第162話 値段相応の性能

 荒野に一人。レイが目の前から近づいて来る機械型モンスターに視線を向けている。近くには何もない、少し遠くにモリタの運転する車両があるだけだ。レイの手には散弾銃――MAD4Cが握られている。桧山製物が作り出した四つの完成品、その内の一つ。

 レイが使ってきた散弾銃の中では最も高価且つ高性能。それでいて使いやすい。文句のつけようがない程度には優れている。遠方からやってくる機械型モンスターでは相手にならないほどだ。


 そしてMAD4Cの他にもレイは高価且つ高性能な装備を所有、装着している。


 レイは現在、強化服を装着している。いつも着ているような簡易型強化服では無くなっているためその外観は大きく異なっていた。表面には硬い装甲が取り付けられ、微弱だが電磁装甲が張り巡らされている。

 出力はH-44を遥かに上回る。そして値段も昔のレイでは手が届かないほどに高い。

 今回の実践データ回収に伴い、レイは強化服を買う予定だ。今日はこの強化服の使用感を確かめる為、データ回収を行うついでにモリタから許可を得て着用している。

 値段は3400万スタテル。名前を『ENIGMA《エニグマ》。指名依頼と懸賞金、その他諸々を合わせた報酬が4700万程度であったから、かなりの買い物をしたことになる。値段が報酬のかなりの割合をしめているが、これは割引されるというのと、銃器を買う必要がなかったためそちらにスタテルを割く必要が無かった、という理由がある。

 本来ならば強化服を買った後に銃や回復薬、弾丸を買わなければならずすべて揃えると2000万スタテルにも上る。だとすると強化服にかけれられるのは2700万スタテル程度だ。

 しかしレイは武器を買う必要が無い。今回のデータ回収の依頼報酬として完成品の中から一つ貰えるからだ。もし買うのならば1300万スタテルの値がかかり、弾丸を合わせるとなるとそこから200、300万スタテルは増える。

 だが銃器分のスタテルはいらないため、必要なのは500万程度。レイの計算通りであれば600万スタテルは余る予定だ。


 レイがゆっくりと丁寧に準備を進めていると機械型モンスターの姿かたちがはっきりと確認できる距離まで近づいて来ていた。レイは戦闘前、最後の準備として強化服の出力を上げる。

 H-44とは違い、制御機能が搭載されており、多彩な機能が詰め込まれている。まず側面歩行機能は健在のもと、加速装置もついている。強化服を覆う装甲には電磁機構が施され、弾丸やその他からの衝撃を無効化する。

 使おうとすれば射撃補助機能や補正機能。AIサポートなどの機能もついている。ただAIサポートに関しては追加オプションなので、使用するとなると桧山製物に金を払って改造してもらうことになる。

 当然、レイには要らない機能だ。射撃補助機能や胴体制御などの補助機能も不必要。

 一度、ENIGA《エニグマ》を使う際にそれらの機能について触れてみたが、肌に合わなかった。レイにしてみれば生身の方がいくらか動きやすく、脳内でイメージした動きを完璧に行える。

 逆に補助機能があるとそれらの行動に僅かなずれが生じる。故にレイには必要の無い機能だった。

 

(よし)


 首の辺りに設置されたボタンを触る。すると背筋の辺りから僅かに音がした。そして次の瞬間には格納されていたヘルメットがレイの頭部を包み込む。黒塗りの禍禍しい見た目をしたヘルメット。

 荷台で撃っている時は特に使う必要がなかったが、モンスターとの近接戦闘の際には必要になる。本来ならば視覚補助機能などが搭載されているが、レイは使わない。これも胴体制御や射撃補助機能を理由と同じだ。

 確かに、『エニグマ』に搭載された補助機能は最適な方法を提案する。しかしレイは自身の勘や経験といった不確定なものの方が信用できる。また戦闘を変に邪魔されたくはない。

 強化服の出力を最大にしたレイがMAD4Cを構える。


 すでに目前にまで迫った機械型モンスターがレイに向かって飛び掛かる。レイの頭上を機械型モンスターが多い、太陽光が遮られる。だが次の瞬間には晴れる。レイが引き金を引いたのだ。

