第151話 一か八か
「どうするレイ」
周りのモンスターを処理しながらキクチが問う。レイは額に汗を流しながら答える。
「取り合えず試すしかない」
相応の威力があるはず。しかし弾丸は皮膚こそ貫通するもの皮一枚といった様子だ。内にある脂肪を貫くことは出来ず、ましてや筋繊維を断裂させることもかなわない。
だが特殊弾倉の持つ効果を鑑みれば着弾するだけで役割は十分に達成した。
あとは効果が十分に発揮するか、しないか。レイは
照準器には一回り体が大きくなったファージスに似たモンスターが映っていた。今は背中に乗せた電磁機構砲台にエネルギーを込めているからかレイに意識を向けていない。
当然だ。あのモンスターからしてみればレイ達はいともたやすく吹き飛ばせる雑兵である。最初こそ攻撃を受けてかなりの負傷を負った。しかしそれでも十分に回復できる程度。
少し燃えたぐらいでは死なない。あのまま1時間と燃やされていたら分からなかった。しかし実際に燃えていたのは2分にも満たない。適応して進化しようがしまいが、あのモンスターを殺しきる火力をレイは有していなかった。
加えて、進化によって皮膚や脂肪の層が厚く、より柔軟になった。そして火に対する耐性も獲得している。
事実。レイはロケット弾を撃ち出し、見事モンスターの体表にぶち当てたもの炎は全くといっていいほど広がらなかった。皮膚が焼けただれることは無く、一瞬で鎮静化する。
「どうすんだあれ」
キクチが最もなことを叫ぶ。当初の作戦は火をつけた後に焼けただれた肉体を専用弾などを用いて破壊することが第一目標だ。弱ったところで脚を撃ち砕き、モンスターを横に倒す。
そして背中を集中的に攻撃することで脊椎の代わりに存在するであろう自動再生機構を破壊する。その際に『グロウ』の四肢を切断させるために用意していた爆薬を使う予定だった。
そうすれば後は弱っていくだけ。
もともと多少なりとも無理のある作戦であったため成功するかは五分五分もなかった。しかしいざ試してみれば第一目標すらも達成することができず、モンスターの進化を
ここまで来てしまった以上、もう戻ることは出来ない。横も後ろも前も蜘蛛型多脚兵器に囲まれている。今もファージスに似たモンスターに注意を払いながら蜘蛛型多脚兵器の対処をしており、これ以上の暇は無い。
すでにファージスに似たモンスターと距離を詰め、見上げなければ頭が見えないほど。
キクチが焦り、レイに対処を問うのは当然のことだった。
レイは焦りこそしているものの、こういった状況には慣れているためか冷静な思考が出来ている。だがいくら頭を回そうとも策が出てこない、通用しないのであれば意味が無い。
戸惑って焦りを緩和して方がマシだ。
もうすぐでファージスが目前にまで迫る。近づきすぎれば踏みつぶされる可能性がある。そうで無くとも車両が横転でもしてしまえば、蜘蛛型多脚兵器に惨殺されるのは目に見えている。どうすればいいか、頭の中に常に二個以上の策がある。
新しく考え付き、すぐに却下される作戦と、常に頭の中にありながらもあまりに不確定すぎるために最後の手段として用意している作戦の二つだ。できるのならば、後者の作戦を実行に移すのは避けたい。より安定性があり信頼性があり、成功率が高い。
そんな作戦が最も好ましい。しかしいくら考えたところで思いつきはしない。きっとこのまま家に帰り、風呂に入り、就寝につき、起きるまでの間を思考に費やしたとしても思いつかないだろう。
「おい! 一旦迂回するか!」
考え事をして手が止まっているレイにキクチは突撃銃を乱射しながら問いただす。だが聞こえているはずだがレイは少しの間、反応を示さなかった。やっとキクチの方を見たかと思うと、指を一本立てて自信ありげに答えた。
ただそのあふれ出る自信は、自分自身を騙すためにわざとしているように見える。
「いや。一つだけ方法がある」
レイが続ける。
「キクチ。俺にしかできないことだ」
「なんだ。カッコつけてんのか」
「っは。そうかもな」
キクチが突撃銃を降ろす。
