第160話 誤解
一台の装甲車両が荒野を走っている。運転席にはモリタの姿があり、荷台にはレイが座っていた。今は実践データの回収依頼中だ。実践データについて、遺跡にまで出向いてモンスターを倒す方法と巡回依頼のように車両に乗りながらモンスターを殺す方法の二つがある。
レイは当然、後者の方法だ。わざわざ遺跡に出向くのはかなりのリスクを伴うし、モリタが危険に晒されることがある。強化服を着ているとはいっても、モリタはテイカーでは無い。レイが近くにいたとしても予想外の状況が起きれば対処しきれない場合がある。
また、遺跡での戦闘は他のテイカーに武器や装備を見られる可能性があり、その点、車両に乗りながらなら遠くの敵まで見渡すことができるため完成品についての情報が洩れる可能性は低い。
車両には幾つかの機能が積んである。中でもテイカーフロントが巡回依頼の際に使用する情報処理システムに関して。主にモンスターの識別やどのテイカーが倒したのか貢献度を割り出すために使用される機械だが、基礎となる機械は桧山製物が売り出している業務用処理機器が土台になっている。
テイカーフロントが業務用処理機器をモンスターの識別と貢献度の割り出しのために機能を集中させるよう独自で改良し、それらをテイカーフロントが所有する複合型情報処理システムで取りまとめる、といった具合にだ。
ということもあり、モリタが運転している車両に搭載された業務用処理機器は巡回依頼の際に使用される情報処理システムと類似する機能を持っている。ただ別の方向に改良しているため、モンスターの識別や貢献度の割り出しに処理機能を集中させている訳ではない。
今回積んである業務用処理機器は実践データ回収のために使用されるため、弾丸一発当たりの正確な軌道や着弾時の衝撃、損傷具合などに処理能力を割いている。また使用される銃器との連携により、反動の強さや引き金を引いてから弾丸が撃ち出されるまでの時間。モンスターとの戦闘で振り回された時に生じる不具合。弾倉一つ撃ち出した際の銃器の損傷具合など、様々な情報が得られるようになっている。
今回の場合。レイが扱う三つの完成品。突撃銃、散弾銃、狙撃銃の状態、機能を正確に測定できるよう、業務用処理機器と連携している。
「では。よろしくお願いします」
運転席に座るモリタから準備が整ったことを知らされる。
レイはまず狙撃銃を持ち、遠方から猛追する複数体の機械型モンスターに照準を定める。意識を研ぎ澄ましてまで集中する必要はない。狙撃銃の性能は値段相応に良い。
いや、値段以上に良い。レイが使ってきた狙撃銃の中では一番に高性能なものだろう。
集中せずとも一発も外すことなく仕留めきれる。
撃ち出された弾丸は宙を駆け、一瞬で機械型モンスターの元まで届く。命中と同時に機械型モンスターの装甲は吹き飛び、弾丸は胴体を貫いて荒野へと突き抜けていく。
狙撃銃は本来、肩が破壊されるほどに強烈な反動を持つ。しかしレイは今、強化服を着ているため力を入れずとも完璧に反動を抑えられる。銃身が反動によって飛び跳ねることはあまりなく、レイはすぐに次の敵へと照準を定める。
面倒な弾道の予測はしない。狙撃銃は正確だ。真っすぐに弾丸は飛んでいく。あとはレイの経験と感覚がある程度の正確性を持っていれば、そこまで気張らずとも弾丸は命中する。
続けて放たれた弾丸は、狙った場所から少しも逸れることは無く機械型モンスターへと命中する。次の瞬間には別の敵に向かって再度引き金が引かれる。レイは続けて何回か引き金を絞り、数体の機械型モンスターを仕留める。
ちょうど弾倉一つ分の弾丸を使い果たした時、荒野には機械型モンスターの残骸だけが広がっていた。
「測定できています。その調子でお願いしますね」
「分かった」
「では、すぐに次もお願いします」
「ああ」
モリタは探査レーダーに映るモンスターへと向かっている。当然、決められた経路を走る巡回依頼とは違うため、モンスターに一直線で車両は進む。レイはすぐに次のモンスターを視界の中心に収めた。続けて狙撃銃を構える。だがそこでモリタから待ったがかかる。