 撃ち出された散弾は眼前を覆った障害物を吹き飛ばす。装甲を吹き飛ばし、部品を飛び散らしながら一体の機械型モンスターは姿を消した。レイは続けて引き金を引く。

 すると目の前に広がっていた機械型モンスターの群れがまとめて吹き飛ばされる。木っ端みじんに、空を部品が舞う。

 MAD4Cには幾つかの機能が搭載されている。その中に撃ち出す散弾の角度を変える機能がある。最初、レイの目前を覆った機械型モンスターを破壊したのがMOD1という機構によるものだ。MOD1はより散弾を一点に集め集中的に発砲することで破壊力、貫通力、飛距離を伸ばす。

 対してレイが今使用したMOD3という機構は貫通力や飛距離を弱める代わりに広範囲に散弾をバラまくことで複数の敵をまとめて吹き飛ばすことができる。近距離から中距離までに対応。それでいて敵の大きさ、数によっても使い分けることができる。

 散弾銃――MAD4Cに搭載された機能の中で最も特徴的な面だ。MOD1とMOD3を使い分け、緊急事態に対する対応力を大幅に高めることができる。また、MOD2という機構は『1』『3』の中間であり、機能は互いの長所を取って弱めたような具合だ。

 つまり、貫通力はMOD1に劣るものの十分に機能を有し、MOD3には劣るものの広範囲殲滅力を有している。言ってしまえばどっちつかずの曖昧な機能だが、十分な性能を持っているため『1』と『3』の良い機能を併せ持っている形になる。


 GATO-1ならば目前から迫る機械型モンスターに厳しい戦いを強いられただろう。単純な火力不足という面もあるが、それ以上に広範囲殲滅力が欠けていた。そして質で優る、例えば『ファージスの分体』のようなモンスターに対応することができなかった。

 しかしMAD4Cは違う。広範囲殲滅力を有しながら分体を破壊するだけの破壊力、貫通力を持っている。高い値段の分、相応の機能を持っているというわけだ。

 訓練場での模擬戦闘はホログラムを用いて、仮想のモンスターに仮想の弾丸を撃ち出しただけ。高性能コンピューターによる演算処理によって散弾銃の反動がコンピューターと連携された強化服へと加わり、撃ち出された散弾の一つ一つが現実のように挙動する。弾丸が着弾した際に飛び散る肉片や部品。それらは本物かと見間違えるほどに現実通りの挙動をしていた。

 しかしやはり実践は違う。機械型モンスターを破壊した時に飛び散る機械片。それらはホログラムで見た飛び散り方と一致こそしているものの、現実感が違う。銃口を照らす発火炎マズルフラッシュ。反動、発砲音、弾丸と装甲がぶつかった時の金属音に金切り音。火花が飛び散り、部品が宙を舞う。

 落下した部品を踏みつけ、前に進んで引き金を引く。

 MOD3やMOD1を使い分け、稀にMOD2を使用して最適、最速の手順で敵を仕留めていく。

 弾倉に入る弾丸の数は突撃銃のものと比べると当然に少ないため、弾倉を交換する機会は多くなる。しかしその際に隙は出ない。MOD3によって広範囲を殲滅すれば弾倉を交換する時間ぐらい稼げるからだ。

 

 いつものようにモンスターに全方位を囲まれることは無い。それほどまでに圧倒的な火力。強化服の性能を試すつもりであったが、使うまでも無い。機械型モンスターがレイに近づくことは出来ないからだ。

 一体たりとも寄せ付けず、処理するせいでやることはいとも単調だ。

 強化服の性能は隙ができるであろう狙撃銃のデータ回収の時にすればよい。取り合えず今はこの強化服で『酔い』が発生しないことだけ分かればいい。また慣れてきたら制御機能を取っ払って戦うのもいい。つまりはH-44のようにストッパーを無くし、エニグマが出せる出力の最大を経験してもいい。


 色々とやりたいことが思い浮かぶ。

 だがまずは目の前のモンスターからだ。

 レイがそう思い少しだけ口角を上げると、MAD4Cの引き金を引いた。

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