第161話 自己実現

 数回、モンスターの群れと戦闘を行った。狙撃銃、突撃銃、散弾銃をそれぞれ数回ずつ順に使い実践データの回収に努める。基本的にレイはモンスターをただ殺すだけで良い。データの回収に関してはハンドルを握るモリタの仕事だ。

 すべきことは単純明快。それでいてレイは気を引き締めた。

 訓練施設での測定時よりも遥かに集中しながらの射撃。撃ち出された弾丸は寸分も違わずモンスターを撃ち砕く。使っている完成品の性能が良いのもあったが、レイ本人の腕もあり回収された実践データは僅かに上振れていた。

 モリタはそこからモンスターの討伐速度、使用弾丸数などを考慮して、基準値となる数値を割り出す。その行為を繰り返し、多くのデータを情報処理機器に集める。狙撃銃、突撃銃、散弾銃すべてに対して満遍なく十分な情報を集めた。

 ひとまず、これで終わりだ。


「レイさん。少し休憩しましょう」

「ああ」


 車両を止め、二人がそれぞれ休憩する。レイは栄養補給薬を飲み込み、朝食の代わりにする。一歩でモリタはどこで、いつ用意したのかハンバーガーを取り出して食べている。

 どこまでも続く荒野には何もなく、稀に吹く風で砂が巻き上げられて荷台にいるレイに当たる。強化服の上から布を被り、口元を覆う。今日は一段と風が強い。砂塵が良く巻き上がる。

 レイが一息つきながら水を飲んでいるとモリタから声がかかる。


「食べますか」


 レイが目を向けるとイナバの手には紙に包まれたハンバーガーがあった。モリタが食べているものよりも小さいハンバーガーだ。行動に支障が出ないようレイのためにわざわざ小さいものを用意していたのか、それとも偶々たまたまか。いずれにしても、断る理由は無い。


「いいのか?」

「はい。次の方が大変ですから」


 運転席と荷台とをつなぐ小窓からハンバーガーを受け取る。


「助かる」


 レイは荷台に積んであった折りたたみ型の椅子に座り込み、包装紙を外していく。その際にモリタに話しかけられた。


「そういえば、レイさんはなぜテイカーに?」


 突然だな、と思いつつレイは素直に答える。しかし口を開いたまま固まった。テイカーになった理由。すぐには思いつかない。きっかけは些細なもの。現実逃避や独りよがりに似た理由だったはずだ。

 少なくともそこに大それた動機があったわけではない。

 すぐに思いつくのはニコやロベリアだが、それが直接的な原因であるとは考えにくい。そして富や名声といった一般的な理由でもない。あるいは、『最強』になるため、という異常者の動機でもない。

 きっかけは……。

 すぐには思いつかない。

 恐らく、最も近いのは『中部でやり残したこと』という置き忘れた夢だろう。マザーシティで成り上がり、人並みの生活をする。いや、人よりも少しだけ良い暮らしをする。

 ありきたり、そしてどこかつまらない夢。それでいて、スラムから『普通より少し上の暮らし』ができるまで成り上がるためには、相応の人々を蹴り落す必要がある。実際、レイは何百と殺して来た。いや、数は数千を越えているかもしれない。

 それだけの人を殺し、踏み躙って来た挙句に『普通より少し上の暮らし』を求めているのだから、傲慢だろう。せめてでも、それだけの犠牲を必要とするのだから、もう少し上を目指すべきだ。

 ただ、そんなことはレイの知ったことではなく。どうでもよいことだ。人は生きているだけで他人に迷惑をかけ、どこかで蹴落としている。レイはその点に関して周りに与える影響が強かっただけ。


(…………でもそうか)


 レイがテイカーになったのは平穏な暮らしを望んでいたからではない。もし望んでいるのならば立山建設で仕事をしていれば良かった。刺激を求めていたからかもしれない。あるいは罰。