「狙撃銃はこの辺にしておきましょう。一旦、次は突撃銃をお願いします」
すでにレイは何体かのモンスターを狙撃銃で倒している。必要な情報を取り終えたのか、それとも時間的制約の問題か。理由は分からないが、レイはモリタの指示に従って突撃銃を構える。
1340万スタテル。レイが今手に持っている突撃銃の値段だ。今まで使っていたGATO-1が32万スタテル。そして簡易型強化服が70万だったか90万だったか。もしくはそれよりも安かったかもしれない。もう詳しくは覚えていない。
レイはこの数十日で4700万スタテルもの金を得た。金銭感覚がおかしくなっているのかもしれないが、簡易型強化服を買った金やGATO-1の金額がはした金に感じる。
何せ、今レイの手には1000万スタテルを越える突撃銃が握られている。そして強化服を着ている。
テイカーとして成功したと、そう言える基準は正確には無い。しかし数十日間という短時間で4700万スタテルを稼ぐのは成功と言えるのではないだろうか。ほぼすべてのテイカーが100万スタテルすら満足に稼ぐことができない。ほぼすべてがそれ以前に
レイはそれらを大幅に超えて4700万スタテルを稼いだ。テイカーの中でも上に入るだろう。これは成功と言えるか。
否。レイは所詮、一億にも満たない懸賞首の成り損ないを相手に死にかける程度の力しかない。本当に実力のあるテイカーならば一億もはした金だ。10憶だってそう。一億にも満たない懸賞首相手に苦戦することは無い。
確かに下を見ればキリがない。多くの屍が転がっている。レイの上を見ても、それほどの数はいないだろう。しかし質が重要だ。テイカーとして上澄みにいる者達はそれこそ人外と言える。
ある者はナノマシンによって地を割るほどの腕力を持ち。ある者は全身を機械化しながらも通常の精神を狂わせることなく、まるで建築でもするかのように自らの体を改造していく。
ある者は液体金属を
ある者は全身を軟化、または硬化させ姿かたちを自由自在に変える。
テイカーの上澄みは皆人外だらけだ。レイはそれらの足元にすら達していない。とても、成功しただなんて声高らかに言うことは出来ない。
スカーフェイスがそのもっともたる例だ。レイが苦戦したファージスの分体。懸賞金が一億にも満たない成り損ないの比較的弱い部類のモンスター。その本体である『電磁機構砲台甲二式ファージス』を単騎が討伐してみせた。
イナバは意味の無い嘘をつくような男ではない。そのため『帰宅ついでに討伐した』という話は本当なのだろう。10憶を越える懸賞首を片手間に倒した、とても今のレイでは敵わない。
病室で目覚めた時。イナバからこの話を聞いた時。レイは確かに目標を定め、決意を固めたはずだ。しかし大金を前に浮かれている。満足してしまっている。足を少しだけ緩ませようとしている。
時間はあるが、余裕は無いはず。
最速で、最短で、駆け上がる必要がある。であればたった1000万の稼ぎで嬉しくなる必要などなく、満足するわけにはいかない。ましてや、浮かれることなどあってはならない。
「…………」
『稼働する工場』を見つけテイカーフロントの支部長に会い、指名依頼を受けた。懸賞首を倒した。桧山製物から依頼を受けた。レイの立場では本来会うことができない者達と関わりを持ち、懸賞首を倒し自信もついた。
故に勘違いしていた。レイは本来、彼らの横に並び、対等に話せるような立場の人間ではない。彼らから要求をされることはあっても、レイから要求をすることは出来ない。
イナバが、モリタが、あるいはキクチが、優しくレイを尊重する態度を持っていたから甘えてしまっていたのかもしれない。
浮かれていたと、そう思う。自然と突撃銃を握り締める手に力が入る。
「…………」
一度息を吐いて、今度は極限まで集中を保ち気を引き締める。そしてレイは引き金を絞った。
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