「成功する可能性は」
「俺の調子次第だ」
「お前次第か……ったく。俺を使え。何をすればいい」
レイが苦笑する。
「できるか?」
「なめんな。てめえよりもテイカーの歴は
レイがH-44の出力を全開にする。
「俺は今からあのモンスターの頭部までよじ登る。そのサポートをしてくれ。…ああついでに、車はモンスターの周りを走っていてくれ」
つまり。車をモンスターの周りを走るように調整しながら、レイのサポートをしながら、蜘蛛型多脚兵器の対処も同時に行えということ。無茶ぶりに近い。レイであろうと完璧にこなすことは出来ないだろう。
果たしてキクチに本当に自信があったのかは分からない。ただキクチはレイに自身ありげな表情をして、即答した。
「それだけでいいんだな」
レイが苦笑する。
「簡単すぎたか?」
「いや。いい塩梅だ」
レイが荷台の縁に立つ。
「任せた」
「ああ」
レイが荷台から飛び降りた。その瞬間、砂埃が舞い散る。出力を限界まで上げたH-44は一歩、大地を蹴りあげただけで地面が僅かに揺れ、地面が抉れた。レイがファージスに似たモンスターに走り始めた瞬間、脇から蜘蛛型多脚兵器が現れる。しかしレイは片手間に処理する―――までも無かった。
キクチからの援護により、蜘蛛型多脚兵器はレイに辿り着くよりも前に破壊される。
レイはすぐ隣で破壊されたモンスターを視界の隅で見て僅かに口角を上げた。そして出力を上げたH-44は一時的に車両よりも遥かに早い速度で移動する。近づかれたことを感知したモンスターは蜘蛛型多脚兵器をレイに向かわせ、足を踏み鳴らす。
しかしキクチの妨害もありレイの足を止めることは出来なかった。
(ここからが正念場)
レイが自身に言い聞かせる。目の前を見ると巨大な足があった。レイは今からこの絶壁を駆け上る。
一歩踏み込み、砂塵が舞い散る。地面が抉れた。
レイは走って来た勢いのまま足の上を走る。ほぼ断崖絶壁に近い体表の上を体が傾きながらも。H-44に搭載された機能は少ない。単純な基礎能力以外には僅か一つだけ。それは側面歩行能力。たとえ絶壁であろうと、たとえ地面が皮膚であったとしてもH-44は問題なく機能を発揮する。
駆け抜ける。駆け上がる。再生の際にあぶれた皮膚の残りに掴まり、足場として。しかし途中、ファージスに似たモンスターの生態的防御反応がレイを襲う。駆け上っていた足が一瞬にして凸凹とし始める。
そしてレイが凸凹を踏みつけた瞬間、強力な酸が飛び散る。とても強力な酸だ、腐食耐性や何枚にも重ねられた装甲を持つH-44をいとも
同時にH-44の出力が落ちる。仕方も無い、一部が溶ければ神経回路が断裂する部分も出てくる。それではH-44が本来の実力を出せるわけがない。そして出力の低下は側面歩行能力の機能を腐らせる。
先ほどまでは体表を地面として完全に固定されていた。しかし今は満足に立つことすら難しくなっている。
レイは再生の際に浮き出た皮膚のあまりを掴む。だがレイの僅か上の皮膚が凸凹と浮き出る。
直後、浮き出た皮膚がぱっくりと縦に割れた。
「こいつ―――」
割れた穴からは酸が流れで―――そうな瞬間に一発の弾丸が凸凹を破壊した。酸は飛び散るがレイには降りかからない。レイが少し顔を下に逸らす。そして蜘蛛型多脚兵器に追われ、襲われながらも間一髪のところでレイを救ったキクチに心ながらに感謝した。
その頃、キクチは生き残ったレイに視線を一瞬だけ向けた。そしてすぐに昇り始めたレイから視線を外し、目の前の蜘蛛型多脚兵器の対処へと移る。
ガタガタと揺れる荷台の上で、不安定ながらもキクチは正確無比な射撃を繰り返す。何年もテイカーとして活動しておらず腕は
状況判断能力。射撃技術。どれととっても一線級。小規模遺跡ならば今も問題なく探索することができるだろう。
(きついな……)
それほどの実力はありながらも、今の状況はあまりにも厳しい。全方位から襲い掛かるモンスターを火力の足りない突撃銃で対処する。それだけで大変だというのに、AIによる運転は安定せず、不利な状況に陥ることもある。