 少なくともマザーシティにいた時のレイと、今のレイとでは大きく違っている。いや、をしておいて、変化が無いはずがない。

 これはレイが。

 いや。

 ああ。 

 でも。


「……特に理由はないよ。いて言えば衝動的な理由だ」


 レイがハンバーガーを頬張る。そんなレイをバックミラー越しに確認しながらモリタが言葉を返す。


「衝動的、ですか。お金のためでもなく、名声やといった理由でもなく。そんな理由で」


 モリタの眉間にしわが寄る。理解しがたいといった様子だ。テイカー向けに外部補助駆動を売っている、また銃を売り始めようとしている桧山製物の上役。テイカーとは多く接してきているだろう。

 高ランクテイカーというのは案外分かりやすい見た目と言動する。富が欲しければ多くの依頼金を要求し、そうで無くとも言葉の節々ふしぶしに欲望がチラつく。名声が欲しければ、互いと競い合い勝って目立とうとする。

 当然そうで無い者もいる。例えばタイタンや丸山組合などの組織に所属しているテイカーはモンスター討伐や遺跡探索を『仕事』だと割り切っているためそこに情熱さを持つ者は少ない。

 そして個人で活動しているテイカーにも『仕事』だと割り切って依頼を引き受ける者がいる。しかしモリタの経験上、一日も接していれば気が緩んだ瞬間に欲望がチラつくことが分かっている。

 なぜテイカーに成ったのかそれが見えてくる。

 しかしレイには見えない。懸賞金や依頼報酬には素直に喜んでいるように見えた。では富を築くことがレイの目的なのか。モリタは「違う」とそう思っている。少なくとも、それが『テイカーになった』理由ではないだろう。

 素直に喜んではいるものの、強い執着は感じられない。名声に関しても同様だ。レイは顔には出さないものの認められれば喜んでいる、実力を見せつければ相応の快楽がある。しかし積極的に名声を得にいっているようには見えない。


 少し思い悩むモリタにレイが言葉を投げかける。


「例えば。普通の暮らしがしたい、成り上がりたい、大企業に勤めたい。そんな理想を思い描くのに大それた理由はいらないだろ。成った理由、成ろうとする理由に明確で明瞭な理由はいらない。些細なきっかけとかなんでもいい。少なくとも俺はそうだ。これと言った動機があったわけじゃない」


 あるいは、経験や判断といったものが積み重ねられてできた無意識が出力した結果なのかもしれない。マザーシティにいた時のレイと今のレイは違う。しかし繋がりはある。

 経験や知識というのは切り捨てていくものじゃない。積み重ねていくものだ。

 マザーシティでの経験。逃亡生活。そしてロベリアやニコ。すべてが積み重ねられて得た無意識の動機がたまたまテイカーを目指しただけにすぎない。


 モリタはレイの言っている言葉のほぼすべてが完璧に理解できたわけではないが、その枠ぐらいは、形ぐらは把握できた。そしてモリタは包装紙を丸めながら内心で呟く。


(自己実現……あるいは。あくまでも仮定ですが)


 要領を得ない。レイの言葉と同じようなものだ。そして食べ終わると同時に、モリタは探査レーダーに目を向ける。


「レイさん。そろそろ時間です」

「分かった」


 レイがハンバーガーを口に詰め込んで立ち上がる。


散弾銃これからでいいか」

「ええ。何からでも」


 実践データの回収は車上からの射撃だけでは不十分だ。遺跡では車上からの一方的な射撃はありえず、モンスターと近接戦と繰り広げ、走り逃げ回りながら戦うことが多くある。

 そうした場合も想定しての武器でなければ不十分。すでに狙撃銃、突撃銃、散弾銃の三つの完成品は市場に出せる基準に届いている。測定の結果でも何ら不具合は見えない。

 故にこれが最終確認。

 実戦に出しても大丈夫だという実績と安心を得るための最終作業に過ぎない。


「離れてるか?」

「こちらで判断して決めます」

「分かった」


 レイが散弾銃――MAD4Cを手に持って荷台から飛び降りる。そして遠方から砂塵を巻き上げて来る機械型モンスターの群れに目を向ける。


「頼みます」

「ああ」


 モリタの言葉にレイが返す。そして実践データ回収に関する最終任務が始まった。

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