が聞こえない比較的治安の良い場所。それだけの条件を揃えるとなるとかなりの値段になる。
しかし今のレイは十分に払える。
確か、テイカー専用の宿や家があったはずだ。車庫や整備室。物置などが完備された家だ。中部にはテイカーで生きている者も多いため、同じような物件はそれなりにある。
そしてそのすべてがテイカー用にカスタマイズされた物件だ。中には、地下に射撃訓練場を備え付けているもの、訓練施設と提携し、居住者はいつでも訓練場使えるようサービスを展開している場所もある。
また、テイカーの中には体を機械化する機械的手術を受けているものやナノマシン投与や強化薬の服用などによる生態的強化・手術を受けている者もいる。それらの者は体のメンテナンスに手間と時間を取られる場合が多く、相応の施設に行かなければいけないこともある。
機械の体というのは生身の体とは違い、自身の異常に気が付きにくい。生身の体であったら勘付くことができる内臓の痛みや関節の痛み。体を機械化している場合、痛覚が存在しない部位というのも存在するため、駆動部分に不具合が生じていても分かりにくい。
動かして、整備してしても気が付くことができない不具合というのは当然に存在する。そのため体を機械化しているものたちは
そうした背景から、テイカー用物件の中には
そしてナノマシンの投与は肉体的負担も少なからず存在し、機械化手術をした者と同様に
しかしテイカー用物件の中にはナノマシンを保管できる整備の設置と掃除、メンテナンスを無料で行うサービスも存在し、当然として
ただ当然、それらの物件に住むのは腕の立つテイカーがほとんどだ。一億は容易に稼ぐようなテイカーから、懸賞首討伐を生業とするテイカー集団に属している者。たった一人で遺跡の中心部に入るような化け物まで、色々と存在する。
レイは生態的手術や機械的手術を受けていないためそこまでの設備や施設の必要とはしない。ただ一般的な設備があれば良いだけだ。広めの車庫と整備室、清潔な浴槽に硬くないベット。
多くは望まない。一般的に使われているテイカー用物件にすればいいだけだ。
ただテイカーという職業上、いつ死ぬか分からないため契約するためにはある程度の信頼を得る必要がある。信頼を得る最も効果的且つ効率的な方法はテイカーランクを提示することだ。テイカーランクが低ければ断られる場合がある。現在、レイのテイカーランク『25』、高いと言えば高いのかもしれないが、上を見れば切りが無い。中堅の少し下、という具合のテイカーランクだ。
物件によってはすぐに断られてしまうだろう。多少、テイカーフロントのホームページに乗っている実績――懸賞首討伐など――を提示すれば憂慮されるかもしれない。が、結果は分からない。
ただレイの望みはそこまで高望みしているわけではないため、恐らく希望に沿った条件の物件が見つかるだろう。
そうして、レイが次の住居について考えると、扉をノックする音が聞こえた。
「モリタです。清算が終わりました」
「分かった」
レイが答えると扉が開きモリタが入って来る。そしてモリタも疲れているのか僅かに低くなった声量で話を続ける。
「今回の報酬ですが、詳細についての資料をお送りいたしましたのでそちらを見ていただけると助かります。報酬についてはすでに振り込んでいるので、後で確認をお願いします」
「分かった」
「また強化服の調整が終わり次第のお届けになりますので、5日ほどいただきます。送る場所はアンドラフォックか自宅か、それとも別の場所かどうしますか」
レイがデータ回収の際に来ていた強化服『エニグマ』。あれは戦闘の際に負った浅い切り傷を修理し、レイ用に調整してから渡されることになっている。すでに代金は支払っており、あとは届けるだけ。
家を変えた後ならばいいが、今の自宅では満足に置くスペースが無い。ひとまず、アンドラフォックに届けてもらう方がいいだろう。
「アンドラフォックでいいか?」
「はい。では連絡しておきます。次に実践データ回収依頼の報酬についてですが、何にするか決まりましたか。拳銃を一丁と、完成品の中から一挺」
実践データ回収依頼の報酬の受け取りがまだ済んでいない。今日、使用した三種類の装備。狙撃銃、突撃銃、散弾銃の中から一挺を選ぶことになる。どれも良い武器だが、レイはそこまで悩んではいなかった。
「MAD4Cでいいか?」
「散弾銃ですね。わかりました」
散弾銃――MAD4C。突撃銃ばかり使ってきたレイにしては少し変わった選択だ。今回の実践データ回収依頼の中でレイはそれなりに三種類の武器について触って来た。
狙撃銃、突撃銃、どちらとも欠点が無く高性能であり高品質な装備だ。しかしレイの中では散弾銃が最も使いやすかった。そして分かりやすい性能をしている。一発でモンスターを破壊できるだけの力、今まで使っていたGATO-1には無かった機能だ。
ファージスの分体しかり、その他の大型モンスターしかり、GATO-1では火力不足で殺しきれない展開が多々あった。その度に苦労させられ、苛立ちもある。そして数で優る相手にも弾倉の交換にかかる時間や殲滅能力の低さなどから行動を縛られる場合もあった。
しかしMAD4Cさえあればその悩みも少しは軽減される。少なくとも大型のモンスターや数で優るモンスターを相手にしても対処できるだけの力がある。
使い慣れているのは突撃銃だが、レイは基本的になんでも使える。使い慣れていない散弾銃であろうと、そこらのテイカーよりかは遥かに上手く扱える。
レイの結論を聞いたモリタが追加の説明を始める。ただその説明はそこまで長くはかからず、モリタはすぐに会釈をしてから部屋から出ていく。そして用が無くなったレイは後のことを考えながら立ち上がる。
強化服が届くまでの5日間。遺跡探索を行うのは危険だ。まだ僅かに右腕にしびれが残っているためだ。そのため、この五日間は休養しながら色々と学ぶ時間にした方が良いだろう。
西部と中部では常識が違う。そして装備や銃も同じだ。それらについてレイはまだ学びきれていない。そして新しい家についても探さなければならない。強化服が届くまでの五日間。思ったよりも空いている時間は少ないかもしれない。
(どうにかなるか)
取り合えず明日の予定だけを立てたレイが、楽観的にそう思いながら部屋を後にした。
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