第154話 再来

 ある施設の部屋の中でキクチがベットに横になっていた。ファージスの分体との戦闘で負った傷は治療を受けて完治済みだ。治療費はそれなりに高額ではあったが、懸賞金が3400万スタテルもあったため痛くない。


 キクチは今、少し休憩をしながら山積みの問題について考えている途中だ。どれも一筋縄ではいかないものばかり。だが問題のすべてはキクチが目を逸らし続けていた時に積み重なったものだ。その量は途方も無い。しかし反論はできない。逃げ続けてきたキクチが悪いのだ。

 しばらくキクチはそうして考える。

 だが少しして、息を吐くと共に状態を起こす。そして気分転換に、また言っておくことがあるためレイに電話をかけた。

 レイはすぐに出る。


「よお。レイか」

「ああ。なんだ」


 レイは寝る前だったのか、いつもと僅かばかり声が小さい。キクチは手遊びをしながらレイに用件を述べる。


「いや。言っておきたいことがあってよ」

「……なんだ」

「今までの仕事辞めて丸山組合に戻ることにした」

「そうか」


 それなりに勇気をもって言ったもののレイから返って来た返事はあまりにも淡泊だった。


「ちょちょい! なんかそっけねえな。どうした」

「いや、どうしたも何も。俺はもうあんたが丸山組合に戻ってると思ってたよ」

「は?!俺なんか言ってたか」

「近しいことはな。それにあれだけ言われればあんたの動きぐらい子供でも分かるだろ」

「……まじか」


 何故か狼狽うろたえるキクチ。そんなキクチにレイは声色を変えず言う。


「決心、ついだんだろ」

「っっは。まあな」


 キクチが答えるとレイの声が離れる。声量を落としているのではなく、通信端末から口を離しているのだ。


「用件はそれだけか……」

「いや、まだだ。すまんな」

「…なんだ」

「俺は今、クルガオカ都市にある丸山組合の施設にいるんだけどよ、フィリアたちとか、訓練施設とかがミミズカ都市にあるから移動しなくちゃいけねえ。お前は確かクルガオカ都市が拠点だよな」

「……ああ」

「最後に飯でも食いに行かねえか。驕るぜ」


 レイからは、少し間をおいて返事が来る。


「いい店はしってんのか」

「当たり前だ。懸賞金があるからな、いくらでも食え」


 通話口からため息が聞こえた。


「……言動が大金入って散財する奴に似てるな」


 確かに大金が入ってキクチの気は大きくなっているかもしれない。しかしそれよりも、レイへの恩返しのため、という側面の方が大きい。決して散財などでは無い。ただキクチは笑って返す。


「確かにな」


 そして少しの静寂が流れ、レイが言う。


「終わりか」

「ああ」

「日時が決まったら連絡してくれ」

「ああ。じゃあな」


 通話が切れる。そしてキクチはベットにもう一度横になって、考え事にふける。しかし少し前まで考えていた丸山組合に入ってからの問題ではなく、今はレイのことについて考えている。

 頭の中にあるのは一つだけだ。ファージスの分体を殺すに至る決定打を作り出した武器。あれをどこから持ち出したのかという問題。少なくともレイは車両を降りるその時まで持っていなかった。そして駆け上っている途中も無かった。

 しかし離れていて正確に確認することは出来なかったが、モンスターを撃ち抜く時に、確かにレイの右腕には何かの銃が握られていた。恐ろしいほどに銃身が長く、銃口は広い。そして撃ち出されたのは熱線。モンスターの首を溶かす大質量の熱線だ。


 あれは何だったのかと、キクチが考える。

 まずはどこから取り出したのか、これは全くの不明だ。

 次にあの武器は何なのか、キクチが知る限りで似た武器は無い。

 

 人には過去がある。キクチにも丸山組合との関係があったように、レイにも当然にあるのだろう。それが何のかは分からない。調べたところで出てくるようなものでもないし、訊いたところで答えてくれるかすら分からない。

 しかしあの右腕は何だったのかと考えてしまう。ふと調べようとしてしまう。

 キクチが通信端末を開き、検索エンジンにそれらしき言葉を打ち込もうとする。しかしそれは途中で止められた。

 キクチが汗をかいて立ち上がる。部屋はあまり広く無い。ベットのある部屋と台所が存在する小さなリビングだけだ。この部屋にキクチ以外はおらず、リビングからわけがないのだ。


 飛び起きたキクチが立ち上がって拳銃を握り閉める。そしてリビングの方を見る。

 すぐにそれは現れた。

 一枚の布を被り、その姿かたちは不明。人間であるという事しか分からない。顔は見えず、大柄な体格。周りに漂わせる雰囲気は異質。酷く、暗くねっとりと沈み込んでいる。

 見ただけで脂汗が吹き出し、過呼吸になる。ファージスの分体を目前にした時と同じ、いやそれ以上の緊迫感。ここは丸山組合の施設内。管理者以外の立ち入りは当然に禁止されているし、厳重な監視体制が引かれている。防犯設備も完備している。部外者が立ち入れるわけがない。また関係者であったとしてもキクチの部屋に無断で入ることは出来ない。


「その記憶は不要だ」


 謎の人物が一言呟いた。男の声だ。


「お前は誰だ!何故ここにいる!」


 男は静かに呟く。


「私は亡霊と呼ばれている」


 そして亡霊と自らを名乗った男がキクチに近づく。


「くそ―――」


 男がさらに一歩近づいたと同時に、キクチが拳銃を発砲した。

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