「―――邪魔だ!」
飛び掛かってくるモンスターに対してキクチが叫ぶ。
左右からも後ろからも全くの同時にモンスターが飛び出す。キクチは背後の一体を突撃銃で仕留める。しかし仕留め終わった時には左右から来ていた二体が目前にまで迫って来ていた。
キクチは左側を向くと荷台を蹴って左側から来ていた個体の下に潜りこむ。すると左右から飛び掛かっていた二体が衝突し、部品をぶちまける。一体が故障し動かず、一体がまだ動いている。
キクチはすぐに突撃銃を乱射し、稼働していた一体を破壊する。ただ一難去ってまた一難。
キクチの背後から毒牙が静かに狙いを付ける。
直後、キクチの背中、足、腕、体中に銃弾が浴びせられる。幸い、簡易型強化服を着ているおかげで負傷はしない。しかしそれよりも現れた、新たな蜘蛛型多脚兵器の存在が問題だった。
(あれもか)
本体の進化に合わせ、生み出される子供たちが進化されるのは当然のことだろう。今までの簡素な造形であった蜘蛛型多脚兵器から少し姿が変わっている個体が群れの中にいる。
簡単で分かりやすい変化だ。蜘蛛型多脚兵器の背中に機関銃が生えていた。キクチの背中を撃ったのはあれに違いない。
果たしてあれは進化なのか、適応なのか、それとも異常個体なのか。全く持って分からないが危機的状況であることには変わりないだろう。
「―――ふう」
キクチが大きく息を吐く。そして宣戦布告でもするように群れる蜘蛛型多脚兵器に向けて叫んだ。
「来いよ!ザコども―――!」
◆
レイはすでにモンスターの背中に乗っていた。だが作戦を実行するためには幾つかの環境が必要だ。まずは極限まで集中が高められる環境。そして少しの猶予。踏み出す機会。それらがあればレイはいつでも作戦を実行に移すことができる。
ただ今、作戦を実行することは出来ない。失敗することが分かり切っているためだ。
レイの目前には一面に広がる蜘蛛型多脚兵器が見えていた。空を見上げたみれば電磁機構砲台が見える。地面は凸凹ばかり。満足に動くことは出来ない。H-44の出力は低下している。
最悪の条件だ。
だがレイは笑って目の前の敵に挑む。背中に背負ったGATO-1を手に持って。
「よーし来い。ぶちのめしてやる」
戦闘は前触れも無く始まった。蜘蛛型多脚兵器の背中に搭載された機関銃が周り始め、対象に向けて放たれ―――るよりもレイはGATO-1をを撃ち出した。撃ち出された数発の弾丸は蜘蛛型多脚兵器の装甲を破壊し、機関銃を爆発させる。
続けて引き金を引こうとしたレイに前方から蜘蛛型多脚兵器が飛び掛かる。それらをGATO-1で撃ち落し、すぐに弾倉を入れ替える。勢いを失い落ちた蜘蛛型多脚兵器が地面に落ちると同時に凸凹を潰す。中からは酸性の液体が溢れ出し、蜘蛛型多脚兵器をも溶かす。
生態的防御反応として酸性の液体を射出するのと蜘蛛型多脚兵器を生み出すのは分離しているのだろう。それか気にする必要が無いか。蜘蛛型多脚兵器はいくらでも生み出せると仮定すれば。ならば敵性生体を酸もろとも溶かしてしまった方が効率が良い。
厄介だ。
レイは足元にある凸凹に触れてはならず、蜘蛛型多脚兵器は平気で踏みつぶし、酸をまき散らしながらレイへと近づいて来る。
まずは近寄らせないこと。
レイはそれを念頭にGATO-1でモンスターを蹴散らしていく。専用弾と通常弾を織り交ぜ迫りくるあらゆる障害を破壊する。しかし途中でふと思う。敵の数が減らない。
それどころか前方からだけであった敵の姿が背後からも横からも現れている。レイは満足に動くことができないというのに四方八方から蜘蛛型多脚兵器が襲いかかるせいで、回避を余儀なくされる。
その中で蜘蛛型多脚兵器についた酸がH-44にかかる。微量だ。しかしそれだけでH-44の神経回路を断裂させ、大幅に出力を減らすことが可能。
「―――チッ。切れた」
弾倉はそう多く持ってきていない。三つか四つか。度重なる戦闘で消え失せ、今の戦闘で完全に無くなった。
