第153話 不審点
イナバが書斎である資料と向き合っていた。画面に映し出されているのは『電磁機構砲台甲二式ファージス』と『グロウ』、そしてファージスの分体に関しての生体情報だ。
今回現れた懸賞首は二体であり、二体とも懸賞金以上の性能を有していた。『グロウ』討伐へと挑んだタイタンの面々は多数の犠牲を出しながらも無事に討伐。『電磁機構砲台甲二式ファージス』に挑んだ討伐隊に関しては全滅。
面倒な案件だった。
中継都市の建設だけでも、他の支部長と話し合わなければならず大変だ。加えて財閥の支配、経済連からの干渉。懸賞金の設定をするだけでも相応の手続きが必要だ。各方面から圧力もかけられている。
テイカーフロントは財閥にも負けぬほどの規模を有した組織である。しかし支配下にある企業や組織、個人を除けば、他のすべては財閥の管理下にある。テイカーフロントがテイカーを管理し、遺跡を管理し、遺物を売買するのも容易なことではない。しかし現状の体制を保つため、イナバもやらなければいけないことが数多く残っている。
今回の懸賞首に関してはそんな時に現れた面倒なモンスターであった。
そして色々と謎も多い。
まずは懸賞首が確認される前から増えだしたモンスターに関してだ。詳細な日時に関して言えば、恐らくレイが指名依頼を受けた日あたりからだろう。その日からモンスターが増え始め、懸賞首が確認される前の日が最大値だった。
モンスターが増えた理由に関しては、深く考えなくとも懸賞首が関係しているのは容易に分かる。
モンスターというのは遺跡の中に、荒野に、自身の住処というものを持っている。それを荒らされれば住処を移すのが一般的だ。今回も、懸賞首が動き出したことによって住処を失ったモンスター達が荒野に溢れ出したためであると推測できる。また懸賞首が中継都市に向かって来ていたため、押されるようにして荒野に溢れたモンスターが中継都市の付近をうろついてのだろう。
だが。よく考えてみると幾つかの疑問点が浮かび上がる。確かに、懸賞首に押されるようにしてモンスターが増えた。そして中継都市の発展に伴って増加する光と騒音によってモンスターを呼びつけたのは理解できる。当然にモンスターは増えるだろう。
しかし、モンスターが増加する割合が懸賞首の出現を鑑みたとしても大きすぎる。中継都市はモンスターの増加に伴って巡回依頼の報酬を上げ、テイカーの量と質を確保した。
その数は一般的な都市であるクルガオカ都市やミミズカ都市、ハヤマカラ都市が巡回依頼に伴って集めている人員よりも多い。それが対応できないほどに、中継都市の周りには量と質を伴ったモンスターの群れが存在していた。
中継都市だけでなく、他の都市も付近に存在しているモンスターの数というのを調べている。それはモンスターの増加期を計るためであり、
モンスター一体一体の情報から個体差、群れの数。どこの遺跡から出てきたかなどを正確に調べ上げる。それらの情報は年々蓄積され、テイカーフロントは財閥でも持ちえないほどの大規模な情報を手に入れることができた。
今回のモンスター増加はそれらの情報と照らし合わせてみても過去に例がほぼ無い。過去にも数例だけ存在する。だがいずれも原因不明で終わっている。今回もそうだ。懸賞首が現れたとはいえ、中継都市という特殊な条件下であったとしてもこのモンスターの増加はありえない。
また。現れた二体が中継都市を目指してやってくるというのもおかしな話だ。荒野は広い。もし人間のいる都市を狙っているならばわざわざ中継都市に来なくとも近くにクルガオカ都市やミミズカ都市が存在する。そちらを狙った方が効率的だ。
それらを偶然の一言で済ますのは危機管理ができていない。支部長としてそれは許されない。
「…………」
キクチがパネルを操作して違う画面を映し出す。そこにはカメラの映像が映し出されていた。遠くにはファージスの分体が見える。ファージスは背中に乗せた電磁機構砲台を青白く光らせ、直後カメラが揺れて暗転した。
この瞬間に壁が壊れ、カメラが使えなくなったのだろう。
そしてこれとほぼ同じ時間に他のカメラも使えなくなっている。恐らく、壁を破壊されたことで導線が破壊されたため――――であるとは考えにくく、恐らく第三者がそう思わせたいがためにわざわざそうしているのだろう。
ファージスの分体が壁を攻撃し、そしてレイが戦おうとした瞬間、西側を移すカメラはすべて途切れた。原因は壁の破壊に伴って導線が断裂したからではない。恐らく、何者かがカメラをハッキングし、カメラの機能を破壊した。
これには幾つかの根拠がある。まず荒野を映し出すカメラの導線はすべて壁を通っているわけではない。つまり、壁を破壊したところですべてのカメラが停止することはありえないのだ。加えて、導線の断裂によってカメラの基盤がショートすることは無い。他のカメラはどうか知らないが、少なくとも設置されていたカメラはしない。後に技術者立ち合いのもと仮想実験が行われたが、導線の断裂による基盤のショートは発生しなかった。
つまりカメラの故障原因と壁の破壊は関係が無い。故に分体の攻撃が理由である可能性は低いだろう。
ハッキングが行われた痕跡は残っていない。しかしそうとしか結論づけられない。
「………」
イナバが画面を切り替える。すると画面が暗転した。
ハッキングが行われたことを証明する直接的な根拠にはなり得ないが、間接的に証明する根拠はもう一つある。
それはレイが治療を受けた際に採取されたあらゆるデータだ。血液サンプル。皮膚や肉。骨格のスキャン。内臓の様子、位置。脳の状態。治療する中であらゆる情報が意図的では無いにしても得られた。
医者が言うのは人間の数値ではないとのことだった。内臓の形も位置も、脳の様子も通常の人間とは違っていると医者は言っていた。それが医者の気狂い、何かの間違いであったのならば良いが、最悪なことにもうそのことについて追及することはできない。
何せ、その医者は今、記憶喪失だ。レイの治療に携わってから、終えるまでの記憶がすっぽりと抜け落ちている。
それだけではない。治療の中で得られたあらゆるサンプル、情報が消え失せている。
まるで元から無かったかのように、痕跡すら残さず一辺の情報すら残さずに、無くなっていた。
今回の件にレイが関わっているのは確実だ。だが病室の様子を見る限り、レイが故意的にやったことではないだろう。第三者による加入があったと考えていい。レイすらも知らぬ、個人または組織が関わっていることは確実だ。
「それにしても、あれほどのモンスター……レイさんはどうやって倒したんでしょうかね」
当然の疑問を呟く。
だがこれ以上の詮索は止めておいた方が良い。少なくとも今は
イナバはそれらを見極めて生き抜いてきた。
だからこそ理解できる。現時点で、イナバが触れてよい問題ではないと。
「まったく」
長時間のデスクワークに疲弊したイナバが呟きながら、椅子に体重を預けた。
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