第155話 記憶違い
「じゃあなレイ」
レイとキクチが互いに分かれの言葉を述べながら店の前で分かれる。今日はキクチが前に言った飯の約束がある日だ。夕方から始まり、終わった頃には日が落ち切っていた。
キクチは二日後にクルガオカ都市から離れ、丸山組合の訓練施設があるミミズカ都市へと移動する。そしてフィリアと合流し、丸山組合に正式に戻ることになる。キクチと会うのはこれが最後ということもあってかなり話が長くなった。
当然、主に話していたのはキクチだ。内容はフィリアに関することや組合に戻った際の懸念点。ほぼ愚痴のような不安ごとレイは聞いていた。基本的にキクチが話していることはレイに納得できる。
しかしある一点を除いて気になるところがあった。というより、話がかみ合わなかった。
それはファージスの分体に関してのことだ。キクチから話を聞く限り、車両で蜘蛛型多脚兵器を乗り越えてファージスの分体に向かってレイが走り出したところまで覚えているらしい。
ただそこからの記憶が無く、また記憶の整合性が取れていない。しかしキクチは特に不審に思っている様子は無く、ファージスの分体について言葉を詰まらせることなく話し続けていた。
その様子はレイを騙しているようには見えず、また騙す理由もない。レイは遠回しに訊いてみはしたものの、要領を得ない返答ばかりが返って来た。一瞬、レイは自身が本当にキクチと話しているのか疑問に思った。しかし話す仕草。動き、目の移動。すべてにおいてレイの知っているキクチと遜色が無かった。
恐らく、レイが話していたキクチは、本当にキクチだったのだろう。
しかし記憶が抜け落ちている。不自然なほどに。ファージスの分体に関しての記憶が、さらに厳密に言うのならばレイが『それ』を起動し、分体を撃った部分までの記憶が存在していない。
空白のように、虚無のように、明らかな不自然な期間が存在している。というのに、キクチはそのことについて疑問に思っている様子は無かった。酒で記憶が飛んでいるのかとも思ったが、分体のことに話したのは席についてすぐだ。
最初こそキクチの話は整合性が取れていた。分体の強さ、能力、起きた出来事、それらを雄弁に語っていた。しかしある時点からおかしくなり始めた。恐らく、キクチの話がおかしいと思えるのはレイだけだろう。
何せ、キクチとレイしか知ることができない部分―――『それ』を起動したとき―――の記憶だけが抜け落ちているのだから。だがら当時の状況を知らない第三者には分からない。当事者であるレイだけが分かるようになっていた。
加えて、レイにしてみれば整合性が取れていなかった話も、第三者から見れば整合性が取れている。
キクチが言うには、「自分はレイが車両から降りて分体へと向かった後、蜘蛛型多脚兵器を殲滅した後に気絶した」らしい。AIによる自動運転によって負傷のために気絶したキクチでも蜘蛛型多脚兵器に襲われることが無く、それが幸運だとも言っていた。
そして気絶している間に分体は倒されていた、というオチだ。
第三者がこの話を聞いた時に思う感想は恐らく「レイはどうやって分体を倒したんだ」という旨のものだろう。そういった感想しか抱けない。そうなっている。そのように記憶が改竄されている。抜け落ちただけは無い。キクチは自分が気絶したのだと
レイはその話を聞かされた時に『それ』のことを間接的に、記憶を思い出させるようにして説明をした。しかし機械にエラーが出る様に、バグが起きるように。キクチは言葉を詰まらせて、思考が停止した。
まるで『それ』に関して思い出せないようにロックがかかっているようだった。
偽りの整合性が乱されるのを理性が嫌がっているようだった。
レイはそれ以上、話してはいけないと本能的に感じた。故に適当に話題をずらし、自身はキクチが何かのボロを出さないか見るために、会話の受け手に回った。
ただレイの頑張りは意味が無く、いつの間にか分体の話からフィリアのことや丸山組合のことについてキクチは話していた。そこからは至って普通だ。レイが関わっていないことであるため当然ともいえる。
キクチは気持ちよく話していたが、レイからしてみれば疑問点が多すぎてあまり集中して聞くことができなかった。
気が付くと日が落ちており、キクチとは別れていた。
キクチに何らかの症状があって記憶障害が生じたとは考えにくい。だとすると誰かからの介入を受けた可能性がある。それも恐らく、相手はレイのことについて秘匿したいようだ。
誰だろうかと、頭を動かす。
イナバやアンテラ。西部で会ってきた人物を思い浮かべるが、その人たちであるとは思えない。する理由もない。
だとしたら。
ああ。
だとしたら。もしかしたら。レイの『それ』を知っている人物ならば中部にいる。それでいて、中部から西部へとレイを運んだことから、西部に来ていることも予測できる。
可能性は低い。
しかし強化薬を作ったホンダが名前を出していたり、ロベリアも名前を出していたりと色々と縁がある。それはきっと偶然で済ませてよいものではないだろう。
(亡霊か)
聞いたことしかない謎の人物。レイは僅かに考える。
だが恐らく、正体を探ろうが分からないだろう。
そしてキクチの件からも分かるが『それ』を人前で使用するのは止めたほうがいいだろう。元よりそのつもりだが、この調子ではたとえ仲の良い人物の前であったとしても使用したら亡霊がどう動くか分からない。
ただ、今は亡霊が犯人なのかすら分からないし、情報が足りていない。ひとまず、また遺跡探索をし続ける毎日をこなすしかないだろう。
レイはそう思いながら、帰路へと着いた。
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