弾倉を交換しようとした手がからぶる。GATO-1は弾倉が抜け落ちたままただの鈍器と化した。飛び掛かって来た蜘蛛型多脚兵器をGATO-1で殴った。瞬間にGATO-1がはじけ飛び、部品は酸によって溶けた。
レイはナイフを懐から取り出す。相手が機械型モンスターであるためナイフを持っていても効果は薄い。しかし直接酸に触れないという点に置いては有用である。だがしかし、問題があるとすれば。
(―――駄目だ。使いもんになんねぇ)
蜘蛛型多脚兵器に付着した酸にナイフが触れた瞬間に溶けた。レイは肉弾戦を余儀なくされる。
殴りつける
溶け始めている。
もはや満足に歩くことすらできない。しかし、ぐちゃ、という音を響かせながらもレイは足を踏み出して拳を叩きつける。蹴りつける。極限の疲労。極限の環境。レイの集中は極限にまで高まっていた。もはや無意識であっても凸凹を踏むことは無い。
蜘蛛型多脚兵器に付着した酸を目で追い切ることができる。極限の力が身体に合理的な動きをもたらした。無駄を極限までそぎ落とし、必要なことを必要な分だけ行う。
もはやH-44は出力を著しく低下させ、本来の性能を保つことができなくなっていた。しかしレイが振りかぶった拳が蜘蛛型多脚兵器に当たると同時に装甲が凹む。蹴り上げたのならば遥か空中へと飛ばされる。
足裏の痛みはもうない。拳を走る激痛は感じない。
壊し、分解し、蹴散らし、退ける。
「―――――!」
レイが振りかぶった拳を蜘蛛型多脚兵器に当たる寸前で留めた。その反応は正解でもあり失敗でもあった。レイの目前には一体の蜘蛛型多脚兵器がいる。しかし今まで戦っていた個体とは大きく異なっている。
まるでポリタンクに足が生えているような、そんな機動力を削ぎ落したような見た目をしていた。
殴ったら危険だと、一瞬で理解した。
蜘蛛型多脚兵器は生みの親と同様に進化する。一度目は背中に機関銃を生やした。では二度目は。背中で戦う
ポリタンクのような見た目をしたその蜘蛛型多脚兵器はレイが拳を止めた直後、大爆発を引き起こした。酸が飛び散り、爆炎が拭きあがる。辺りに燃料が飛び散って引火する。
まるでレイにやられたことをやり返すような、意趣返しに似た攻撃。だが幸いにも、レイの体は爆風によって空へと叩きあげられた。蜘蛛型多脚兵器をポリタンクのような形へと進化させた。これは対処としては間違っていない。しかし致命的な間違いを一つ、たった一つだけ引き起こしていた。
「今か……やるしかない」
残されたただ一つの作戦を実行する三つの条件。極限まで集中が高められる環境。そして少しの猶予。踏み出す機会。
レイの集中は今の戦闘によって極限にまで高められている。
空へと叩きあげられたことで敵からの断続的な攻撃が一時的に止んだ。
条件が二つ整った今、作戦を実行するのならば今しかない。
「……ふう」
中部では世話になった。西部では使えなくなってしまって、忘れかけていた。しかし今、土壇場で、この状況でその力が欲しい。
レイが右腕に秘められた『それ』を行使する。
中部では使えていたが西部では使えなくなってしまったもの。今まで『それ』を使うことすら出来なかった。そして『それ』がもう一度使えたとして作りだすのは黒刀か狙撃銃か。
――だが、しかしそれでは殺しきれない。新しい装備を作るのだ。『それ』は脳内でイメージした装備を確実に模倣する。今ここで新たな武器を作るのだ。初めての試みに初めての挑戦。しかし今ならばできる。
内部構造から、部品の一つ、ネジやバネの一つに至るまで。あらゆる武器を見て来た。触って来た。修理をしてきた。中部と西部の武器の違い。簡易型強化服の構造についてもある程度は頭の中に入っている。レイは一度見聞きしたものは絶対に忘れない。あらゆる装備に正通し、設計図は頭の中に入っている。
記憶の中の設計図を繋ぎ合わせ、組み合わせ。練り上げる。こんな構造、本来ならば部品の耐久力を越えている。この世に現存する物質でこの内部構造に耐えられる物質は無い。反動、衝撃。それらにかかる負荷は度外視。『それ』は未知の物質で作られている。どれだけ負荷のかかる構造であろうと耐えてくれるだろう。何せ旧時代製。
