第152話 戦闘の後
レイが病室で目を覚ます。白い天井。清潔さが保たれている。僅かに
壁に埋め込まれたデジタル時計には日時が映し出されている。1日が経過している。
つまり、すでに『グロウ』討伐は終わっている。
成功したのか、失敗したのか。レイは参加すると言っておきながらこのザマだ。レイがいてもいなくても大した戦力にはならなかっただろうが、申し訳なく思う。そしてキクチはどうなったか。レイが病室に運ばれているのを見るに恐らく、キクチも治療を受けているのだろう。
あの状況からレイだけが助かるというのは考えにくい。
あとはグロウ討伐が成功したのか、失敗したのかだけが心残りだ。
「…………」
手をついて半身を起き上がらせる。その時、一人の男が病室の扉をノックする。声には聞き覚えがあった。レイはすぐに入って来ても構わないと、そう旨を伝える。すると病室の扉が開き、一人の男が姿を現した。上質なスーツ。引き締まった肉体。柔和な笑みを浮かべてテイカーフロント『クルガオカ都市支部長』であるイナバが入って来た。
「お久しぶりです。容態の方はどうですか」
「全く問題ないです。それより、いいんですか。支部長がこんなところにいて」
イナバは流れるように椅子に座り、答える。
「今回は中継都市防衛の功労者に、他の支部長の代表としてきました。個人で会いに来たわけではないので」
「そうですか」
イナバが懐から画面が割れ、壊れかけの通信端末を取り出す。
「色々と聞きたいことがあるでしょうけれど。まずはこちらから確認してもらいましょうか」
レイに通信端末を手渡し、中を見るように促す。通信端末にはロックが掛かっていたが、これはレイのものであるためすぐにロックを解除した。すると幾つかのメールが目に入る。その中にはキクチからのものやアンテラからのものもあった。
キクチが生きていることは大体が分かっていたので、レイはアンテラのメールに視線をずらした。メールが送られてきたのが今日の朝。つまりすでに『グロウ』討伐を終えた次の日のことであり、アンテラが生きているのは確定した。
メールに目を通すと『グロウ』討伐の成功を告げる旨のことや、レイ側の事情は把握しているから大丈夫、という連絡が届いていた。アンテラからの連絡にはまだ続きがあったが、これ以上イナバを待たせるわけにはいかないので、確認したいことが終わり次第、通信端末を閉じた。
するとイナバは自身の通信端末を机の上に置いて起動した。するとホログラムが表示された。
「まずは色々と確認したいことがあるでしょう。そちらから整理してしまいましょうか」
ホログラムには懸賞首である『グロウ』が映り込んでいた。
「グロウ討伐は成功。しかし多数の犠牲者を出しました。詳細については、関わりがあるようですので、そちらの方に聞いてください」
イナバがホログラムの表示を切り替え、レイ達が殺したファージスに似たモンスターが映し出される。
「討伐。ありがとうございます。こちらの個体は……もうある程度予測が付いていると思いますが、懸賞首『電磁機構砲台甲二式ファージス』の分体になります。子供、と言い換えても構いません。恐らく、戦闘中に目の当たりにしたでしょうが、『電磁機構砲台甲二式ファージス』には蜘蛛型多脚兵器を生み出す力があります。レイさんが倒した個体はその際に産み出された個体です。これは予測になりますが、主な役割は中継都市の防衛設備の確認、敵対勢力の脅威度を測るための試金石として作られたのでしょう。事実、生み出された個体が中継都市に攻撃を行い、簡単に壁を破壊したこと、反撃が無かったことなどを確認した瞬間に本体である『電磁機構砲台甲二式ファージス』が動き始めました。レイさんが倒した個体は本来ならば、蜘蛛型多脚兵器より二回りほど大きいだけでした。しかし、蜘蛛型多脚兵器を食べることで成長し、あそこまでの規模になりました。成長と共に母体である『電磁機構砲台甲二式ファージス』に備わっていた幾つかの機能を宿すようになります。まずは電波妨害。これにより探査レーダーによる発見ができなかったため奇襲を仕掛けられました。次に体表を走る酸。最後に蜘蛛型多脚兵器を生み出す内部機構。正直に言って、あのままでは都市の内部まで攻撃されるところでした。討伐、中継都市の建設に関わっているミミズカ都市、ハヤマカラ都市、クルガオカ都市のテイカーフロント支部長を代理して感謝を申し上げます」
頭を下げるイナバにレイが頭をあげるように促す。
「いや。誰かがやらなくちゃいけなかっただろ、だから仕方なくだ。望んでやったわけじゃない」
レイは本心からではなく、それっぽいことを言っている。イナバはそれが分かっていながらも話に乗って、頭をあげる。
「はは。そうでしたか。では確認したいところもこれですべてでしょうから。次は報酬の話です」
報酬の話、と言われて期待しないテイカーはいない。レイは表情にこそ出さないものの、頭の中で報酬がいくらぐらいか思い浮かべていた。指名依頼の報酬。ファージスの分体を殺したことで支払われるであろう報奨金。あくまでも予測だが、レイは大体の報酬を600万スタテル程度だと予測した。
レイはイナバの話に耳を傾ける。