どれだけ無理な構造であろうと、強力な弾丸を撃ち出せるのならばそれでいい。威力が上がればそれで構わない。
レイが空へと打ち上げられてから、落ちるまでの間は15秒ほど。しかしレイはその僅かな時間の中で設計図を練り上げ、試作し、改善し、調整し、完成品を作り上げた。
「…………はは」
気が付くと、レイの右腕には一つの武器が握られていた。突撃銃や散弾銃とは違い、
銃口は拳が入るほどに広い。
色は黒く塗装され、肉の管が巻き付く
レイは落下を始めた体を動かし、体勢を整える。そして照準器を覗き込んだ。
後は引き金を絞るだけ。
ゆっくりと重く、硬い引き金にかけた指に力を入れる。銃全体が震える。まるで鼓動をしているように。レイは落下しながら全身を、全神経を銃に預ける。
カチッ。
「――――――――」
空を覆っていた暗闇に光が差し込む。赤白い熱線が伸びた。蜘蛛型多脚兵器の駆動音は消し飛ばされ、銃声は音を消した。
熱線が空を舞っている。一直線に空から伸びている。まるで天罰かのように、一体のモンスターを目掛けて熱線が降り注ぐ、辺りが一瞬、明るくなった。
直後、音が遅れてやってくる。
空間を割る破裂音。それだけが聞こえた。
熱線が止む。空は再び夜に包まれる。しかし駆動音は響かない。銃声は轟かない。
残ったのは首の半分以上が喪失いた一体のモンスターだった。自身の頭の重さに耐えられず、頭部が落下すると同時に胴体が崩れ行く。
「――――っはっはっは!」
右腕がはじけ飛び、筋繊維が髪の毛のように皮膚を突き破って出てきている。それでもレイは地上を見下ろして笑っていた。衝撃によって遥か高くへと浮かんだレイが、右腕に走る激痛を気にせずに見下ろし、笑っていた。
しかし、レイの笑みはすぐに消えた。
モンスターが地面に朽ちている。頭部は動かない。胴体も動かない。しかし胴体と頭を繋ぐ首の肉が再生されている。胴体と頭はほぼ筋繊維一つで繋がっていただけだ。
しかしそこからまた再生しようと試みている。
レイは右腕を見た。本能的に『それ』を使用するのは不可能だと分かる。ならばどうすればいいか。落下する中、レイが必死で考える。だがすぐに考える必要は無いと、笑った。
「はっは。そいえばな。今回は一人じゃなかった」
再生途中の首に向かって一台の車両が走っていた。砂塵を巻き上げながらボロボロの車両が、ガタガタと車体を揺らしながら。運転席には傷だらけのキクチが見えた。
落下するレイはキクチと目が合ったような気がした。そしてレイは地上を見下ろすのを止めて空を見上げた。大の字でただ事が終わるのを待つ。
車両を走らせるキクチは空から落下してくるレイを見ながらアクセルを踏み込んだ。目的地は当然、再生途中の首だ。突撃銃で撃っても意味がないだろう。しかしレイが残した『グロウ』用の装備がまだ一つ残っている。
「これが最後だ」
口元から血を吹き出しながらキクチが笑う。
荷台には『グロウ』の足を破壊するために用意された爆薬が残されている。通常の爆薬ではない。懸賞首の足を取るために用意された特注品だ。レイはこの爆薬を「予備の予備の予備の予備」と言っていた。ならば使ってしまっても問題はないだろう。一つぐらい。目の前で横たわる死にかけのモンスターに使ってしまっても構わないだろう。
「グッバイだ」
キクチが運転席から身を投げ出す。そして荒野を勢いのまま転がる。しかしすぐに立ち上がって真っすぐに突き進む車両に視線を送った。
車両が砂塵を巻き上げながら進む。そして回復途中の首に当たり、乗り上げた。
キクチは右手に持った起爆スイッチを押し込む。
不発―――だなんてことは無い。レイは爆弾が使えるものか確認している。キクチも異常が無いか調べた。今更、そんなミスはしない。
「ありがとよ。レイ」
そう呟いたキクチの視界は、白く染まった。
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