「今回の報酬は指名依頼全期間の報酬と疑似的にですが、ファージスの分体に懸賞金を設定しました。順番が前後していますが仕方がないですね。詳細はメールで送るとして、まずは総合的にすべての報酬を足し合わせた金額からですね。4800万スタテルです」
何てことないかのように、イナバは報酬を呟く。しかしレイからしてみれば耳を疑う金額だった。そんなレイを差し置いて、イナバは続ける。
「簡単な内訳ですが、指名依頼の報酬が1149万スタテル。ファージスの分体に対して設定された懸賞金が6800万スタテル。その内、半分を共同討伐者であるキクチへと。残りをレイさんの取り分になります。また、残りの報酬はその他となっています。詳しくはメールでお送りいたしましたので、そちらを確認してください」
内訳を説明されたところでレイの驚きが収まることは無い。レイは戸惑いながら質問する。
「えっと……。分体の懸賞金6800万スタテルもいいんですか」
「ええ。都市を攻撃したことや、それに伴う緊急性、脅威性の高さ。単純な実力だけでなく、それらの要素によって懸賞金は通常よりも高めに設定されました」
レイの負傷、装備の紛失、苦労。それらを考えれば懸賞金6800万スタテルは妥当だ。だがあくまでもこれはレイの実力が足らず、格上に挑んだ結果生まれた苦労であり、ファージスの分体にかけられる懸賞金は5200万スタテルが良いところ。
ただ正確に値段分を支払われるとは思ってもいなかったので、また指名依頼の報酬がもっと安いと思っていたので600万スタテルと予測したのだ。
だが、懸賞金が6800万スタテルであり、その半分を貰えるのならばレイに断る必要はない。貰えるのならば貰っておくのが正解だ。
レイはそれらの報酬に関してすべて飲み込んで処理する。そして思考を切り替えた。
「そういえば。ファージスの方はどうなったんですか。討伐隊が組まれてたらしいですけど」
「……ああ、本体の方ですか。討伐隊ですか。ええ組まれましたよ。『グロウ』と同様に。まあ、結果から申し上げると討伐隊は全滅です。一人残さず返り討ちにされました。腕利きのテイカーもいましたが、全員。生還した者はただの一人としていません」
「…………」
レイが倒したファージスの分体についた懸賞金が6800万スタテル。あの強さでも一億を越えていないのだ。対して『グロウ』は4憶4800万スタテル。金額だけで比較するのならば『グロウ』はファージスの分体よりも6倍は強い計算になる。
そして、『グロウ』の懸賞金が4憶4800万スタテル。対して『電磁機構砲台甲二式ファージス』の懸賞金は12億7400万スタテル。三倍の値がついている。ただ懸賞金は学術的資産を考慮して吊り上げられ、また企業からの出資によってさらに値段がつり上がる。
特に『電磁機構砲台甲二式ファージス』は昔から確認されていた懸賞首で電波妨害機能や蜘蛛型多脚兵器を生み出す能力など、様々な機能を有していた。また、生み出す蜘蛛型多脚兵器は分体が生み出したものよりも数段強力であり、敵性生体が近づくと熱放射を繰り返す。各種防衛機能を取り揃え、再生力は分体を遥かに凌駕する。
発見されてから今の今まで生き延び続け、その間にも懸賞金は上がり続けている。その結果が12億7400万スタテル。単純に値段だけでは比較することができないだろう。
だが、だとしても討伐隊が失敗したのならばこんな場所で呑気に話している場合ではないだろう。『電磁機構砲台甲二式ファージス』は中継都市に向かっていた。このままでは大きな被害を生む。
「待ってくれ。だったらファージスはどうなった。逃げたのか」
イナバの余裕そうな態度を見るに『電磁機構砲台甲二式ファージス』に関しての問題は片付いているように見えた。討伐隊が失敗したのならばファージスの行く手を阻むものは無い。殺すことは無理だろうし、現実的に考えればまた逃げたのだと考えることができる。
しかしイナバは笑いながらその考えを否定する。そしてたった一言。すべての問題を解決してくれた人物の名をあげる。
「スカーフェイス」
「………」
「彼が『稼働する遺跡』の問題を片付けた後、帰宅ついでに『電磁機構砲台甲二式ファージス』を討伐しました」
西部で最も名のある三人のテイカー。『ダグラス・ボリバボット』『イース・マーダ』そして『スカーフェイス』の三人。レイとは想像が出来ないほどの差がある。何せ、『電磁機構砲台甲二式ファージス』をついでに、片手間に討伐したのだ。懸賞金12億7400万スタテル、討伐隊を返り討ちにした懸賞首を殺したのだ。
にわかには信じがたい。しかし「本当か?」とも聞くことができなかった。イナバはつまらない嘘を
「そう、ですか」
レイはそれしか呟くことができなかった。一方でイナバは笑ったまま、椅子から立ち上がる。
「また何かありましたらテイカーフロントに連絡をしていただければ応じます。それでは、失礼します」
イナバが扉の方へと歩いて行く。その背後でレイは実力差を痛感することしかできなかった。
「……」
遠すぎて現実的な目標ではない。しかしこれで実感したテイカーの頂点である三人。それがレイの目標だ。辿り着くべき頂点だ。
ロベリアとの約束、ニコとの約束、自分とのけじめ。レイは実力を痛感しながらも、その顔は少し笑っていた。
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